プロローグ
その日は、どこにでもある平凡な一日だった。
朝は慌ただしくコンビニのコーヒーを片手に出勤し、書類の山と格闘して、気づけば夜――。
残業帰り、ネオンが反射する歩道を歩きながら、俺はため息をひとつついた。
「明日も残業確定か……」
そう呟きながら交差点を渡ろうとしたその瞬間――地面が唸った。
ドンッ、と巨大な力が大地を揺らし、舗道に亀裂が走る。
目の前が崩れ、暗い裂け目が口を開けた。
逃げるより先に、足元のアスファルトが砕け、俺は叫ぶ暇もなく闇の中へ吸い込まれていった。
……気がつくと、視界はぼんやりと白く霞んでいた。
全身が柔らかい膜に包まれている。身体を動かそうとしたが、うまくいかない。
ぐにゅ、と自分の形が奇妙に歪む感覚。
どうにか力を込めると、周囲の殻がピシリとひび割れ、温かい空気が流れ込んできた。
俺は――卵の中にいたのか?
這い出すと、床はざらついた岩肌で、空気はかすかに湿っている。
そして、自分の体を見下ろした瞬間、思わず息をのんだ。
そこには、漆黒の闇に白銀の粒子を溶かしたような、不思議な光を帯びる鱗が連なっていた。
角度を変えるたび、黒と銀が混ざり合って煌めき、まるで宇宙を切り取ったかのようだ。
細くしなやかな体がゆらりとうねり、舌の先が二股に割れて空気を探っている。
……俺は、どこか得体の知れない蛇になっていた。