濡れ衣を着せられた令嬢は、全てから逃げるための自殺を試みる
「ジェミラ・スザンヌ、お前との婚約を破棄する!」
卒業パーティーにて、隅っこで寛いでいたわたくしはそんな宣告をされた。
そのことを口走ったのは、わが国の第二王子、ヴィルヒーレ様。そして、その腕の中に、男爵令嬢、シンシア・イエスタフがいた。
……話には聞いていたけれど、本当だったのね。
「理由をお伺いしても?」
「白を切るつもりか!? お前は彼女、シンシアを虐めただろうが!」
「証拠を見せてくだだいませ」
「お前は……またそんな事務的なことを。そんなんだから可愛げがないと言われるんだろう!」
今はそんなことは関係ないんじゃないのかしら?
「それで、証拠を見せてくださらないのですか?」
「分かった! お前が追い詰められるだけだと思うがな。……まずはシンシアだ。説明しなさい」
「はい……。私は……グスッ、先日、ジェミラ様に階段から突き落とされてしまいました……。お陰で今もこんな感じでダンスさえ出来ません……」
「だ、そうだ。それでも何か言うことはあるか?」
「まだまだ証拠が足りないのではなくて? そもそもその日にち、時間、場所さえはっきりしていないのに証拠にするのはいかがなものかと」
「ええい、そんなことはどうでもいいだろう! 今重要な事実は、お前がシンシアを突き落とした、そのことだ!」
はぁ……準備をしていて良かったわ。
けれど、もう少し頑張ろうかしら?
「そうなのですか……それで、それは死ぬほどの事故なのかしら? 見たところ、歩けるようだし全然問題はないわよね?」
「そういう話ではない! もう我慢ならん! こいつを牢へ連れて行け!」
——ザッ
衛兵が、こちらへと向かっている足音が聞こえる。
とうとう実力行使で来たわね。
予想通り。あとはわたくしが……
「そう、それなら仕方ないわね」
少し怖いけれど……あとは親バカなお父様お母様がきっと何とかしてくれるわ。
わたくしは、走り出した。
「おい、何をしている! 追うんだぞ!」
端っこにいたお陰で、すぐにバルコニーに到着した。
手すりに立って皆を見下ろしてみる。うん、最期の光景が賑やかだというのは嬉しいわね。
……ん? 本来ここにはいない人が見えたような気がするのだけど……気の所為よね。
「それでは皆様、さようなら」
わたくしは跳んだ。
ガベーナ、ごめんなさいね。あのバカな婚約者から逃げる方法がこれくらいしか思いつかなかったの。
「ジェミラお嬢様、お嬢様がとある令嬢を虐めているという噂が……」
「ジェミラお嬢様、お嬢様が令嬢を突き落としたという噂が……」
「ジェミラお嬢様、明日のパーティーにて、お嬢様との婚約を破棄して、断罪するという話が……」
優秀な執事だったガベーナ。
いつもわたくしに関する噂話を集めてきてくれていて……
今、こんなふうに立ち回れているのもガベーナのお陰。
本当に……ありがとう……
そこで、わたくしの意識は途切れた。
『お父様、お母様、お兄様、ガベーナへ。
この度はこんな愚行をしてしまって、本当にごめんなさい。あのバカな婚約者から逃げるための方法がこれくらいしか思いつきませんでした。
そしてお兄様、ありがとう。お兄様がいるからこんなふうに死ぬことを試みることができました。一人娘じゃなくて良かった。
そしてお父様お母様が産んでくれた命をこんなふうに無駄にしてしまったこともごめんなさい。二人がわたくしのことを大好きなのは知っているの。もちろんわたくしも大好きだと思っているわ。だけど、あんなふうな婚約者がいる中で生きたくないの。
このままだったらわたくしは断頭台。もし自分から婚約破棄をしようとしても、王命だから、一介の公爵令嬢にはすることができない。だから、これしか思いつかなかった。
あの第二王子とその愛人、シンシアに関することはガベーナに聞いてね。
この手紙を借りて言うけれど、わたくしは至ってあの男爵令嬢に触っていないわ。会ったことがあるかも怪しいくらい。お父様お母様なら、信じてくれると信じています。
15年分の愛を込めて。ジェミラ』
◇
「……ん……」
声が出て、気が付いた。
「え?」
声が、出る?
わたくし、死後の世界にとうとう到着したのかしら?
それだったら頑張って起きなくては……
「ジェミラ!」
「ジェミラ、気づいたのか!?」
「おい、ジェミラ、起きろ!」
「お嬢様!」
あら…‥? お母様、お父様、お兄様、ガベーナの声が聞こえるわ。
幸せね。こういうのを確か幻聴、って言うのよね?
まだ、しばらくこの声を聞いていたいわ……
また、まどろんできて、わたくしは意識を失った。
「お嬢様! 一週間も何をやっているんですかあなたは!」
また、ガベーナの声が聞こえるわ。
「おい、ガベーナ、揺らすな!」
今度はお兄様の声ね。またしても幻聴かしら? 幸せね。
……揺れているような気がするわ。
思い切ってまぶたを開けてみる。
そこには白いものだけがあった。
「やっぱり幻聴かしら? ここはやっぱり死後の世界?」
「お嬢様は目を覚ました!?」
「おいジェミラ、ここは普通の世界だぞ?」
……おかしいわね。
何度か瞬きをしてみる。
だんだん、視界の中に色が戻ってきた。……お兄様と、ガベーナがいるわ。
「え? お兄様に、ガベーナ?」
「「ジェミラ!」」
「それにお父様とお母様?」
一体、何がどうなっているの?
誰かわたくしに教えてちょうだい!!
「ジェミラ、今から説明するから、疑問もあるだろうけれど、とりあえずは聞いといてね??」
「はい……」
聞きたいことはたくさんあるけれど、こんな風にお母様から念押しされちゃあ口を挟むことは出来ないわ。
「まず、あなたはガベーナに感謝しなさい、これをガベーナが見つけてくれたのだから」
これ? 一体何のことかしら……ってそれ、遺書の下書きじゃない!!
ただ捨てるだけだと見つかるから、本の間に挟んでいたのに!
……普段しない、暖炉の火で何かを燃やすなんて行動をしたら当たり前のように怪しまれると思って、普段からしている読書をしているふりをして書いて、隠したのに!
「それも、これを見つけたのはお前がパーティー会場に向かってからしばらくしてからだ」
お父様までありがたく思うように、と暗に言ってきたわ……どうやらこの中にわたくしの味方はいないようね。悲しいわ。
「それで、この手紙を読んで内容を知って急いで旦那様にお届けした次第です」
「そこからわたくしに話がやってきて、急いで二人で念のためにと医者を準備して、会場に出かけたのよ」
「そしたらお前はバルコニーの手すりの上に立っていて……」
「慌てて下に降りて、落ちたあとのあなたを回収した、というわけよ」
それならあの時見た人影はやはりお母様だったのね。
納得したわ。
「わたくしは死ねなかったのね……」
あんなに覚悟もしていたのに。あれも無意味な覚悟だったのかしら?
「そうよ、生きているの! お母様たちが死ぬまでに娘が死ぬなんて許さないんだから!」
……お母様が言うと、本当にそうしそうで怖いわ。
実際一度そうされたわけだし。
それならちゃんと生きないといけないわね。
「……分かったわ。それで、どうなっているの? バカの婚約者はどうなったのかしら?」
「婚約は無事に破棄された。向こうの過失ということでな」
「それは本当!?」
「ああ、陛下も王太子殿下もこちらの過失だと認めている」
「良かったわ……」
もう死んじゃっているのなら関係はないけれど、生きるとなれば、外聞的にもあのままじゃ良くないものね。
「ふふふ」
お母様が笑った。
「何かしら?」
「ジェミラがちゃんと生きようとしてくれたのが嬉しくて」
それにしても一瞬でバレてしまったのね。お母様には隠し事ができないわ。
「あの男爵令嬢……シンシアだったかしら? 彼女は?」
「もちろん罰を受けているわよ。今は証拠がないからただの謹慎で済んでいるけれど、わたくしがちゃんと証拠をあぶり出してあげるんだから! 安心してね。
それに他の人も公爵令嬢が死のうとしてまで……ってことで真偽が論じられているの。真相はきっとすぐに明らかになると思うわ」
さすがお母様ね。
それに……わたくしがした行動がちゃんと結果に繋がっているわ。
これだったらきっと、あのまま死んでいても問題なかったでしょう。汚名を被ることはなかったと信じたいわ。
「ありがとう」
「「どういたしまして」」
事情が分かったのはいいのよ。
だけれど、これからどうしたらいいのかが分からないわ。
向こうの過失で婚約破棄されたとはいえ、自殺しようとした令嬢となんて誰も婚約したがらないでしょう、きっと。
「ねえお母様、わたくし、これからどうすればいいのかしら?」
「そうねぇ……とりあえずお母様が婚約者を探してきてあげるわ! そうじゃなかったら……どうしようかしら……」
やっぱりお母様もそうよね。
「……そこはわからないけれど、ジェミラならきっと大丈夫よ! お母様が絶対に婚約者を見つけてあげる!」
絶対、とまで来たわね。
だったら信じてみましょう。
しばらくがたったわ。
「ジェミラ! 手紙を貰ってきたわよ!」
お母様が何やら喜んだ風で、リビングにいたわたくしの前にやってきた。
「手紙?」
「相手はなんと、隣国の貴族!」
「隣国? フィリール王国のことかしら?」
「ええ、ちょうど領地を視察しに訪れて来ていてね。ほら、うちの領地は工業が発展しているじゃない? 向こうは鉱業が発展しているのよ。うちとしてもちょうどいい縁談なのよね」
「なにか裏があるんじゃないの?」
その貴族の爵位がどれほどのものかは分からないけれど、どっちかと言うとこれは相手にとって都合が悪いわよね? もう一押しくらいあるんじゃないの?
「裏、ね。大変な事情はあるようだけど裏はないわ。お母様が保証する」
今、不穏な単語が聞こえてきたわ。
「大変な事情?」
「ええ。だけど、ジェミラが婚約すればなくなる事情よ」
完全に安心できるわけではないけれど……
「手紙を見せてちょうだい」
「分かったわ」
手紙の封を見ると、『ジェミラ様へ』と書かれている。それに封が開いていないわ。
そんなにお母様に気に入れられているのかしら?
中を見ると……
『ジェミラ様の事情は伺った。こちらとしても都合がいいので、今度お会いできないだろうか?』
たった、これだけが書いてあった。
随分短いのね。淡白な人かしら?
まあそれでもお母様に気に入れられているのだから……
「一度、会ってから考えるわ」
「ええ、それがいいわ。さっそく明日なんてどう?」
「あちらの方がそれでいいと言うなら構わないわよ」
「わかったわ」
そして、王都の屋敷にいたわたくしは領地の方に移動することになった。
次の日。
「ジェミラ! 今日の昼過ぎに来てくれるらしいわ!」
……本当に今日になったのね。お母様は一体何をしたのかしら?
「分かりました」
そして昼過ぎ。
「こんにちは」
「あ、来てくれたのね! さっそく紹介するわ。あの子がうちの娘、ジェミラよ」
「これはこれは噂以上の美しさをお持ちのようで……はじめまして」
「はじめまして……名前は?」
「今はヒミツよ」
お母様……本当どんな事情を持つ方を連れてきたのですか……
「そうですね……今はハル、とでも及びください」
「そう、はじめまして、ハル様。はじめに質問をしてもよろしいでしょうか?」
「はい。何なりと」
「なぜ? 自分でいうのも何ですが、不名誉付きの令嬢なんてあまり旨味がないと思うんですが……」
「不名誉付き、と仰っていますが、事情は知っております。あれは仕方がないと思いますし、自分でなんとかしようとされたことも好感が持てます」
「……」
いえ、あれしか方法が思いつかなかっただけなのだけれど……そうでもしないと処刑よ、処刑! あの人達が話を聞くとも思えないし……逆に方法を教えてほしかったわ。
「そして、僕が今現在、かなり悩まされている問題も解決できます」
「その問題、というのを知りたいのだけれど」
「それを言ったらそこにいる公爵夫人に怒られてしまいそうなので」
「お母様‥‥」
「だって、その方が楽しいじゃない?」
……。諦めましょう。会話が成立しないわ。
「で、ジェミラはどう思ったの? 彼、優良物件だと思わない?」
「それは思うのだけれど……」
やはり、事情というのが……
「もし、僕が事情を明かすことでなんとかなることがあれば、明かしますよ」
うーん……つまりなんとかなることがあるかもしれない、ということよね。
何となく……事情が分かってきたわ。きっと、数々の女性に婚約を申し込まれてきたけれど面倒くさいからわたくしで済ますつもりだわ。
「それだったらいいわ」
「僕と婚約してもいい、と捉えても?」
「ええ、いいわ」
「ありがとうございます!」
なんだかトントン拍子に話が進んでしまったわ。
「よし、上手くまとまったわね。じゃあさっそく明日くらいに陛下に挨拶をしておきたいのだけど、いいかしら?」
「国と国とのことですからね。僕は構いませんよ」
「わたくしもそれでいいわよ」
それにしても明日とは。また王都に戻るのね。
「普段、ジェミラ様はどんなことをされているのですか?」
「読書よ」
「それは気が合いそうですね。僕が住む(ことになる)屋敷にはたくさんの本があるんですよ! 楽しみにしてください」
そっか。わたくしはこの国から出ていくことになるのね。
初めて、そんな実感が湧いてきた。
王都についた。
「着いて早々に申し訳ないけれど、さっそく謁見しましょう。許可は貰っているの。旦那様が頑張ってくれたんだから。あちらの過失をちょこちょこって話の合間に入れたら一発よ」
「そう……」
道理でこんなにはやく謁見することになるわけね。
「ごめんなさいね、ハル様」
「いえ、僕としてもありがたい申し出なので構いません」
「それなら助かるわ」
そこから謁見があり、終わる。
……何から何まで順調ね。逆に怖くなってくるわ。
陛下とはかなり久しぶりに謁見したのだけれど、あのバカ王子の行動を謝ってくれたし、このよく分からない婚約をそのまま受け入れくれたし……わたくしは事情を知ることができなかった。
時間が発つたびに気になってくるのよね。予想はついたとはいえ。
「おい、ジェミラ! 貴様、シンシアに対してあれは何だ!?」
……やはり、上手く行きすぎていたのかしら?
そのバカ王子と、シンシアに出会ってしまった。
「自分の行いを隠すためにあんな茶番までうってくるとは……恥を知れ! それにそいつは誰だ? 俺はそいつの顔を知らないから、どうせ急いで準備した下級貴族か? 笑い草者だな」
「ヴィルヒーレ様……」
「……ほう」
威圧が……凄いわね。
これをハル様が? これはモテるはずよね。有望じゃない。
「何だ?」
あらら……バカ王子が威圧に慄いているわ。
「我が名はハルトムート・オレンティア」
……え? それって……
「それがどうした? 下級貴族……だ……ろ…………」
「ようやく気づいたか。私はもうすぐ大公として領地を持つことになるが、今はまだ王族だ。それに対して隣国の王族ともあろうものが、下級貴族、と愚弄か? この件、しっかりと父上に伝える。ゆめゆめ忘れることのなきよう」
やっぱり……
そりゃあ見目の良さに加えて地位までもつ、と。モテて当たり前だわ。そりゃあ大変よね。
「俺も王族だ」
「そうよ、ヴィルヒーレ様、頑張って」
「そうだな。お前が、いくら父に言おうが、こちらだって言うことができるんだ、お前こそ俺に喧嘩を売ったこと、ゆめゆめ忘れることのないように」
「そうか、それで君の父上はちゃんと君の話を信じてくれるのかな?」
「信じてくれるに決まっているだろう!」
騒ぎが大きくなって、だんだん人が集まってきている。
「その割にはお前の過失でジェミラは婚約解消されたらしいが?」
「それは……! ともかく、後悔するのはお前だ!」
「ほう、……そう言えば、公爵夫人から、もし何かあったときのために、と手紙を貰っていたな」
「それがどうした?」
「なになに……『ジェミラが無実である証明が完成した』とあるぞ?」
「は? シンシアが嘘をついているはずがないだろう!」
「ヴィルヒーレ様……」
あらあら、嘘くさい演技までしてご苦労さま。
「ふむ。なるほどな、ジェミラは完全なる無実のようだ。国王陛下にもう一度謁見をお願いし、これを届けようか?」
「ええ、ハル様、それがいいわ」
はやくこいつらから離れたいもの。
「な! 逃げるのか! 内容を教えろ! それが無実であると証明してやる!」
「まだ本気でそう思っているのか? まず、その令嬢……シンシアと言ったか? 彼女が保健室にいった記録がない。話によれば彼女は怪我をしているんだろう?」
「そうだ」
「ええ、そうよ!」
「じゃあなぜ保健室に行っていない? 学園での怪我なんだろう?」
「それは……ダンスは出来なくても、自分の知識で対処できると思ったからよ」
「ほおう? だが階段から落ちたすぐ後はどうしていたんだ?」
「頑張って歩いて帰ったわ」
「何時のことだ?」
「そうね……午後五時くらいよ」
「場所は?」
「学園の西棟北側の階段。確か……二階と三階の間よ」
あら、ちゃんと考えてはいたのね。わたくしはもちろん関係なさそうだわ。
「ほうほう、本当に馬鹿なようだな」
「何がよ」
「こら、シンシアを愚弄するな!」
「まだ話は終わっていない。君は黙っておけ」
「はぁ?」
「義母上は仕事ができる人でな。ここにはシンシア嬢のその日の目撃証言がある」
「それがなんだ? それこそこちらが有利になる証拠に決まっている!」
ふと周りを見ると、いつの間にやら大勢で溢れかえっていた。
主にいるのは使用人とか、ご令嬢。
きっと、良い証言者になってくれることでしょう。わたくしの無実の。
そう、わたくしは、お母様なら確たる証拠を見つけてくれていると、完全に信じていたの。だってお母様だから!
「確かにシンシア嬢は午後五時十分ほどに、階段にいたという証言がある。シンシア嬢の証言を信じるなら、二階と三階の間の階段から落とされたようだが……その後、彼女が三階を駆けながら進んでいたという証言がある」
「え?」
何あなたまで驚いたふりをしているの、シンシア。これはすべてあなたのことなのよ?
「君は頑張って歩いたのでは無いのか? そこに、齟齬がある。それに、その時間、ジェミラは寮にいたという記録がある。これは完全に不一致だとして、ジェミラは無罪であると考えるのが妥当だろう」
「そんなわけないだろう! もういい、父上に直接直談判してくる! もう一度、れっきとした調査をしてもらおう」
「また、シンシア嬢が嘘をついていた場合、シンシア嬢は、公爵令嬢を死に追いやろうとしたことで、ジェミラが今は生きているとはいえ、それ相応の賠償をいただく、とも書いてある。
自業自得でこんなことになるとはまさに馬鹿の所業だな」
怒ったヴィルヒーレを無視して淡々と言葉を続けるハル様に、さらにヴィルヒーレの怒りが爆発してしまった。
「これ以上、シンシアを愚弄するな!」
「なぜだ? シンシア嬢はたかが男爵家、上の者が下の者に現実を見せずにどうする?」
「……今に見てろ!!」
彼らは、大きな足音を立てて、謁見の間の方向へと向かっていった。
「お見事ですわ、ジェミラ様。わたくし、学園にいたときからあに噂はおかしいと常々思っていましたの。ジェミラ様の身の潔白が証明されたようで、嬉しいわ」
……誰?
そう思ったわたくしの心を知っているかのように、
「お前は誰だ?」
「これは失礼しました。わたくし、公爵令嬢のフィリネ・オリフィアと申しますわ。ハルトムート・オレンティア様、以後お見知り置きを」
「それで、君は彼女の何だ?」
「それは……彼女の無実を信じていた者よ」
いえ、絶対違うでしょう。
それだったら……
「あなたはわたくしを一度でも庇ったことがあるかしら? 正直、あなたを見た記憶がないのだけど……」
「まあ! 愚弄されたわ!」
あら、口論するつもりね? わたくし、可愛げがないと言われてきたけれど、その分口論は得意なのよね。
「何が愚弄よ。あなたはわたくしのことを簡単に乗り換えても騙されないお馬鹿さんとでも思っていたのかしら? それこそまさに愚弄ね! それに、手のひらを急に変えてくるなんて、あなたの家は大変ね。そういう行動がご家族の名誉を踏みにじっていることだと思わないの?」
「ははは」
え? 見たら、ハル様が笑っていた。
「何かしら?」
「いや、将来の嫁が楽しそうな女性で安心しただけですよ」
まあ!
「今の会話のどこを見たらそう言えるのかしら?」
「どこって……全部ですよ?」
「……」
一体何を考えているのでしょう? 心当たりがなさすぎて怖いわ。
「まあいいわ。もうわたくしはあなたと書かわことはないもの。けれど……お母様に家を出ていく際に手土産も置いておこうかしら? それでは頑張ってね?」
「満足できましたか?」
「ええ、とっても!」
その瞬間、わたくしの中にあった何かのとがが外れた気がした。
「だって考えてみて? わたくし、学園でずっと、自分がしてもいないことを囁かれ続けていたらしい上に、一人で過ごしてきたのよ?
たまに人に話しかけてみようなら、すぐに避けられて、そのときは原因も分からなかったから、ただ単に悲しさだけがやってきて……
それなのに、今、そんなふうに噂に流される人たちへの成敗ができたの。これを満足だと言わなくて何と言うのかしら?
あら? フィリネはまだ残っていたの? 顔が青いけれど大丈夫かしら? 体調が悪いならはやく然るべき場所に行ったほうが良いと思うし、そうじゃないなら貴族のたしなみとしてポーカーフェイスを維持しないといけないわよ?」
「……」
フィリネは、去っていった。
「さあ、それじゃあ帰りましょうか?」
「ええ。……ところで、敬語はやめたらどう? あなたの方が身分が上だと知ったから、違和感しかないわ」
「そうですか? そちらの方が良いなら次からそうしますね」
「ええ、それでお願い」
「分かったよ」
おお! さっそくね。何だか距離感が近くなった気がして嬉しいわ!
その後。
ヴィルヒーレ様は侯爵になり、国王陛下が選んだまともな女性を妻に、ゆっくり休めない毎日を送っているんだそう。
そして、シンシアは、罰としてスザンヌ家の使用人として十五年間働くことになった。
お母様も、お父様も、ちゃんと監視していて、再教育を施しているんだそう。
そして、わたくしたちは、フィリール王国にて、無事に結婚した。
子供にも恵まれ、穏やかな毎日を送っている。
それもこれも……
「ん? なにか?」
わたくしの視線に気がついたようで、ハルがこちらを見た。
「いいえ、昔を思い出していただけよ」
「そうか」
このハルとお母様、お父様、お兄様、そしてガベーナのお陰だわ。




