第14章 誤解された古代兵器
第14章更新しました。 最強兵器の解剖を開始します。 出てきたのは、ミサイルでもビーム砲でもなく……。 エルゼの冷静なツッコミが冴え渡ります。
戦場の喧騒は潮が引くように去り、荒野には燻る煙と、乾いた風の音だけが残されていた。 アリアの超人的な活躍と、エルゼの指揮による連携攻撃により、帝国の誇る「重装甲騎士団」は壊滅。 残されたのは、主人を失い、無言で立ち尽くす巨大な鉄の塊たち――「鉄の巨人」の残骸だった。
その中の一体、比較的損傷の少ない機体の胸部装甲の上によじ登り、エルゼ・ノイマンは防護ゴーグルを装着していた。 手には青白い炎を噴き出す、携帯型のプラズマガスバーナーが握られている。
「……さて。解剖の時間だ」
彼女の声は、未知の生物にメスを入れる外科医のように冷徹で、同時に隠しきれない知的好奇心に彩られている。 巨人の足元では、王国騎士団長レオノールと兵士たちが、固唾を飲んでその作業を見上げている。 彼らの表情には、勝利の安堵よりも、頭上にそびえる「神の鉄槌」に対する根源的な畏怖が張り付いていた。
「エ、エルゼ殿……本当にやるのか? 下手に刺激して、自爆でもされたら……」
レオノールが剣の柄に手をかけ、脂汗を流しながら問いかける。 兵士たちも盾を構え直し、ジリジリと後ずさりをした。 彼らにとってこの巨人は、数百人を踏み潰し、焼き払った悪夢の具現化だ。 動かなくなった今でも、その圧倒的な質量が放つ威圧感は消えていない。
「心配するな。動力反応は微弱だ。 それに、敵が何を隠しているかを知らずして、次の対策は立てられない。 ……アリア、冷却水を頼む」
「はいっ! いつでもどうぞ!」
エルゼの隣で、アリアが巨大な冷却タンクを抱えて待機している。 彼女は先ほどの激戦でオーバーヒートしたパワードスーツを強制排除し、今は軽装の革鎧姿に戻っていた。 彼女だけが、この異様な緊張感の中で、どこか楽しげにエルゼの助手を務めている。
「始めるぞ。 胸部メインハッチ、強制開放」
エルゼがバーナーの出力を最大にする。 ゴォォォッ!! という轟音と共に、数千度の熱線が巨人の胸板――最も分厚く、重要機関を守っていると思われる箇所に突き立てられた。 激しい火花が散り、古代の塗装が焼け焦げる鼻を突く臭いが立ち込める。
「硬いな。さすがはオリハルコンを含む複合合金だ。 だが、融点は計算通り……!」
真っ赤に溶けた鉄が飴のように滴り落ち、分厚い装甲板にゆっくりと、しかし確実に亀裂が入っていく。 地上の兵士たちが息を止める。 この装甲の下には、何が隠されているのか。 国一つを滅ぼす戦略魔法の砲身か。 あるいは、毒ガスを撒き散らす化学兵器か。 帝国の切り札とされる「神の鉄槌」。その正体が今、白日の下に晒されようとしていた。
「……切れた。アリア、剥がせ!」
「んっ……しょぉぉぉっ!!」
アリアがバールのような工具を亀裂に差し込み、全身のバネを使ってテコの原理で押し込む。 パワードスーツ無しでも、彼女の筋力は常人を凌駕している。 ギギギ、と嫌な音がして、数トンはあるであろう鉄の塊がメリメリと捲れていく。
ズドォォォン!!
剥がされた装甲が地面に落下し、重い地響きを立てる。 露わになった巨人の胸部内部。 そこには、複雑怪奇な機械仕掛けの構造が、黒いオイルの臭いと共に鎮座していた。
「ひぃっ……! 出たぞ!」 「構えろ! 何が来る!?」
レオノールが叫び、兵士たちが一斉に武器を向ける。 暗がりの中に、鈍く光る太い円筒形のパーツが見えた。 太く、長く、そして威圧的な形状。 誰もがそれを、極大魔法を放つ「砲身」だと直感し、死を覚悟した。
「……終わった……。あんなものを至近距離で撃たれたら……」
絶望が広がる中、エルゼだけがゴーグルをずらし、懐中電灯でその「砲身」を照らした。 光の円が、闇の中の物体を鮮明に浮かび上がらせる。
そこにあったのは――。
先端が螺旋状に尖った、巨大なドリル。 そしてその横に並ぶ、泥のこびりついた多目的ショベルと、岩盤粉砕用のハンマーだった。
「…………は?」
レオノールの口から、間の抜けた声が漏れた。 兵士たちも、構えた槍を降ろすのを忘れ、ポカンと口を開けている。 予想していた破壊の化身とはあまりにもかけ離れた、無骨で、どこか生活感すら漂う「道具」たち。
エルゼは懐中電灯を動かし、さらに奥の刻印を確認する。 古代語で書かれたシリアルナンバーと、用途を示すピクトグラム(絵文字)。 彼女は深いため息をつき、肩の力を抜いてバーナーの火を止めた。
「……解剖終了。 脅威レベル、下方修正。 カテゴリー『戦略兵器』から、『重機』へ変更だ」
「じゅ、重機……? エルゼ殿、それはどういう意味だ? あの恐ろしい武器は……?」
「武器じゃない。 見てわからないか? これは岩盤掘削用のドリルと、土砂運搬用のアタッチメントだ。 要するに、ただの『全地形対応型・土木作業用ロボット』だ」
エルゼの淡々とした解説が、静まり返った荒野に響き渡る。 あまりの事実に、誰も言葉を発せない。 帝国が「神の鉄槌」と崇め、世界を恐怖に陥れようとした最強兵器。 その正体は、古代人が惑星を開拓するために使っていた、ただの工事車両だったのだ。
「ど、土木……? 工事……? だ、だが! 奴らはあれで城壁を破壊し、兵を踏み潰したのだぞ!?」
「そりゃあ、これだけの質量と馬力があれば、ぶつかれば人は死ぬし壁も壊れる。 暴走族にブルドーザーで突っ込むようなものだ。 ……だが、それだけだ」
エルゼは呆れ果てたように首を振り、巨人の装甲をコンコンと叩いた。
「ミサイルもビームもない。 帝国連中はマニュアルも読めずに、この『働く車』を最強の破壊兵器だと勘違いして運用していたわけだ。 ……滑稽すぎて、涙も出ないな」
その言葉が浸透するにつれ、兵士たちの間に漂っていた恐怖が、急速に別の感情へと化学変化を起こしていく。 最初は呆れ。次いで安堵。 そして最後には、耐えきれないような笑いが込み上げてきた。
「ぶっ……くくく……!」 「工事……工事用だってよ!」 「俺たちは、ショベルカー相手にビビり散らかしてたのか!」
誰かが吹き出したのをきっかけに、戦場は爆笑の渦に包まれた。 恐怖の対象が、一瞬にして笑い話へと変わる。 それは、張り詰めていた緊張の糸が切れ、生存本能が求めたカタルシスでもあった。
レオノールも膝から崩れ落ち、涙を流して笑っている。 「ははは……! 帝国め! 工事道具を神の鉄槌とは! 良いピエロだ!」
エルゼはその喧騒を背に、再び巨人の内部へと手を伸ばした。 笑い話で終わらせるには、まだ確認すべきことがある。 この巨人を動かしていた動力源だ。
「アリア、ライトを照らせ。 メインジェネレーターを引っこ抜くぞ。 こんな危険なバッテリーを積んだまま放置はできない」
「はい! ……でもエルゼ様、これって直したら、畑の開墾に使えそうですね」
「……合理的だな。 戦後は農具として再利用するか。皮肉が効いてていい」
エルゼは配線の束をかき分け、心臓部に埋め込まれた青白く発光する結晶体――大型の「賢者の石」を掴んだ。 パチパチと火花が散るが、構わず絶縁手袋で鷲掴みにする。 これを抜けば、この巨人はただの鉄屑に戻る。
「シャットダウン。 お休み、働き者の巨人さん」
ブツン、という音と共に、結晶体が引き抜かれる。 巨人の目が明滅し、低い駆動音が完全に停止した。 完全に沈黙した鉄の塊を見上げ、エルゼはふぅと息を吐く。
これで、この場の脅威は去った。 帝国軍は撤退し、彼らの切り札はただの重機だと判明した。 王国軍の勝利は揺るぎない。
「終わったな……」
誰かが安堵と共に呟いた、その時だった。 エルゼがふと見上げた空に、異変が生じていた。
「……なんだ?」
先ほどまで晴れ渡っていた青空が、急速に色を変え始めていた。 夕焼けではない。 もっと毒々しく、鮮血のような赤色が、空の彼方から滲み出し、世界を覆い尽くそうとしている。
笑い合っていた兵士たちの声が、波が引くように止まる。 肌を刺すような不快な静電気が、大気を満たし始めた。 エルゼの手の中にある「賢者の石」が、呼応するように激しく脈動し、異常な熱を帯びる。
「……エルゼ様? 空が……赤いです。 なんだか、すごく嫌な予感がします」
アリアが空を見上げ、震える声で呟く。 エルゼの脳裏に、禁書庫で読んだ警告文がフラッシュバックする。 『システム管理者不在時の、強制リセットシークエンス』 『汚染された領域の、物理的浄化』
「……大気組成が変化している? ナノマシン雲か? まさか。帝国の馬鹿ども、遺跡で余計なスイッチを押しやがったのか? あるいは、この巨人の停止がトリガー(引き金)になった……?」
エルゼは真っ赤に染まりゆく空を睨みつけた。 それは、帝国の侵攻など比較にならない、世界の終わり(システムダウン)を告げる警報色だった。
「総員、警戒態勢! ……どうやら、本当の地獄はこれからのようだ」
エルゼの声が、赤く染まった荒野に低く響いた。 安堵と笑いに包まれた時間は、あまりにも短く、唐突に終わりを告げたのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ショベルカーに怯えていた騎士たち。 真実を知った時の脱力感とカタルシス、いいですね。 アリアの「農具として再利用」という発想も、たくましくて好きです。
ですが、物語はハッピーエンドでは終わらせてくれません。 トリガーを引いてしまった世界。 本当の地獄(システムによる浄化)に対し、エルゼはどう立ち向かうのでしょうか。
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