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『ロストテクノロジーは「科学」だと言っているでしょう? ~元科学者の私、異世界で禁忌の始祖として崇められる~』  作者: 酸欠ペン工場


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Epilogue 新しい定義

エピローグ更新しました。 世界を救った後、英雄たちは何をしているのか? 答えは、「相変わらず」です。 変わる世界と、変わらない二人。最後の日常をお楽しみください。

王都のメインストリートは、建国以来かつてない喧騒と、新しい種類の輝きに包まれていた。 日が沈んでも、この街はもう眠りにつくことを知らない。 石畳の道を照らすのは、松明の頼りない揺らめきではない。ガラスの筒に封じ込められた、一定の出力で輝き続ける青白い光――マナ触媒を用いた「アーク灯」の列だ。 通りを行き交う人々は、手にした小さな板状の端末を不思議そうに、しかし嬉しそうに操作している。


「もしもし? ああ、今から帰るところだ。  例の『温めレンジ』を使って、夕飯の用意をしておいてくれ」


「聞いたか? 帝国の学会で、また新しい元素配列が定義されたらしいぞ。  ベルンハルト様の『科学魔導統一理論』、読んだか?」


飛び交う言葉の中に、「神秘」や「精霊」といった曖昧な単語は減り、代わりに「効率」「通信」「元素」といった新しい概念が、当たり前のように混ざり始めている。 かつて「死の商人」と恐れられたエルゼの技術は、ギルバート商会の手によって既存の魔道具をアップデートする形で流通し、今や「科学魔法テクノロジー」という名の新しいインフラとして、人々の生活を根底から支えていた。 便利で、少し騒がしく、そして無限の可能性に満ちた新しい世界。


その喧騒から遠く離れた、辺境の森の奥深く。 かつて廃屋同然だった小屋は、今や違法建築のように増築に増築を重ね、奇妙な形の煙突やアンテナが突き出す「エルゼ・ノイマン総合研究所」へと変貌を遂げていた。


「……パラメータ異常なし。  反応炉リアクターの出力安定。  エーテル伝導率、理論値の99.8%をマーク」


研究室の中は、相変わらず雑然としていた。 床には設計図と数式が書かれた羊皮紙が雪崩のように散乱し、壁一面の黒板には複雑怪奇な幾何学模様がびっしりと描かれている。 その中心で、一人の女性がフラスコを振っていた。 煤けた白衣、手入れの行き届かない銀髪、そして目の下に張り付いた濃いクマ。 世界を救った英雄、エルゼ・ノイマンは、平和になっても何一つ変わっていなかった。


「ふむ。  マナを触媒にした常温核融合……理論上は可能なはずだが、安定剤の配合がシビアすぎるな。  やはり、魔力という不確定要素(変数)を数式に組み込むには、新しい物理定数が必要か」


彼女はブツブツと独り言を漏らしながら、危険な蛍光色をした液体を試験管に移し替える。 その表情は真剣そのもので、世界を救った達成感など微塵も感じさせない。 彼女にとって、世界平和など通過点、あるいは実験環境の整備に過ぎないのだ。


「エルゼ様ー!  いい加減にしてください!  もうお昼ごはんの時間ですよ!」


研究室の扉が勢いよく開かれ、エプロン姿の少女が飛び込んでくる。 燃えるような赤髪に、健康的な笑顔。 アリアだ。 彼女の手には、焼きたてのパンと、湯気を立てるシチューが載った銀のトレイが握られている。 大の男でも両手で持つ重さの鍋を、彼女は片手で軽々と、まるで羽毛のように扱っていた。


「……アリアか。  後にしてくれ。今、世紀の発見まであと一歩のところなんだ。  この化学反応を止めるわけにはいかない」


「ダメです! 昨日の夜も、今朝も抜いたじゃないですか!  救国の英雄様が餓死なんてしたら、笑い話にもなりませんよ!」


アリアはエルゼの抵抗を柳に風と受け流し、慣れた手つきで実験器具を脇へ退け、トレイをドンと置いた。 香ばしい小麦の匂いが、薬品臭い部屋に暴力的に広がる。 その圧倒的な「生活の匂い」に、エルゼの腹がグゥと正直な音を立てた。


「……ふむ。  どうやら、私の胃袋はお前の焼くパンに対して、パブロフの犬のような条件反射を形成してしまったらしい。  不本意だが、生理現象には逆らえん」


「はいはい、言い訳はいいから食べてください。  今日のジャムは、森で採れたベリーで作った自信作なんですから」


アリアがパンをちぎり、エルゼの口元に差し出す。 エルゼは観念して口を開け、それをパクついた。 甘酸っぱいベリーの風味と、ふわふわのパンの食感が、疲弊した脳細胞に染み渡っていく。


「……悪くない。  ブドウ糖の補給としては最適だ」


「素直に美味しいって言えばいいのに。  ……ほら、口元についてますよ」


アリアがハンカチでエルゼの口を拭う。 その距離感は、主従というよりも、姉妹か、あるいは長年連れ添った老夫婦のように自然で温かい。


ふと、窓の外に目を向けると、澄み渡るような青空が広がっていた。 かつて不気味に赤く染まっていた空は、今はどこまでも高く、穏やかだ。 そして、昼間でもうっすらと見える月は、かつての歪な位相など微塵も感じさせない、美しい球体として浮かんでいる。


「……平和になりましたね」


アリアが窓の外を見つめ、しみじみと呟く。


「王都からは、毎日すごい量の注文書とファンレターが届いてますよ。  ギルバートさんは『エルゼ様印の石鹸』をブランド化しようとか言ってますし、ベルンハルトさんは『新しい魔法理論の共同研究』をしつこく申し込んできてますし」


「……全部断れ、あるいは保留だ。  肖像権の侵害だと言っておけ。ベルンハルトには『自分で考えろ、この知恵遅れ』と伝言を頼む。  私は忙しいんだ。  この世界のことわりは、まだ半分も解明されていない」


エルゼはパンを飲み込み、再びフラスコを手に取った。 そのサファイアブルーの瞳は、初めて遺跡で出会った時と同じ、いや、それ以上に少年のようにキラキラと輝いている。


「魔法と科学の統一理論。  古代文明がなぜ滅びたのか、その真の原因。  そして、私たちがこれからどこへ向かうのか。  ……未知がある限り、私の実験は終わらない」


彼女は立ち上がり、黒板に新たな数式を書き殴り始めた。 カツカツカツ……と、チョークの音が小気味よいリズムを刻む。 それは、新しい時代を切り開くための、終わりのない探究の足音だ。


アリアはそんなエルゼの背中を見て、呆れたように、しかし何よりも愛おしそうに微笑んだ。


「はいはい。わかりました。  どこまでも付き合いますよ、私の大好きな科学者様。  ……でも、その前にシチューも冷めないうちに飲んでくださいね」


「わかっている。  ……アリア、そこのフラスコを取ってくれ。  さあ、次の実験だ」


エルゼが振り返り、不敵に笑う。 アリアが力強く頷き、駆け寄る。


論理と直感。 科学と魔法。 二人の探究者の旅は、形を変え、舞台を変え、これからも続いていく。 これは、終わりではない。 新しい定義によって書き換えられた世界で始まる、果てしない日常のプロローグなのだ。

ご覧いただき、ありがとうございました!


アーク灯が灯り、レンジが普及した世界。 エルゼがもたらした科学は、人々の生活を確かに豊かにしました。 そして、そんな世界を背に、今日も二人は新しい実験(冒険)を続けています。 この終わりこそが、新しい日々のプロローグ。


読者の皆様の応援のおかげで、ここまで書き切ることができました。 本当にありがとうございました。


読了後の感想や、ページ下の【☆☆☆☆☆】評価をいただけると、とても嬉しいです。 皆様の声を糧に、また新しい物語を紡いでいきたいと思います。


X(旧Twitter): 酸欠ペン工場(@lofiink) [https://x.com/lofiink]

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