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初めての眠り

背後の足音が、ついに水たまりのそばまで迫ってきた。

俺は素早く振り返る。

そこに現れたのは、灰色の鱗に覆われた中型のトカゲのような魔物だった。

背には岩の破片のような突起が生え、瞳は赤い光を宿している。

舌をひゅるりと伸ばし、俺を値踏みするように揺らしていた。


トカゲは低く唸り、次の瞬間、驚くほどの速さで地面を蹴った。

迫る影に反射的に体をひねり、俺は辛うじて横に飛んだ。

硬い爪が床を削り、石片が宙に舞う。

「危ねぇ……!」

さっきのネズミやカエルとは明らかに格が違う。

体格も、俊敏さも、どれもが上回っている。


俺はいつものように巻き付こうとしたが、相手の胴は分厚い鱗で守られていた。

尾を絡めても、筋肉が岩のように硬く、締め付けても効果が薄い。

むしろこちらの体力がじわじわ削られていく。

「……くそ、どうする」

焦りが胸をかすめた、その時だ。


体の奥、角の根元あたりから、熱のような感覚が広がった。

そして、はっきりした“衝動”が脳裏に走った。

――尾を使え。

自分のものなのに、自分ではない声のように響く。

俺は無意識のうちに尾の筋肉を強くしならせた。


ぶんっ、と空気を裂く音が洞窟に響いた。

重い衝撃が尾の先から腕(いや、体全体)に伝わる。

次の瞬間、トカゲの胴に尾が直撃し、岩壁に鈍い音がこだました。

相手がよろめく。

「……効いた!」

もう一度、今度は角度を変えて横薙ぎに尾を振り抜く。

しなる鱗の弾力と、洞窟の空気を切り裂く爽快感。

トカゲはたまらず後退し、足を取られて水たまりに倒れ込んだ。


好機を逃さず、俺は一気に距離を詰めた。

顎を大きく開き、首元に噛みつく。

苦しげにのたうつ相手を、尾と体で押さえ込み、力を込める。

やがて、トカゲの瞳の赤い光がゆっくりと消えていった。


……静寂が戻る。

鼓動の音だけが体の奥で響いている。

戦いの緊張が一気に抜け、重たい疲労がどっと押し寄せてきた。


「はぁ……やったな」

ひとりごちた声は、洞窟の壁に吸い込まれていく。

俺は体を少し丸め、戦いの余韻をかみしめた。

胃の中にはカエルとトカゲが並んで収まっているのを感じる。

蛇の体は不思議だ。苦しくないどころか、腹の奥が心地よい温かさで満ちている。


ふと、今の戦いで得たものを思う。

尾を武器にできる――それは、俺が“ただの蛇”から少し進化した証だ。

角も尾も、この世界で生き抜くための力なのかもしれない。


しかし、今は何よりも眠い。

全身の筋肉が重く、瞼(いや、瞳の膜)が自然に下りてくる。

俺は洞窟の片隅にあるくぼみを見つけ、ゆっくりと体を滑り込ませた。

岩のひんやりとした感触が、戦いの熱をやさしく冷ましていく。


「……今日は、ここまでだな」

小さく呟き、体を丸める。

尾の先を自分の鼻先に軽く絡ませると、不思議な安心感が胸に広がった。

ダンジョンの奥、緑の苔が微かに光る中で、俺はようやく深い眠りに落ちていった。

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