第11章 鉄の巨人と通信網
第11章更新しました。 帝国軍の切り札「鉄の巨人」が登場。 絶望する前線の騎士たちですが、その耳元に「あの声」が届きます。 科学による戦場革命、スタートです。
国境地帯の荒野に、空気を震わせる轟音が響き渡っていた。 乾燥した土埃を巻き上げて進軍してくるのは、隣国ガレリア帝国の機甲師団だ。 その先頭には、常識外れの威容を誇る「鉄の巨人」が三体、地響きを立てて歩を進めている。
全高10メートルを超える、古代の自律戦略兵器。 分厚い装甲板の隙間からは高圧の蒸気がシューシューと噴き出し、錆びついた関節がギチギチと不吉な駆動音を奏でている。 その圧倒的な質量と、全身から発せられる熱量は、対峙する王国軍の兵士たちを絶望の淵へと叩き落とすに十分だった。
「ひ、怯むな! 盾を構えろ! 密集陣形だ!」 「駄目です! あんな化け物、槍が通じません!」 「魔法部隊、詠唱急げ! 撃てぇぇぇ!」
最前線はパニックに陥っていた。 着弾した魔法は巨人の装甲に弾かれ、無意味な火花を散らすだけだ。 王国騎士団長レオノールは、愛馬を駆りながら必死に剣を振るって指揮を執るが、怒号と悲鳴、そして巨人の足音にかき消されて届かない。 個人の武勇が通用する相手ではない。 誰もが死を覚悟し、戦線が崩壊しようとしたその時――。
レオノールの耳元に装着された、無骨な黒いイヤーカフから、ノイズ混じりの冷静な声が響いた。
『――こちら司令室(CP)。 レオノール団長、聞こえているか? 感度良好。これより「オペレーション・リンク」を開始する』
「なっ……!? エ、エルゼか!? 耳元で直接……!? この状況で何を悠長な! 前線は崩壊寸前だぞ! 撤退許可を!」
『却下する。 現状認識は共有されている。 上空の偵察機から、戦場の全てが見えているからな。 ……落ち着いて私の指示に従え。 敵の巨人は、ただの図体だけの案山子だ』
戦場の喧騒から数百キロ離れた、王都の地下司令室。 そこは、血と泥にまみれた前線とは対照的な、電子音と冷却ファンの音が響く静寂の空間だった。
壁一面に設置された複数のモニターには、航空写真と、無数の輝点で示された戦況図がリアルタイムで投影されている。 中央のメインスクリーンには、ドローン「ユニット・ワン」が上空から捉えた、荒い解像度の戦場映像が映し出されていた。
エルゼはコンソールに向かい、キーボードを叩く指を止めずに、マイクに向かって淡々と指示を飛ばしていた。 その横顔は、氷のように冷徹だ。 彼女にとって、これは戦争ではない。盤上の駒を動かし、数値を操作するシミュレーションゲーム(演習)に過ぎない。
「A班、右翼へ展開。座標305へ移動し、対衝撃用の魔法障壁を展開しろ。 B班は左翼の森へ迂回。爆裂魔法の準備をしつつ待機。 ……タイミングは私が指示する。1秒たりともズレるな」
彼女の背後では、アリアが壁に寄りかかり、モニターを食い入るように見つめている。 ドレスではなく、動きやすい革鎧に着替えた彼女の手は、いつでも出撃できるよう剣の柄に置かれていた。 だが今は、エルゼの頭脳が唯一の武器だ。
『し、しかし! そんな場所に展開しても、敵の正面突破は防げんぞ! 奴らは止まらないんだ!』
インカムから、レオノールの焦燥に満ちた声が返ってくる。 エルゼは冷笑を浮かべ、手元のサブモニターで「鉄の巨人」の歩行パターンを解析した。
「防ぐ必要はない。 敵の巨人の動きをよく観察しろ。 右脚を踏み出してから左脚が動くまでに、関節駆動のタイムラグが0.5秒もある。 重心移動もぎこちない。……操縦者が機体の仕様を理解せず、マニュアル操作で無理やり動かしている証拠だ」
画面の中の巨人は、確かに圧倒的な破壊力を持っているが、その一歩一歩は不安定で、まるで幼児が初めて歩くかのような危うさがあった。 帝国は発掘した兵器を、システムの補助なしに魔力で強引に動かしているのだ。 それは兵器ではなく、暴走する鉄塊に過ぎない。
「いいか、レオノール。 奴らは視界が狭く、ただ前に進むことしか考えていない。 側面への反応速度は亀以下だ。 ……今だ。B班、発射」
エルゼが指を鳴らすと同時に、モニター上のB班を示す輝点が明滅した。 戦場の森に潜んでいた魔法部隊が、一斉に魔法を放つ。 それは巨人の装甲を狙ったものではなく、その進行方向、踏み出そうとした右足の地面をえぐり取るための「土魔法」だった。
ズドォォォォン!!
スピーカー越しに、重い地響きが司令室まで届く。 バランスを崩した先頭の巨人が、踏み抜いた地面に足を取られ、スローモーションのように前のめりに転倒した。 後続の巨人も避けきれずに巻き込まれ、将棋倒しのように重なり合っていく。 数十トンの鉄塊同士が激突し、凄まじい金属音が荒野に轟いた。
『なっ……!? 転んだ!? あんな簡単に……!』
「質量が大きければ大きいほど、一度崩れたバランスを立て直すのは困難になる。 物理の基本だ。 ……さあ、今のあいつらは亀より遅い。 関節の隙間、排熱口を狙え。そこなら装甲は薄い」
『好機だ! 今だ、全軍突撃ぃぃぃ!』
レオノールの勇ましい号令と共に、王国軍が一気に押し寄せる映像がモニターに映る。 起き上がろうともがく巨人は、今やただの巨大な的だった。 弱点である関節の隙間に槍が突き込まれ、内部に向けて爆裂魔法が炸裂する。 無敵と思われた古代兵器が、煙を上げて沈黙していく。
「……ふん。 情報と速度が支配する『近代戦』へようこそ。 個人の武勇など、高度に統制された通信網の前では無力だ」
エルゼはモニターを見つめ、冷めたコーヒーを一口啜る。 その瞳には、勝利への確信と、未熟な科学文明を弄ぶ冷徹な色が宿っていた。 帝国の野望は今、論理という名の見えない糸によって、確実に絡め取られようとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
ただの通信機が、どんな魔法よりも強力な武器になる。 情報の共有と連携がいかに恐ろしいか、帝国軍は身をもって知ったはずです。 (スペックを無視してマニュアル操作でロボットを動かす帝国側の泥臭さも、個人的には嫌いじゃありませんが……笑)
司令室でコーヒーを啜りながら戦場を支配するエルゼ。 彼女の「科学の要塞化」はまだ始まったばかりです。
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