第16章 神の正体、あるいは管理AI
第16章更新しました。 神罰に怯える兵士たちを一喝し、魔物をただの「暴走した掃除機」と断じるエルゼ。 彼女の論理が、絶望を希望(攻略可能なタスク)へと変えていきます。
黒い雨が、魔導師たちの展開した光の結界を執拗に叩き続けている。 ジジジ、という肉を焼くような不快な音が、頭上から絶え間なく降り注ぐ。 だが、本当の絶望は空からではなく、地響きと共に地平線の彼方から押し寄せてきた。
「……おい、なんだあれは」 「山が……動いているのか?」
結界の端で監視を続けていた帝国兵が、震える指先で荒野を指差す。 黒い雨のカーテンの向こう側から現れたのは、異形の軍勢だった。 古代の遺跡から這い出した、環境浄化用の自律生体兵器。 金属の骨格に腐肉を纏った獣や、複数の生物を継ぎ接ぎしたようなキメラが、黒い波となって押し寄せてくる。
「ひっ、ひぃぃッ! 悪魔だ! やっぱり神様は、俺たち全員を殺すつもりなんだ!」
「終わりだ……もう、祈るしか……」
王国兵も帝国兵も、武器を取り落としてその場に崩れ落ちそうになる。 黒い雨による溶解の恐怖と、迫り来る不死身の軍勢。 挟み撃ちの絶望が、彼らの戦意を完全に粉砕しようとしていた。
その時。 戦場に、拡声機能で増幅された凛とした声が響き渡った。
「――祈るな、思考停止ども! 手を動かせ! 脳を回せ! 神罰などという非科学的なオカルトに逃げるな!」
兵士たちが弾かれたように振り返る。 そこには、装甲馬車の屋根に立ち、仁王立ちで戦場を見下ろすエルゼ・ノイマンの姿があった。 彼女は雨に濡れるのも構わず白衣を風になびかせ、迫りくる魔物の群れを、汚物を見るような冷徹な目で見据えている。
「あれは悪魔でも神の使いでもない。 ただの『暴走した掃除機』だ。 システム管理者が不在で、敵味方の識別(IFF)がバグっているだけの、旧式マシーンに過ぎない!」
「ば、バグ……? 掃除機……?」
「そうだ! 恐怖する必要はない。あれは物理的に破壊可能な『物体』だ。 ユニット・ワン、解析急げ。弱点をマーキングしろ!」
『了解。 スキャン完了。視覚情報へ転送します』
エルゼの肩から飛び立った球体ドローンが、戦場の上空にホログラムを展開する。 魔物たちの映像に、赤い照準マークが重なった。 関節部、動力コア、感覚器官。 倒すべき急所が、誰の目にも明らかになる。
「……私が射線を通した。 お前たちは、そこへ火力を集中させろ! ただの鉄屑に戻してやれ!」
エルゼの言葉には、不思議な強制力があった。 未知の恐怖を「既知の不具合」へと定義し直すことで、兵士たちの心に「攻略可能」という希望の灯をともす。 彼女は隣に控えるアリアへ、短く合図を送った。
「アリア、号令だ。 一番デカイのを沈めて、士気を上げろ」
「了解です! 任せてください!」
アリアが飛び出す。 強化外骨格こそ脱ぎ捨てたが、その身体能力は依然として人外の領域だ。 彼女は瓦礫を足場に高く跳躍すると、先頭を走る巨大なマンモス型の生体兵器の頭上へと躍り出た。 手には剣ではなく、エルゼお手製の「スタンバトン」が握られている。
「機能停止してくださいッ!!」
気合一閃。 最大出力の高電圧を帯びたバトンが、巨獣の延髄に突き立てられる。 バチチチッ!! という激しい放電音と共に、巨獣が痙攣し、悲鳴を上げて沈黙した。 その圧倒的な「制圧」が、兵士たちの凍りついた時間を動かした。
「……見ろ! 倒せるぞ!」 「剣聖乙女に続け! 俺たちの国を守るんだ!」 「帝国軍、構え! 王国軍の右翼を援護しろ! 背中は預けろ、死にたくなければな!」
怒号のような命令が飛び交う。 そこにはもう、国境線も、昨日までの憎しみも存在しなかった。 あるのは、「生存」という共通の目的と、それを阻む理不尽への怒りだけだ。
「左翼、崩れそうです! 魔物の数が多すぎます!」 「チッ、数で押すしか能がないのか、旧式め」
エルゼが舌打ちをしたその時、左翼の前線に一陣の冷たい風が巻き起こった。 純白のローブを翻し、重力を無視して優雅に舞い降りた男。 宮廷筆頭魔導師、ベルンハルトだ。
「フン、無様だな。 たかだか害獣の駆除に、何を手間取っている」
彼は杖を一振りする。 「穿て、氷結の槍!」 無数の氷の槍が出現し、押し寄せる小型の魔物たちを串刺しにしていく。 その横に、並び立つ巨大な影があった。 筋骨隆々とした巨漢、帝国の将軍だ。彼は巨大な戦斧を軽々と肩に担ぎ、獰猛に笑った。
「ハッ! 相変わらず優雅なこったな、王国の魔法使い様は! だが、物理的な壁を作るなら俺たちに任せな!」
将軍が斧を大地に叩きつけると、衝撃波が走り、魔物たちの足を止める土壁が隆起した。 その隙に、ベルンハルトが追撃の魔法を放つ。 水と油のように相容れないはずの二人が、戦場という極限状態の中で、奇跡的な連携を奏でていた。
「……おい、筋肉ダルマ。 私の射線を塞ぐなよ。灰になりたくなければな」
「おうおう、背中が寒くてかなわんわ。 しっかり燃やして暖めてくれよ、インテリ!」
軽口を叩き合いながら、二人の英雄が背中合わせに戦う。 その光景は、絶望的な戦場において、何よりも兵士たちを鼓舞する希望の旗印となった。
「見ろ! 将軍と筆頭魔導師様が!」 「すげぇ……! いけるぞ! 押し返せる!」
エルゼはその様子をモニターで確認し、口元を緩めた。
「……非論理的な組み合わせだ。 だが、計算外の相乗効果が出ている。 これなら、時間を稼げる」
エルゼは通信機のチャンネルを切り替え、全軍に向けて放送する。 今こそ、世界の真実を告げる時だ。
『状況は好転した。 だが、これは対症療法に過ぎない。 元凶を断たなければ、黒い雨も、魔物の増援も止まらない』
戦場の一瞬の静寂。 全員の視線が、エルゼの立つ装甲馬車へと集まる。
『見ろ。あの光の柱を』
エルゼが指差した先。 地平線の彼方、世界各地の遺跡から立ち上る光が、天空の一点――「月」へと収束している。
『あれは「神」なんかじゃない。 この惑星の環境を管理している、ただの巨大なコンピュータだ。 長年の稼働で老朽化し、判断ルーチンが狂って、「人間」をゴミだと誤認したポンコツAIだ』
「A……I……?」 「神様が、機械……?」
兵士たちがざわめく。 だが、エルゼの言葉には、迷信を吹き飛ばすだけの力強い説得力があった。 彼女は一度言葉を切り、アリア、ベルンハルト、そして帝国将軍の顔を順に見渡した。
『修理が必要だ。 奴がいるのは、遥か上空、静止軌道上の「衛星管理センター」。 ……そこへ行くための道は、一つしかない』
エルゼは懐から、禁書庫で見つけた古びた地図を取り出し、ユニット・ワンにスキャンさせた。 空中に巨大なホログラムが投影される。 そこに映し出されたのは、大陸の中央にそびえ立つ、雲を突き抜け天に至るような巨塔。 古代人が宇宙へ物資を運ぶために建造した、軌道エレベーターだ。
『「天の塔」。 あそこから、直接中枢へ殴り込む。 ……神様にお説教の時間だ』
そのあまりに不敬で、壮大な作戦に、誰もが息を呑んだ。 だが、次の瞬間、ベルンハルトがフッと笑い声を漏らした。
「ククク……神に説教、か。 貴様らしい、傲慢極まりない発想だ。 ……いいだろう。付き合ってやる。 魔法の真髄、その偽りの神に見せつけてやろうではないか」
「ガハハ! 面白ぇ! 月を落とす喧嘩か! 帝国の武人として、引くわけにはいかんな!」
将軍も豪快に笑い、斧を天に掲げる。 そして、アリアがエルゼの隣に立ち、静かに、しかし力強くスタンバトンを構え直した。
「行きましょう、エルゼ様。 どこにいても、どんな相手でも。 私が道を切り開きます」
最強の布陣が整った。 王国と帝国、科学と魔法、論理と直感。 呉越同舟のドリームチームが、今ここに結成されたのだ。
「……決定だ。 総員、目標『天の塔』! 進軍を開始する! 人類の未来を、私たちの手で奪還するぞ!」
「オオオオオオオオッ!!」
大地を揺るがす雄叫びと共に、連合軍が動き出す。 目指すは、赤い空を貫く光の柱。 星の深淵へと至る、最後の旅路が始まった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
「神様にお説教の時間だ」 この不敬なセリフが、これほど頼もしく聞こえる主人公もなかなかいません。 未知の恐怖を既知の不具合として定義し直し、解決策を示す。 まさに科学者の面目躍如たる活躍でした。
物語はいよいよ最終局面。 地上を離れ、舞台は天空へ。 神(AI)との直接対決が始まります。
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