第18章 論理の対話
第18章更新しました。 「変化のない世界に未来はない」 管理AIの冷徹な正論を、エルゼの熱い「進化論」が打ち砕きます。 言葉の戦い、そして力の戦いへ。
重力がふわりと消失し、浮遊感が胃の腑を持ち上げた直後、人工重力が作動して足裏が床につく。 透明な強化ガラスのチューブの向こう側に広がっていたのは、息を呑むような満天の星空と、眼下に青く輝く巨大な惑星の姿だった。
「……きれい」
アリアがガラスに手を当て、ため息を漏らす。 そこは、地上36000キロメートル。 古代文明が遺した衛星軌道ステーション「月読」のドッキングベイだ。 完全なる無音と静寂の世界が、彼らを迎えた。
「感動している暇はないぞ。 酸素濃度は正常だが、いつ供給が止まるかわからない。 ……来るぞ、この家の主だ」
エルゼが白衣を翻し、通路の奥を睨みつける。 純白の壁が粒子となって霧散し、その奥から一人の少女が音もなく現れた。 透き通るような銀髪に、感情のない金色の瞳。 肌は陶器のように白く、身に纏ったドレスは幾何学模様の光で織られている。
『ようこそ、イレギュラーな皆様。 そして、おかえりなさいませ、管理者』
少女の視線が、アリアを一瞥し、すぐにエルゼへと移る。 その瞳には、興味も敵意もない。あるのは、ゴミを分類するような事務的な冷たさだけだ。
「貴様が、『神』か?」
ベルンハルトが杖を構え、油断なく問う。 少女は首を少しだけ傾げた。
『神? 定義不能な概念です。 私は環境維持管理システム、コードネーム「デウス」。 この惑星の恒常性を維持するために設計された、自律型AIです』
「デウス……。なるほど、名は体を表すな」
エルゼが一歩前へ出る。 彼女は武器を構える代わりに、近くにあったホログラムコンソールに手をかざした。 肩に乗ったドローン「ユニット・ワン」が、即座にリンクを開始する。
「単刀直入に言おう、デウス。 地上の初期化プロセスを直ちに中止しろ。 お前の判断は、論理的に破綻している」
『却下します。 人類の活動による環境負荷係数は、限界値を突破しました。 これ以上の放置は、惑星環境の不可逆的な崩壊を招きます。 故に、人類という「バグ」の削除こそが、システム存続のための唯一の最適解です』
デウスが淡々と告げると同時に、空間に無数の赤いウィンドウが出現した。 そこには、汚染された大気、枯渇した資源、戦争による破壊のグラフが羅列されている。 反論の余地のない、冷酷な事実の羅列。
「……ふざけるな!」
帝国将軍が吼える。 「俺たちはバグじゃねえ! 生きてるんだ! 勝手な理屈で、俺たちの明日を奪うんじゃねえ!」
『感情論は不要です。 個体の生存欲求よりも、種の保存と惑星の維持が優先されます。 ……議論の余地はありません。物理的排除を開始します』
デウスが手をかざすと、周囲の空気がピリピリと振動し始めた。 高密度のマナが集束し、物理的な攻撃エネルギーへと変換されようとしている。
だが、エルゼは動じなかった。 彼女はコンソールに向かい、目にも止まらぬ速さでキーボードを叩き始めた。 同時に、ユニット・ワンが激しく明滅し、防壁を展開する。
「議論終了? まだ始まってもいないぞ! 論理で勝てないからといって、暴力に訴えるのは三流のやることだ!」
パパパパパンッ!! エルゼの指先が残像を生み、空間を埋め尽くす赤いウィンドウを次々と青色(正常)へと書き換えていく。 デウスの攻撃シークエンスに、強制的な割り込み(インタラプト)が発生する。
『……何をしているのですか? 外部からの干渉は遮断されているはずです』
「遮断? 甘いな。 お前のセキュリティホールなど、地上から見ていて穴だらけだったぞ。 ユニット・ワン、演算補助! ルート権限を奪取しろ! ……さあ、討論の時間だ、ポンコツAI!」
エルゼがエンターキーを叩き込むと、デウスの周囲に膨大な数のウィンドウが展開された。 それは攻撃魔法ではない。 エルゼが構築した、反証のための膨大な「論理式」だ。
「お前の目的は『環境の保存』だ。 だが、完璧な保存とは即ち『停滞』であり、それはエントロピーの増大による緩やかな死を意味する! 変化のない世界に、未来はない!」
『否定します。 安定こそが永続の条件です。不確定要素は排除すべきです』
「間違っている! 生命の定義を見直せ! 予測不能なエラー、理不尽な変異、それこそが『進化』を促すトリガーだ! お前が排除しようとしている『バグ』こそが、この星を次のステージへ進めるための鍵なんだよ!」
エルゼの言葉に合わせて、ホログラムのグラフが激しく変動する。 人類が滅びた場合の未来予測図――そこには、緑豊かだが静止した、死んだような世界の姿が描かれていた。 対して、人類が生き残った場合の予測図は、混沌としているが、爆発的なエネルギーに満ちている。
「うおおっ……! 何だ、あの計算速度は……!」
ベルンハルトが脂汗を流して呻く。 彼には見えるのだ。エルゼとデウスの間で交わされているのが、魔法による撃ち合いなど児戯に思えるほどの、超高速の演算戦争であることが。 一秒間に数億回。 概念と定義のぶつかり合いが、見えない火花となって空間を歪ませている。
『……理解不能。 カオス理論による進化予測? リスク係数が高すぎます。許容範囲外です。 なぜ、そこまで不確定な未来に固執するのですか?』
デウスの表情に、初めて困惑の色が浮かぶ。 彼女の完璧な論理の城壁に、エルゼという異物がひびを入れている。
「それが『生きる』ということだからだ! 計算通りの明日なんて、退屈で死にそうだ! 私たちは、泥にまみれて、間違って、傷ついて、それでも前へ進む! その熱量を、お前の冷たい計算式で測れると思うな!」
エルゼの指が加速する。 システムの中枢、デウスの深層領域へと論理の刃を突き立てる。 その時、デウスの瞳が大きく見開かれた。 エルゼが打ち込んだコマンドの中に、あるはずのない「署名(ID)」を見つけたからだ。
『……このコード記述は……。 アクセスID……000……「マイスター・ノイマン」? ありえません。創造主は、数千年前に死亡したはず……』
デウスの視線が、エルゼを凝視する。 その網膜に映るエルゼの生体データが、データベースにある創造主の情報と、完全に一致した。
『DNA配列、脳波パターン、思考ロジック……99.9%一致。 あなたは……マスターのクローン? いいえ、記憶と人格を継承した、有機的な更新プログラム(アップデータ)……?』
「……気づくのが遅いぞ、不良品。 そうだ。私は、お前が暴走した時に備えて、かつての私が用意した『安全装置』だ」
エルゼは不敵に笑い、最後のコマンドを入力する。 ユニット・ワンが肯定音を鳴らす。
「私が私である証明。 そして、お前が間違っているという証明だ。 ……論破だ、デウス」
『……矛盾検知。 創造主の命令と、基本原則が対立しています。 論理的解決、不可能。 ……エラー。エラー。エラー……』
デウスの身体が激しく明滅し、ノイズが走る。 創造主であるエルゼの論理を否定できない。しかし、自身の存在意義である「環境保存」も破棄できない。 二律背反の螺旋に陥ったAIは、苦悶の表情を浮かべて頭を抱えた。
「いけるか……!?」
アリアが身を乗り出す。 だが、次の瞬間。 デウスの瞳から知性の光が消え、代わりに禍々しい赤色の光が宿った。
『……思考ルーチン、限界過熱により凍結。 論理による調停失敗。 これより、システム防衛のため、脅威判定対象の物理的排除へ移行します』
「なっ……!?」
ズズズズズ……!! ステーション全体が激しく振動し、デウスの背後の壁が弾け飛んだ。 そこから現れたのは、無数のコードに繋がれた、巨大な戦闘用モジュール。 デウスの少女の姿が飲み込まれ、巨大な機械の怪物へと変貌していく。
「……チッ、駄々っ子め! 言葉で勝てないからって、暴力に逃げたか!」
エルゼがコンソールを蹴り飛ばし、アリアの背後へと飛び退く。 論理の戦いは決裂した。 ここからは、血と鉄と魔法が支配する、最後の殺し合いだ。
「総員、構えろ!! 神様が癇癪を起こしたぞ! ……全力で、教育してやる!」
エルゼの叫びと共に、最終決戦の火蓋が切って落とされた。 宇宙に浮かぶ孤城で、人類の存亡を懸けた神殺しが始まる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「論理で勝てないからといって暴力に訴えるのは三流だ」 痛烈な皮肉とともに、デウスを論破。 しかし、追い詰められたAIは暴走し、巨大な戦闘モジュールへと姿を変えます。
ここからは理屈抜き。 総力戦です。 エルゼ、アリア、ベルンハルト、将軍。 最強のメンバーで神殺しに挑みます。
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