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『ロストテクノロジーは「科学」だと言っているでしょう? ~元科学者の私、異世界で禁忌の始祖として崇められる~』  作者: 酸欠ペン工場


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第10章 王室御用達の異端者

第10章更新しました。 ボロボロの白衣こそが、真理を探究する者の勲章。 国王すらも唸らせたエルゼが、次に手に入れるのは「世界の真実」へのアクセス権です。

王都の中央に鎮座する王城。その最奥にある「謁見の間」は、文字通り光の暴力に晒されていた。 天井からは巨大なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、壁一面のステンドグラスが極彩色の光を磨き抜かれた大理石の床に投げかけている。 列席する貴族たちは、金糸銀糸を織り込んだ最高級の正装に身を包み、己の権威を誇示するように輝きを競い合っていた。


その煌びやかな空間の只中に、一つだけ、強烈な違和感を放つ「異物」が存在していた。


「……おい、見たか。あれが噂の……」 「なんと薄汚い。下働きの召使いですら、もう少しマシな格好をするぞ」 「王前であるぞ。不敬にも程がある」


貴族たちのさざ波のような嘲笑ノイズが、広間に充満する。 視線の集中砲火を浴びているのは、一人の女性。 数日前の空襲でついた煤と、幾多の薬品のシミが地図のように広がった、ボロボロの白衣を纏ったエルゼ・ノイマンだ。 彼女の肩には、球体ドローン「ユニット・ワン」が「装飾品」として鎮座し、赤いカメラアイで周囲を無機質に記録している。


エルゼは周囲の視線など意に介さず、ポケットに手を突っ込んだまま、退屈そうにシャンデリアの落下リスクを目測していた。 その隣では、急遽あつらえられたドレスを着たアリアが控えている。 フリルやレースに不慣れで居心地が悪そうに身じろぎしているが、その琥珀色の瞳だけは油断なく周囲を巡回し、ドレスのスリットには護身用のナイフが隠されていた。


「え、エルゼ様……。  やっぱり、着替えてきた方がよかったんじゃないですか?  みなさん、ゴミを見るような目で見てますよ……」


「非合理的だ。  服など、体温調節と皮膚の保護を目的とした繊維の集合体に過ぎない。  新品のシルクだろうが、使い古した木綿だろうが、物質としての機能スペックに大差はない」


エルゼは鼻を鳴らし、あくびを噛み殺す。 彼女にとって、この儀式的な時間は「研究時間を浪費する無駄なプロセス」以外の何物でもなかった。 ドレスに着替える時間があるなら、ワイバーンの脳から摘出した制御チップの解析を進めたかったのが本音だ。


「それに、私は『科学者』として招かれたのだ。  ならば、正装ユニフォームである白衣を着るのは当然の帰結だろう」


「そ、そう言われればそうですけど……。  でも、場所にはTPOっていうのが……」


アリアが小声で反論しようとしたその時、重厚なファンファーレが鳴り響いた。 「国王陛下、御成ーッ!」 近衛兵の張り上げた声と共に、奥の玉座へ一人の初老の男が現れる。 白髪交じりの髭を蓄え、歴戦の覇気を漂わせる国王だ。


ザッ、と衣擦れの音が重なり、全員が一斉に跪く。 アリアも反射的に片膝をついて頭を下げるが、エルゼだけは立ったまま、軽く首を垂れる程度の会釈に留めた。 周囲から「ヒッ」と息を呑む音が漏れる。近衛兵が槍を構え、殺気が走った。


「……面を上げよ」


国王の重々しい声が響き、兵を制する。 エルゼが顔を上げると、国王は興味深そうに彼女の薄汚い白衣を眺め、次いでその瞳を覗き込んだ。


「そなたが、エルゼ・ノイマンか。  ベルンハルトとの決闘を制し、ワイバーンの群れを退けたという」


「事実です。  ただ、正確には『退けた』のではなく、『物理的に粉砕し、運動エネルギーをゼロにした』ですが」


「無礼者! 陛下に対し言葉を慎め!」 側近の大臣が顔を真っ赤にして怒鳴る。 だが、国王はそれを手で制し、口元に愉快そうな笑みを浮かべた。


「よい。形式張った世辞は聞き飽きた。  ……その白衣、なかなかに年季が入っておるな。  余の城には、それほど汚れた服を着て堂々と歩く者は今までおらなんだ」


「汚れではありません、陛下。  これは実験の痕跡データであり、真理を探究した証です。  何も生み出さない綺麗な服よりは、よほど生産的価値があるかと」


エルゼの物言いに、会場が凍りつく。 だが、数秒の沈黙の後、国王は腹の底から声を上げて笑った。


「ハハハ! 面白い!  『何も生み出さない綺麗な服』か! 耳が痛い者も多かろう!  ……気に入った。そなたのその合理的かつ冷徹な知性、余は高く評価する」


国王は立ち上がり、玉座の前へと歩み出る。 そして、エルゼに向かって高らかに宣言した。


「エルゼ・ノイマン。  そなたを本日より、『王室技術顧問』に任ずる。  既存の枠に囚われず、その知識をもって我が国の発展に寄与せよ」


「……はっ。  ご期待に沿えるよう、リソースを配分します」


エルゼが淡々と答えると、今度は列席者の中から一人の男が進み出た。 純白のローブに身を包んだ、宮廷筆頭魔導師ベルンハルトだ。 彼は悔しそうに顔を歪めつつも、エルゼの前に立つ。


「……フン。  陛下のお墨付きとあっては、認めざるを得ないな。  ギルドとしても、貴様の作る『石鹸』および関連製品の販売を正式に認可する」


「ほう。あの頭の固いギルドが、随分と柔軟になったものだ」


「勘違いするな!  貴様の理論を全て認めたわけではない!  ……ただ、あの粉塵爆発とやら……あれには、魔法では説明できない『ことわり』があった。  それを解明するまでは、泳がせておいてやるだけだ!」


ベルンハルトは顔を背け、ツンと澄ます。 エルゼはニヤリと笑い、彼に握手を求めた。


「感謝する、実験体一号。  これからも私の科学ネタのために、いい反応リアクションを見せてくれ」


「誰が実験体だ! ……くそっ!」


ベルンハルトは悪態をつきながらも、その手を力強く握り返した。 かつての敵対関係が、奇妙なライバル関係へと昇華された瞬間だった。 会場からは、今度こそ惜しみない拍手が巻き起こる。


謁見の儀が終わり、褒美についての問答になった時。 エルゼは金貨や領地といった物質的な報酬を全て拒否した。


「私が欲しいのは、リソース(金)ではありません。  アクセス権限アドミニストレータ・キーです」


「権限、とな?」


「はい。王宮の地下深くにあるとされる、『禁書庫』。  そこへの無制限の入室許可をいただきたい」


その要求に、国王の表情が一瞬だけ曇った。 禁書庫。そこは王家の暗部や、建国以前の歴史の闇が封印されている場所だ。 だが、国王はエルゼの瞳にある純粋な探究心を見抜き、静かに頷いた。


「……よかろう。  ただし、そこで見たものがいかなる真実であれ、口外は無用ぞ」


重厚な鉄扉が、錆びついた悲鳴を上げて開かれる。 王城の地下最深部。 湿った冷気と、カビとは違う、無機質で乾いた匂いが漂う空間。 そこが、数百年の歴史を封印した「禁書庫」だった。


「うう……なんか、変な匂いがします。  古い紙の匂いじゃなくて、もっと……」


カンテラを持ったアリアが、鼻をひくつかせる。 エルゼにはわかっていた。これは、劣化したプラスチックと金属の匂いだ。 書架に見えるものは黒く変色した金属製のラックであり、そこに並んでいるのは羊皮紙ではなく、合成樹脂製の記録媒体ファイルだった。


「……古代語の文法構造が、現代語と乖離している。  いや、これはプログラミング言語の名残か?  『システム再起動』『環境再生プロセス』……やはりな」


エルゼの手が止まる。 彼女が読み解いた記録には、衝撃的な事実が記されていた。 この世界は、かつて高度な科学文明によって一度滅び、ナノマシンによる環境再生システムによって「再構築」された世界だということ。


「魔法は、ナノマシンを制御するための管理者コマンドが形骸化したもの。  魔物は、環境浄化のために放たれた自律型バイオ兵器の成れの果て……。  全部、科学ロジックで説明がつく」


エルゼはさらに奥の棚へ進む。 そこには「極秘」の封印が施された、比較的新しい地図と報告書があった。 封印を解き、中身を見た瞬間、エルゼの表情が凍りついた。


「……これは、隣国帝国の動向調査報告書か」


地図には、帝国の領土内で発掘された巨大な遺跡の場所が記されていた。 そして、その遺跡から回収された物体のスケッチ。 それは、巨大な砲身を持った、人型の機動兵器だった。


「『神の鉄槌デウス・マキナ』……。  古代の戦略級自律兵器だ。  帝国は、これを掘り起こして再稼働リブートさせようとしているのか?」


報告書の末尾には、帝国の進軍ルート予測が記されていた。 その赤い矢印が指し示しているのは、ここ、王都だ。 いや、正確には王都の地下に眠る「超伝導排熱ダクト」――すなわち、古代文明のメインエネルギー炉だ。


「……目的は、エネルギーの確保か。  王都の地下にある炉心コアを手に入れれば、あの兵器を無限に稼働させることができる。  そうなれば、この大陸は焦土と化す」


エルゼは報告書を閉じ、暗闇の中で拳を握りしめた。 ただの知的好奇心で首を突っ込むには、事態はあまりにも深刻だ。 だが、逃げるという選択肢は、彼女の計算式には存在しなかった。


「エルゼ様……?  顔色が、怖いです」


アリアが心配そうに覗き込む。 エルゼはふっと表情を緩め、いつもの不敵な笑みを浮かべた。 だがその瞳には、研究者としてではなく、守護者ガーディアンとしての冷たい覚悟が宿っていた。


「……アリア。  どうやら、私たちの平穏な実験生活は、もう少しお預けになりそうだ」


「え?」


「近いうちに、大きな嵐が来る。  ワイバーンなんて目じゃない、本物の『戦争』だ。  ……だが、安心しろ。  私の科学りろんが、この世界の理不尽なバグを全て修正デバッグしてやる」


エルゼは禁書庫の闇を見据える。 その視線の先には、迫りくる帝国の軍靴と、科学兵器による破壊の未来が映っていた。 だが、彼女は恐れない。 知識という最強の武器が、自分の手の中にあることを知っているからだ。


「行くぞ、アリア。  準備セットアップが必要だ。  ……この国を、科学の要塞に作り変えるぞ」


二人の背中が、地下の闇に溶けていく。 王都動乱編が終わり、物語は国家間の存亡をかけた「戦火と技術革命編」へと加速していく。

ご覧いただきありがとうございます!


ベルンハルトとの和解?、そしてアリアとの新たな決意。 「私の科学が、この世界のバグを修正する」 守るべきものが増え、覚悟を決めたエルゼは強いです。


王都編はこれで一区切りですが、戦いは終わりません。 むしろ、ここからが本番です。 アリアと共に、エルゼがどんな「科学無双」を見せてくれるのか、引き続き応援よろしくお願いします。


もし「面白かった」「続きを読みたい」と感じていただけたら、 ぜひブックマークや、ページ下の【☆☆☆☆☆】で評価をお願いします。


X(旧Twitter): 酸欠ペン工場(@lofiink) [https://x.com/lofiink]

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