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影と足音

水たまりの向こうで小さく揺れた影の正体は、やはりカエルだった。

だが、ただのカエルじゃない。背中に薄く苔を背負い、体から淡い緑の光をにじませている。

その目は宝石のように澄んでいるが、奥には獲物を量る鋭さが宿っていた。


背後では、まだ何かがゆっくりと近づいてくる音が続いている。

ネズミのときより重い、湿った足取り。

舌をちろりと伸ばせば、生臭さに鉄の香りが混じる。

――大きめの獣か、それとも別の魔物か。


俺は一瞬だけ考えたが、結論は早かった。

まずは前のカエルを片付ける。

さっきのネズミで学んだ。背後に気を取られたままじゃ、目の前の敵にもやられる。

一つずつ仕留めるしかない。


体を低く構え、尾を床に沿わせる。

カエルは俺の動きを察したのか、小さな脚をきゅっと縮めた。

緑の光が鱗に反射して、洞窟の空気が一瞬だけ張り詰める。


次の瞬間、カエルが跳んだ。

ほとんど音もなく、空気を裂くように飛びかかってくる。

俺は一歩――いや、一うねり――後ろへ滑って間合いを外し、その反動を使って頭を素早く突き出した。

歯が柔らかな皮膚に食い込む感触。カエルが短く鳴いた。

しかし、すぐさまその脚が俺の体に絡みつき、湿った苔の匂いが強まる。


「ぐっ……!」

思わず声を漏らしたが、その瞬間、蛇の本能が体を支配した。

尾を素早くカエルの胴に巻きつけ、締め上げる。

ネズミのときよりも、はるかに力が必要だ。

カエルの体は滑りやすく、筋肉のようにしなやかだ。

苔の粒が鱗にこすれて、しっとりとした緑色の粉が舞う。


背後からの足音は、なおも近づいてくる。

時間はない。

俺は力を込め、カエルを一気に地面へ叩きつけた。

「キュゥッ」と短い悲鳴が洞窟に響き、その体から力が抜ける。


息を荒げつつ、カエルを喉元へ運ぶ。

一度迷ったが、頭の角をわずかに震わせて覚悟を決める。

――食べるしかない。

口を大きく開き、滑らかな体を飲み込む。

苔の香りと獣の生温かさが、胃の奥へと流れ込んでいった。


咀嚼も噛み切りもなく、ただ喉が生き物を丸ごと迎え入れる感覚。

人間のころなら耐えられなかっただろう。だが今は違う。

これは、この世界で生きるための行為だ。


すべてを飲み込み終えたとき、腹の奥に温かい塊が沈んだ。

その重さが奇妙な安心感を与えてくれる。

だが安心したのも束の間――背後の足音が、すぐそこまで迫っていた。


俺は頭を振って意識を切り替えた。

次の敵はもう、待ってはくれない。


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