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『ロストテクノロジーは「科学」だと言っているでしょう? ~元科学者の私、異世界で禁忌の始祖として崇められる~』  作者: 酸欠ペン工場


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第13章 アリア・戦乙女

第13章更新しました。 最強の盾を持つ帝国騎士団に対し、エルゼが切るカードは「ヴァルキリー」。 しかし、その力はアリアの中に眠る、ある「秘密」を目覚めさせてしまったかもしれません。

夜の帳が下りた王都近郊。 防衛線の塹壕ざんごうには、重苦しい絶望の空気がよどんでいた。 月明かりさえも拒絶するかのような漆黒の闇を切り裂いて進軍してくるのは、ガレリア帝国が誇る最強の盾、「重装甲騎士団」だ。 彼らが全身に纏っているのは、ただの鋼鉄ではない。 希少な魔法金属ミスリルを惜しげもなく使用し、さらに幾重もの対魔法防御アンチ・マジックエンチャントを施した、白銀のフルプレートアーマーだ。


「撃てぇぇぇ! 近づかせるな! ここで食い止めろ!」


王国軍の前線指揮官が、喉も裂けよと絶叫する。 一斉射撃の火蓋が切られ、エルゼが配備した炸裂弾が次々と敵陣に着弾した。 轟音が大地を揺らし、赤い火柱が夜空を焦がす。 だが、煙が風に流れて晴れた後に現れたのは、傷一つ負わずに、無機質に進軍を続ける銀色の悪魔たちだった。


「ば、馬鹿な……! 爆撃が効かないだと!?」 「直撃したはずだぞ! どうなっている!」 「魔法部隊! 最大火力で焼き払え!」


焦った魔導師たちが、炎や雷の魔法を雨あられと撃ち込む。 しかし、それらも鎧の表面でパチパチと弾け、美しい火花となって霧散していく。 ミスリルの輝きは、あらゆる外部干渉を拒絶する絶対的な壁だった。 王国軍の兵士たちは、手持ちの武器が何一つ通用しないという理不尽な現実に、恐怖で顔を引きつらせ、じりじりと後ずさり始める。


「退くな! ここで止めねば王都が……ぐあぁっ!」


先陣を切った帝国騎士が、身の丈ほどもある巨大なハルバードを無造作に一振りする。 それだけで、盾を構えていた王国兵が三人まとめて、ボロ切れのように吹き飛ばされた。 質量、防御力、そして破壊力。 個のスペックにおいて、彼らは歩く要塞そのものだった。


防衛線が、音を立てて崩壊しようとしていた。 その絶体絶命の光景を、少し離れた丘の上に停められた「装甲馬車」の中から、エルゼ・ノイマンは冷ややかな目で見下ろしていた。 鉄板で補強され、アンテナが突き出した異様な馬車の内部は、モニターの青白い光で満たされている。


「……ミスリル合金のベースに、多重結界の積層装甲ラミネート・アーマーか。  金がかかっているな。コストパフォーマンスを度外視した力技だ」


エルゼはモニターに映るスペクトル解析結果を見て、忌々しげに舌打ちした。 彼女の計算では、既存の火薬兵器でこの装甲を貫通するには、火力が圧倒的に足りない。 より強力な質量兵器――たとえばレールガン級のもの――を投入するには、開発時間がなさすぎる。


「エルゼ様。私が行きます」


背後で控えていたアリアが、静かに進み出る。 彼女の手は腰の剣の柄にかかっているが、エルゼはモニターから目を離さずに首を横に振った。


「無駄だ。その剣では刃が欠けるのがオチだ。  生身で突っ込めば、お前でもミンチになる。  物理法則は精神論ガッツでは覆せない」


「でも! このままでは防衛線が破られます!  私が囮になれば、その隙に……!」


「だから、これを使う。  ……まだ実戦投入は尚早だと思っていたが、背に腹は代えられない」


エルゼはコンソールの赤いスイッチを押し込み、馬車の後部隔壁を開放した。 プシュウゥゥ……という圧縮空気の抜ける音と共に、白い冷却蒸気が漏れ出す。 その奥、薄暗いハンガーの中に鎮座していたのは、人の形をした無骨な金属の骨格だった。


古代遺跡から発掘された駆動系パーツを、エルゼが現代の素材で補強・再構築した強化外骨格パワードスーツ。 コードネームは、「ヴァルキリー」。


「……これが、私の新しい力ですか?」


「そうだ。  遺跡で見つけた高出力エネルギー源『賢者のバッテリー』を動力源にした、対重装甲用決戦兵器だ。  アリア、装着セットアップしろ。  使い方は、お前の体が覚えているはずだ」


アリアはゴクリと喉を鳴らし、その機械の鎧へと歩み寄る。 彼女が腕を通すと、装甲板が生き物のようにスライドし、少女の華奢な体を包み込んでいく。 脊髄に沿って配置された神経接続端子が、服の上からでも微弱な生体電気信号を読み取り、同期シンクロを開始する。


『システム、オンライン。  生体認証、コード・アリア。  認証プロセス……スキップ。即時適合を確認』


無機質な合成音声と共に、スーツの各所に走るラインが青白く発光した。 流線形のフォルムは美しく、しかし凶悪なまでの力強さを秘めている。 アリアは自身の掌を握りしめ、全身を駆け巡る力の奔流に身を震わせた。


「……すごいです。  体が、羽のように軽いです。  視界に……数字が浮かんでいます。風向き、敵との距離、弱点……全部、見えます」


HUDヘッドアップディスプレイだ。情報は武器になる。  出力調整はリミッター解除マックスにしてある。  制御は任せるぞ。暴れ馬なんてレベルじゃないからな。振り回されるなよ」


「はい。  行ってきます、エルゼ様!」


アリアが地面を蹴った。 その瞬間、ドンッという爆発音のような衝撃波が発生し、彼女の姿がその場から消失した。 いや、速すぎて人間の動体視力では追えなかったのだ。 舞い上がった砂煙だけが、そこに出撃の痕跡を残していた。


戦場では、帝国騎士団による一方的な蹂躙が続いていた。 「逃げろ! 殺されるぞ!」 「ひいぃぃっ! 助けてくれぇ!」 武器を捨てて逃げ惑う王国兵の背中に、騎士が無慈悲に巨大な剣を振り下ろそうとした、その時。


ヒュンッ――ガギィィィン!!


青い光の残像ストリークが戦場を奔ったかと思うと、振り下ろされた騎士の剣が、根本から砕け散った。 鋼鉄の破片がキラキラと宙を舞う。


「な、何だ!?」


騎士が驚愕に声を上げる間もなく、懐に潜り込んだ影が動く。 アリアだ。 彼女が装着したガントレットが、キュイィィィン……! という機械的な高周波音(モーター音)を唸らせる。


「はぁぁぁっ!!」


気合一閃。アリアの指先が、騎士の分厚い胸板の装甲を鷲掴みにした。 打撃ではない。把持だ。 強化された握力とサーボモーターのトルクが、ミスリル合金の硬度を上回る。


メリメリメリッ!!


耳障りな金属音と共に、アリアは騎士の鎧を、まるで濡れた紙のように引き裂いた。 「な、あ……?」 剥き出しになった騎士が、恐怖に目を見開く。 次の瞬間、アリアの掌底が彼を弾き飛ばした。 ドォォォン!! 重さ100キロを超える重装備の男が、ゴムボールのように10メートル後方へ吹き飛び、地面を転がる。


「ば、馬鹿な……!  我らのミスリルアーマーを、素手で引き裂いただと!?」 「貴様、何者だ!」


周囲の騎士たちが動揺し、槍を構え直す。 だが、アリアは止まらない。 彼女は地面を滑るように移動スライドし、次なる標的へと迫る。 その動きは、重力や慣性を無視しているかのように鋭角で、そして速い。


「遅いです!」


アリアの手刀が、騎士の兜ごと頭部を粉砕する。 回し蹴りが、別の騎士の構えた盾をへし折る。 強化外骨格のアシストと、アリア自身の研ぎ澄まされた野生の勘が融合し、彼女は戦場に舞う死神と化していた。


「囲め! 一人だぞ! 押し潰せ!」


騎士団長が叫び、十数人の騎士がアリアを取り囲んで槍を突き出す。 逃げ場のない全方位攻撃。 だが、アリアの瞳が琥珀色に怪しく輝いた瞬間、彼女にとって世界はスローモーションになった。


突き出される槍の軌道。筋肉の動き。鎧の隙間。 全てが見える。 彼女は身を低くして槍の穂先を紙一重で潜り抜け、あろうことか、突き出された槍の一本を素手で掴み取った。 そして、そのまま独楽こまのように回転する。


旋風サイクロンッ!!」


ブォォォン!! 強化された膂力で強引に振り回された槍と、それを握っていた騎士自身が武器となり、遠心力で周囲の敵をなぎ倒していく。 ガシャン、ゴシャッ、という金属がぶつかり合う不協和音と、骨が砕ける音が重なる。 一瞬にして、鉄壁の包囲網は瓦礫の山へと変わった。


その光景をモニター越しに見つめるエルゼの顔から、血の気が引いていた。 彼女が見ているのは、敵が倒される勇姿ではない。 画面の端に表示されている、アリアのバイタルデータと機体ステータスだ。


「……異常だ(バグっている)。  反応速度レスポンス0.02秒?  G負荷、瞬間最大15G?  ありえない……生身の人間なら、内臓が破裂して脳震盪を起こしているはずだ」


エルゼは震える指でキーボードを叩き、再計算を行う。 計器の故障か? いや、診断プログラムは正常だ。 数値は嘘をつかない。 パワードスーツは確かにアリアの力を増幅している。 だが、それ以上に、アリア自身の動きがスーツの性能限界スペックを引き出し、あまつさえ凌駕しようとしていた。


「アクチュエーターが悲鳴を上げている……。  機械が、人間の動きに追いついていないだと?  ……アリア、お前はいったい何者なんだ?」


エルゼの脳裏に、アリアの首筋にあるバーコードのような幾何学模様の痣が過ぎる。 そして、禁書庫で見た「古代の生体兵器」に関する断片的な記述。 さらに、先ほどのシステム音声――『認証プロセス、スキップ』。 通常なら必要なDNA登録や調整が、彼女の場合だけ免除された。 それはつまり、このシステムが最初から彼女を「正規利用者オリジナル」として認識しているということだ。


まさか、という疑念が、冷たい確信へと変わりつつあった。


(彼女は、ただの孤児じゃない。  このスーツと同じ、あるいはそれ以上の……失われた文明の『遺産』なのか……?)


戦場に、静寂が戻りつつあった。 立っている帝国騎士は、もう一人もいない。 スクラップの山と化した銀色の残骸の中心に、青白い光のラインを放つ戦乙女ヴァルキリーが一人、静かに佇んでいる。


アリアはゆっくりと息を吐き、ガントレットについた敵の血を無造作に振り払った。 プシュウゥゥ……と、スーツの排熱弁から白い蒸気が立ち上る。 その姿は、神々しいほどに美しく、そして直視できないほどに恐ろしかった。


王国兵たちは、歓声を上げることすら忘れ、ただ呆然とその背中を見つめている。 それは、人が触れてはならない領域の力を見せつけられた者たちの、畏敬の沈黙だった。


「……エルゼ様。  終わりました。敵影、なし」


通信機越しの声は、戦闘中の鬼気迫るものではなく、いつもの少女のものに戻っていた。 だが、これだけの機動戦闘を行って、息切れ一つしていないその事実に、エルゼは背筋が寒くなるのを感じた。


エルゼは大きく息を吸い込み、早鐘を打つ動悸を鎮める。 恐怖と、興奮と、そして科学者としての未知への探究心。 それらを全て飲み込み、彼女はマイクに向かって努めて冷静に答えた。


『……ご苦労だった、アリア。  直ちに帰還しろ。  ……お前のメンテナンス(検査)が必要だ。たっぷりと、な』


モニターの向こうで、アリアが嬉しそうに頷くのが見えた。 だがエルゼの瞳は、笑ってはいなかった。 パンドラの箱を開けてしまったかもしれない。 その予感が、冷たい棘となって胸に深く刺さっていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


周囲から「死神」「死の商人」と恐れられるエルゼ。 それでも「これは人類生存のための最適解だ」と言い聞かせる姿が痛々しくも強いです。 そしてアリアの「汚れ役を引き受ける」という宣言。 二人の覚悟が決まり、物語は守りの戦いから攻めの戦いへとシフトします。


次回、エルゼたちが仕掛ける次なる一手とは? 戦いはさらに激化していきます。ご期待ください。


もし「続きが読みたい」「この二人が好きだ」と感じていただけたら、 ぜひブックマークや、ページ下の【☆☆☆☆☆】で評価をお願いします。 皆さんの応援が、エルゼたちの支えになります。


X(旧Twitter): 酸欠ペン工場(@lofiink) [https://x.com/lofiink]

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