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光の奥に

細道の奥は、思ったよりも長かった。

壁に生えた苔の光は徐々に強まり、足元の石に淡い影を落としている。

進むたび、洞窟の湿った空気に、かすかに温かさが混じってきた。


「……温泉でも湧いてるのか?」

思わず人間のころの癖で口にしてしまう。

もちろん、返事はない。

だが、そのぬくもりは安心感を与える一方で、妙に落ち着かない気分にもさせた。


さらに進むと、通路がぽっかりと開けた。

そこは、今までの岩肌とは違って、丸く削られたような空間だった。

天井近くから差し込む苔の光が、淡い緑のカーテンのように部屋を照らしている。

床には小さな水たまりがいくつも点在し、表面には微細な泡が浮かんでいた。


「……きれいだな」

ほんの少し前までネズミと命のやり取りをしていたとは思えない静けさ。

俺はそっと体を伸ばし、そばの水たまりに顔を近づけた。


水面には、漆黒と白銀が混ざり合う自分の鱗が揺れて映っている。

そして――頭の上に、細く短い角のようなものが左右に一本ずつ突き出ていた。

角度を変えるたび、角は苔の光を反射して微かにきらめく。

「……角?」

俺は思わず目を瞬かせた。

記憶の中の“蛇”には、こんな装飾品はなかったはずだ。

これはこの世界の魔物だからこそ持つ特徴なのか、それとも俺だけの特別な印なのか――

どちらにせよ、普通の蛇ではないことだけは確かだった。


ふと、水たまりの向こうに、小さな影が動いた。

体長は自分より少し短いくらいだろうか。

背中にうっすらと苔のような毛をまとった、丸い生き物――。

鼻をひくつかせて水を舐め、こちらにはまだ気づいていない様子だ。


「……また、食事タイムか?」

空腹ではないはずなのに、舌の先が自然に動いてしまう。

先ほどのネズミの温もりと味が、体にまだ鮮明に残っていた。

だが、今は急いで飛びかかる必要はない。

この生き物が敵か、それともただの同居人かを見極めなければ。


俺は岩陰に体を沿わせ、息を殺した。

そのとき、背後の通路から「ピシッ」と小さな音が響いた。

……石が割れるような、乾いた音。

一瞬で全身が硬直する。

さっきの影だけじゃない、ほかにも何かがこの場所に近づいている――。


俺は視線を素早く左右に走らせた。

逃げ道は細道だけだが、後ろから来られると挟まれる。

先ほどの影も、ようやくこちらに気づいたのか、小さな黒い目を丸くして固まっている。


「……さて、どうする?」

心臓の奥で、蛇とは思えない人間の思考が熱を帯びた。

穏やかだった“光の奥”は、一瞬で緊張の舞台に変わっていた。

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