ダンジョンの奥へ
卵の殻をひとつ残らず平らげたあと、俺はしばらくその場に横たわっていた。
体の奥がほんのり温かい。初めての食事が、少しだけ力を与えてくれた気がする。
……いや、そもそも蛇って卵の殻なんて食べるのか? いまだに自信はない。
でも他に食べられるものは見当たらないし、誰も文句は言わないだろう。
そろそろ動かなきゃ。
俺は身体をゆっくりとひねり、腹側の鱗を地面に押しつけるようにして前へと滑らせた。
するり、と岩肌を這う感覚が新鮮だ。筋肉の動きが波のように体を伝って、思ったよりスムーズに進める。
「おお……これが蛇の推進力ってやつか」
思わず感嘆の声を漏らした。
声といっても、口から出たのはかすかな hiss 音。自分の発声に自分で驚き、ちょっと笑ってしまった。
目の前には、暗くて広い洞窟が広がっている。
岩壁には苔のようなものが点々と光を放ち、天井からは水滴がぽつり、ぽつりと落ちていた。
水たまりの表面に小さな輪が広がっては消える。
空気はほんのり湿って、生ぬるい。
その湿気の奥に、かすかに土と石の匂いが混じっている――いや、匂い“みたいなもの”が、頭の奥で形を持って伝わってくる感覚だ。
これが、蛇特有の嗅覚なのかもしれない。
俺は少しだけ体を伸ばし、周囲を慎重に見回した。
卵の殻を食べただけで、腹はまだ満たされていない。
でも、今はそれよりもここがどんな場所なのかを把握する方が先だろう。
足音ひとつしない静けさが、逆に緊張を誘う。
「……俺はどこに来てしまったんだ?」
独り言をつぶやいても、返事はなく、湿った空気がふわりと舌の先をなでるだけだった。
そのとき、洞窟の奥から小さな音がした。
カサッ……と、何かが岩をこするような音。
反射的に体を丸め、舌をちろりと伸ばす。
すると、暗がりの中に二つの微かな光が浮かんでいるのが見えた。
目、だ。何かの目がこちらをじっと見つめている。
心臓に当たる部分がズクンと強く脈打つ。
敵か、それとも同じように迷い込んだ何かか――どちらにせよ、これが“蛇として最初の試練”なのは間違いない。
「やるしか……ない、のか?」
自分に言い聞かせるように小さく hiss 音を漏らし、俺は慎重に体を岩陰へ滑り込ませた。
視線をぎらりと返しながら、闇の中の光の正体を見極めようと舌を再び伸ばした――。