初めての敵
暗がりの奥に浮かんでいた二つの光は、じわりとこちらに近づいてきた。
やがてそれが丸い耳と細い鼻を持つ小さな生き物だと分かる。
ネズミ――だろうか。
だが、普通のネズミよりもひと回り大きく、毛並みがざらついている。
その目は、洞窟の苔の光を反射して、不気味に赤くきらめいていた。
ネズミは鼻先をひくつかせ、俺を見据えたまま身を低くした。
その姿勢が、何かを狙っている証拠だと本能が告げる。
「……おいおい、マジかよ。生まれて五分でバトルとか聞いてないぞ」
思わず人間のころの口調が出る。
けれども、この状況で冗談を言っている場合じゃない。
ネズミが地を蹴った。
灰色の影が一気に迫ってくる。
俺は反射的に体をひねり、横へと滑った。
石の床をかすめた爪が、キィンと高い音を立てる。
……危ない。あと少し遅れていたら、俺の体に食い込んでいた。
「逃げる? いや、それじゃ一生ここで餌にされるだけだ」
俺は決意を固め、蛇らしく頭を低く構えた。
さっき卵から出たばかりの体は、思った以上に軽くしなやかだ。
尾の筋肉を意識して地面を蹴ると、体が波打ち、前へと滑る。
舌の先に、ネズミの生臭い匂いがはっきりと届いた。
ネズミが再び飛びかかってくる。
俺はそのタイミングに合わせ、体を素早くねじって頭を突き出した。
歯が何か柔らかいものに当たり、びくりとネズミの体が揺れる。
「……やったか?」
しかし次の瞬間、ネズミは鋭い鳴き声を上げ、逆にこちらに噛みつこうとした。
反射的に尾を巻きつける。
細い体に意外なほどの力が宿り、ネズミの動きを止めた。
「締める……のか?」
蛇としての本能が告げていた。
俺はさらに力をこめ、ネズミをゆっくりと締め上げる。
やがて、相手の体から力が抜けていった。
洞窟の空気に、ネズミの体温がじわりと消えていくのを感じる。
しばし、沈黙。
俺は自分の体を見下ろした。
ついさっきまで人間だったはずの自分が、今は蛇の力で命を奪っている。
「……これが、ここで生きるってことか」
心の奥でそんな声が響いた。
小さな勝利の余韻と、ほんの少しの罪悪感。
それを胸に、俺はネズミの亡骸を見つめながら、これからを考えた。
生き延びるには、戦わなきゃならない。
その事実が、漆黒と白銀に煌めく俺の鱗に、じわりと重みを落とした。