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『ロストテクノロジーは「科学」だと言っているでしょう? ~元科学者の私、異世界で禁忌の始祖として崇められる~』  作者: 酸欠ペン工場


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第9章 空からの捕食者

第9章更新しました。 空を覆うワイバーンの群れ。 パニックになる王都で、エルゼとアリアの連携が光ります。 「空にいないなら、ただの的です」 頼もしくなったアリアの活躍にもご注目ください。

闘技場を揺るがしていた熱狂的な歓声が、ふいに不協和音へと変質した。 最初は遠くの空で鳴り響く、重苦しい鐘の音だった。 それが次第に近づき、けたたましい空襲警報となって王都の空気を鋭く引き裂いていく。


「……なんだ? この音響パターンは。  祝砲にしては周波数が不快すぎる」


エルゼは勝利の余韻に浸ることもなく、不機嫌そうに眉をひそめて空を見上げた。 雲一つない快晴だったはずの蒼穹に、黒い染みのような影が急速に広がっている。 一つではない。十、二十……いや、百に近い数だ。


「きゃああああッ!!」 「魔獣だ! 空から魔獣が降ってくるぞ!!」


観客席の誰かが上げた悲鳴を合図に、パニックが伝染病のように会場全体へ広がった。 雲海を裂いて現れたのは、蝙蝠のような巨大な皮膜の翼と、鋼鉄の如き硬度を持つ緑色の鱗に覆われた飛竜――ワイバーンだ。 それらは野生動物特有のランダムな動きではなく、統率された軍隊のように整然とした編隊を組み、急降下爆撃機さながらの速度で王都へと襲いかかった。


「ワイバーン……!? 馬鹿な、奴らは単独行動を好む生物だぞ!  これほどの数が群れを成すなど、生態系が狂っている!」


ベルンハルトが煤けた顔のまま叫び、呆然と空を見上げる。 その視線の先で、先頭のワイバーンが顎が外れるほど口を大きく開け、灼熱の火球を吐き出した。


ドォォォンッ!!


闘技場の外壁に着弾し、数百年耐えてきた石造りの壁が、まるで飴細工のように赤熱して砕け散る。 飛び散った破片が観客席に降り注ぎ、悲鳴と怒号が交錯する阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれた。


「おい、鳥人間。生物学の講義をしている暇があったら迎撃しろ。  お前の得意な『空飛ぶ手品』の出番だろう。給料分は働け」


エルゼは冷静に指示を飛ばしながら、観客席のアリアへハンドサインを送る。 (市民の避難誘導を優先。戦闘は防御に徹しろ。死ぬなよ) アリアが力強く頷き、パニックに陥る群衆の波をかき分けて走り出すのを確認してから、彼女は再び空へ意識を戻した。


「言われなくとも!  魔導師団、構え! 王都の空を穢す害獣どもを撃ち落とせ!  我らの誇りにかけて!」


ベルンハルトの号令で、会場にいた魔導師たちが一斉に杖を掲げる。 無数の火球、氷の槍、雷撃が生成され、空中の敵めがけて一斉に射出された。 色とりどりの魔法の光が空を埋め尽くし、美しい花火のように輝く。


だが、その攻撃は一匹のワイバーンにも届かなかった。


「な……ッ!? 届かない……だと!?」


魔法の輝きは、敵の遥か手前で魔力切れを起こし、虚しく霧散していく。 ワイバーンの群れは、魔導師たちの有効射程限界高度(レンジ外)である高度3000メートル付近を悠々と旋回し、一方的に火球を落とし続けているのだ。 安全圏からの、完全なる蹂躙。


「くそっ! なんて卑怯な!  降りてこい! 射程外から攻撃するなど、騎士道精神はないのか!」


ベルンハルトが地団駄を踏み、悔しさに顔を歪める。 だが、エルゼはその絶望的な光景を、感情のない冷徹な計算式として処理していた。 彼女は懐から測距儀を取り出し、敵の高度と風速を淡々と計測する。


「……高度3200、上昇気流に乗って滑空グライド中か。  魔力の減衰率と空気抵抗を計算に入れていないお前たちの負けだ。  魔法が届かないなら、物理的に届くものを飛ばせばいいだけの話だ」


エルゼは白衣を翻し、闘技場の地下にある備品倉庫へと走った。 そこには、先日の決闘の演出用――という名目でギルバートに用意させておいた、ある「科学素材」が眠っているはずだ。


地上では、地獄のような光景が広がっていた。 降り注ぐ火球によって建物が炎上し、逃げ惑う人々が将棋倒しになっている。 その混乱の中を、赤い髪の少女が疾風のように駆け抜けていた。


「こっちです! 広場の方へ逃げてください!  建物の影に入らないで! 崩れてきます!」


アリアは声を張り上げ、逃げ遅れた子供を抱きかかえて、崩落する瓦礫の下を間一髪でくぐり抜ける。 直後、彼女がいた場所に火球が着弾し、石畳をドロドロに溶解させた。 背中を焦がすような熱波を感じながらも、彼女の足は止まらない。


「ギャオオオオッ!!」


一匹のワイバーンが高度を下げ、避難民の列に狙いを定めて急降下してくる。 鋼鉄すら切り裂く鋭利な鉤爪が、アリアの背中へと迫る。 恐怖に足がすくむ村人たちを背に庇い、アリアはコンパウンドボウを構えた。


「……させませんッ!!」


キリキリと滑車の音が唸りを上げ、放たれた矢がワイバーンの眼球を正確無比に貫く。 魔獣は鼓膜をつんざく悲鳴を上げてバランスを崩し、民家の屋根に激突して転がり落ちた。 だが、敵はあまりにも多すぎる。 空を見上げれば、無数の影が次なる獲物を探して旋回している。


「はぁ、はぁ……。  キリがありません……エルゼ様……!」


アリアは汗と煤を拭い、絶望的な空を見上げた。 上空を埋め尽くす黒い影は減る様子もなく、むしろ増援が現れているようだった。 このままでは、王都は火の海に沈む。


その時だった。 闘技場の中央から、一条の光が空へと真っ直ぐに打ち上がったのは。


「セットアップ完了。  即席だが、運動エネルギー計算は完璧だ」


エルゼは闘技場の中央に、巨大な鉄筒を垂直に設置していた。 中には、倉庫にあった大量の黒色火薬に加え、推進剤として精製したニトロセルロース、そして弾頭には鉄屑やガラス片を詰め込んだ特製のキャニスターが装填されている。 名付けて、「多段式対空拡散榴弾マルチステージ・フラック・シェル」。


「だが、これだけじゃ当たらない。  誘導ガイドが必要だ」


エルゼはポケットから、愛用のドローン「ユニット・ワン」を取り出した。 先ほどの決闘で粉まみれになった機体を袖で軽く拭き、起動スイッチを入れる。 これが、最初で最後の特攻カミカゼになるかもしれない。


「頼むぞ、ユニット・ワン。  敵の密集地帯まで飛んで、高周波の挑発信号を出せ。  ……壊れるなよ。お前は替えの利かない古代遺産オーパーツなんだからな」


肯定アファマティブ。  マスター、生存確率の計算を推奨します』


「うるさい。  計算は済んでいる。成功率は100%だ。行け!」


ドローンが浮上し、電磁推進特有の静音航行で、しかし凄まじい速度で空へと舞い上がっていく。 それは小さな銀色の蚊のように、巨大なワイバーンの群れの中へと恐れずに突っ込んでいった。 敵の真っ只中で、ユニット・ワンが耳障りな高周波音と、強烈なストロボ発光を放つ。


「ギョ? ギャアアッ!?」


突然の異物に、統率されていたワイバーンの動きが乱れた。 彼らの習性――動くもの、光るものへの攻撃本能が刺激され、群れ全体が一点に収束していく。 鬱陶しいドローンを破壊しようと、密集隊形をとったその瞬間。


「……座標固定ロックオン。  今だ! 発射ファイア!!」


エルゼが起爆スイッチを押した。 ドォン!! という腹に響く重低音と共に、鉄筒から巨大な火の玉が射出される。 第一段ロケットが点火し、弾頭は赤い尾を引きながら空を切り裂いて上昇。 さらに高度2000メートルで第二段が点火し、音速を超えて加速する。 それはワイバーンの群れの中心、まさに「死の点」へと吸い込まれていった。


そして。


カッッッッ!!!!


王都の上空に、第二の太陽が生まれた。 炸裂した弾頭は、数千の赤熱した鉄片とガラス片を全方位に撒き散らす、死の華を咲かせたのだ。 指向性の爆薬によって加速された破片シュラプネルは、ワイバーンの硬い鱗をも容易く貫通する。 爆音と衝撃波が空を震わせ、密集していた魔獣たちの翼を引き裂き、肉を抉る。


「ギ……ギャガアアアアアッ!?」


断末魔の悲鳴が重なり合い、空から黒い雨のように魔獣たちが墜落していく。 翼を失った飛竜など、ただの巨大なトカゲに過ぎない。 圧倒的な高度と距離を制していたはずの彼らが、重力に従って地面へと叩きつけられていく様は、まさに逆転のドラマだった。


「見ろ! 落ちてくるぞ!」 「すげぇ……一撃で……! 魔法じゃない、あれは何だ!?」


呆然としていた魔導師たちが、杖を取り落として歓声を上げる。 ベルンハルトもまた、口をあけたまま空を見上げていた。 自分たちの魔法が届かない遥か彼方の敵を、あの少女は物理法則の塊で撃ち落としたのだ。


『……帰還しました、マスター。  外装損耗率15%。機能に支障なし』


煤だらけになったユニット・ワンが、ふらふらと、しかし健気にエルゼの手元に戻ってくる。 エルゼは珍しく安堵の表情を浮かべ、その球体を撫でた。


「よくやった。後でオイル風呂に入れてやる。  ……アリア! 仕上げだ!  落ちてきた粗大ゴミを片付けろ!」


エルゼの通信インカム越しの声に、地上で待機していたアリアが弾かれたように動く。 彼女は屋根の上を軽やかに飛び移りながら、落下してくる手負いのワイバーンたちに次々と矢を放ち、あるいは剣で急所を貫いていく。


「はいっ! 任せてください!  空にいないなら、ただの的です!」


アリアの動きは、舞うように美しく、そして慈悲がない。 恐怖の象徴だった空の捕食者が、少女の手によって次々と沈黙させられていく。 その姿は、逃げ惑う市民たちの目に、新たな英雄として焼き付けられた。


数十分後。 空襲警報は解除され、王都には再び静寂が戻っていた。 広場には無数のワイバーンの死骸が山積みになり、人々が遠巻きに、しかし称賛の眼差しでそれを見ている。 エルゼはその中の一体、群れを率いていたリーダー格と思われる個体の頭部にナイフを入れていた。


「……やはりな」


脳組織をかき分け、ピンセットで摘出したのは、小指の先ほどの銀色の金属片だった。 複雑な魔法陣が刻まれた、明らかに自然物ではない人工的な埋め込み型デバイス。 それは、魔獣の脳に直接干渉し、遠隔操作するための「制御素子コントロール・チップ」だ。


「野生の暴走じゃない。  誰かが意図的に、この群れを王都上空へ誘導ナビゲートしたんだ」


チップの裏面には、双頭の鷲を模した紋章が微細な彫刻で刻まれている。 この国の東、好戦的な軍事国家として知られる「ガレリア帝国」の国章だ。 エルゼはチップを試験管に入れ、氷のように冷たい瞳で東の空を睨みつけた。


「……宣戦布告のつもりか。  いいだろう。  科学わたしを敵に回したことを、後悔させてやる」


アリアが返り血を拭いながら近づいてくる。 彼女もまた、エルゼの手にあるチップを見て、表情を険しくした。 二人の間に、新たな、そしてより巨大な戦いの予感が漂う。


だが今は、勝利を噛みしめる時だ。 「魔女様万歳!」「剣聖乙女万歳!」 市民たちが、そしてプライドをへし折られたはずの魔導師たちまでもが、エルゼとアリアを取り囲み、称賛の拍手を送っている。 迷信を打ち砕く科学という名の光が、王都の空を、そして人々の心を、確かに照らし出した瞬間だった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


エルゼが撃ち落とし、アリアが仕留める。 最強のコンビネーションで王都を救いました。 民衆の手のひら返しも(良い意味で)凄まじいですね。


しかし、戦利品から出てきたのは不穏なチップ。 科学vs魔法の次は、科学vs軍事帝国の戦いになりそうです。 エルゼの技術が、戦争の道具として狙われる日も近いかもしれません。


もし「面白かった」「二人の活躍をもっと見たい!」と感じていただけたら、 ブックマークや、ページ下の【☆☆☆☆☆】で評価をお願いします。 皆さんの応援が、次章の執筆エネルギーになります!


X(旧Twitter): 酸欠ペン工場(@lofiink) [https://x.com/lofiink]

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