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5 部活へ行こう

 しかし、さても倉屋敷(くらやしき)をメロメロにしてやると改めて意気込んでみたものの、具体的にどうしたらいいのか、良い案がさっぱり思いつかないのが頭の痛いところだった。


 まず母譲りの僕の容姿にメロメロにならない女子がいること自体がまったくもってイレギュラーだし、さらには倉屋敷の特殊な生態を依然(いぜん)としてつかみ切れていないのが、そのあたりの要因だったりするのだが。


 うーむ……メロメロ、メロメロ、メロメロ、メロメロ、メロメロ、メロメロ……ねえ。


 ゲシュタルト崩壊でも招きそうな勢いで、脳内が『メ』と『ロ』の羅列(られつ)だけでいっぱいになりながら、僕は北校舎と南校舎をつなぐ渡り廊下を渡って、二年二組のプレートが掲げられた教室の引き戸を開ける。廊下側から二列目、一番前の席で、ちょこんと膝の上に両手をのっけて座っている白髪を垂らした小さな制服姿のもとまでやってくる。


常吉(つねきち)。部活って、知ってる?」


「……あん?」


 倉屋敷から開口一番、妙な質問を受けたのは、そんな(おり)だった。


 もう少し詳細な状況説明をしておくと、その日の授業をすべて消化し終えた放課後。いつも通りに、僕がわざわざ三年生の教室から校舎を移動して、倉屋敷を迎えにきてやった場面である。


 いきなり何言ってんだこいつ、と片眉をあげる僕の端正な顔立ちを、倉屋敷は自席に座ったまま見上げる格好。


「部活とは、学年やクラスの枠を越えて同好(どうこう)の生徒が集まり、各々(おのおの)が掲げた目標に向かって青春のしぶきをほとばしらせる活動のこと。知らない?」


「いや部活くらい知ってるわ」


「それは良かった」


 机の上のマイ鞄を手に取って、倉屋敷は椅子から立ち上がった。


「じゃあさっそく行こう」


「待て待て。まだ僕が何一つついていけてねえのに、どこへ行くつもりだよ」


「部活」


 それ以外にどこがある? みたいな、きょとんとした顔で答える倉屋敷。

 しかし僕には何がなんだかさっぱりである。


「……あのな。前々から言おうと思ってたが、おまえはなんでもかんでも自分の世界で完結させすぎなんだよ。もっと他人と会話のキャッチボールを試みろ。どうして急に部活なのか、まずはそこから説明するのが筋だろうが」


「おっけー」


 指摘を受けて、最近のこいつの中でのマイブームらしい、指で作ったオッケーサインを返してくる。ちょっとアレンジが加わって、作った輪っかを右目にあてて、輪っか越しにこちらをのぞき込んでくるというキュートスタイルに進化を遂げていた。


 そして続けざまに頭上にある蛍光灯を見つめて


「私はずっと手を伸ばし続けてきた」


 と、倉屋敷はどこか演劇チックに語り始めたのだった。


 ん? なんの話だ?


「それがなんなのかもよくわかってなかったけど、知りたいと思って、色々と本を読みあさった」


「…………」


「たぶん、予想ではぐるぐる廻ってる。本質的には、洗濯機の水流とか、地球の自転に近いかもしらん」


「……あの、かなのさん? さっきからなんの話をしてるんですかね」


「常吉がどうして部活かと訊いてきたから、その説明」


「なるほどな」


 腕組みをして、うむ、と頷く。

 まさかちゃんと説明が始まっていたとは。話が抽象的すぎて意味不明だった。


 ただし、これに関しては倉屋敷ばかりを責められない。


 そもそも倉屋敷に合理的な説明を求めた僕が間違いだったのだ。なにせこいつの思考は宇宙人――マイペース星からやってきたマイペース星人だからな。人間の尺度ではかろうとした僕の落ち度でもあった。良い教訓になった。


「続けていい?」


 倉屋敷が小首を傾げて僕に問いかけてくる。


「構わんが、もうちょっと具体的かつ端的にまとめてくれると助かる」


「私は部活に入りたいと思う」


「おお、すげえ。一気にわかりやすくなった」


 むしろ今までの説明はなんだったんだよ、と言いたくなる。


「え? っていうか、かなのは部活に入りたいのか?」


「だから今そう言った」


 うん。言ったな。

 でも僕は人間だから、宇宙人ペースにはついていけないんだ。ごめんな。


 ロケットで飛び立つ地球外の友人を見送るような遠い目で謝意を示しつつ「部活、ね」と告げられた意思を呟いて反芻(はんすう)する。


 僕も倉屋敷も、今通っている高校に転入してきたのは、同棲生活が始まったのとほぼ同時。つまり一ヶ月前の四月からなので、慣れない生活でバタバタしているうちに新歓期が終わってしまい、部活に所属するタイミングを逃していたのだった。


 まあ僕の場合は、もともと部活なんて非生産極まりない活動に興味がなかったから、全然気にも留めてなかったが。倉屋敷はそうではなかったというわけか。


「ふーん。まあいいんじゃねえの」


 同棲するにあたって、倉屋敷の要望を最大限叶えてやるように、と事前に万蔵(まんぞう)グループ側から仰せつかっている僕である。


 ゆえにどれだけ面倒くさかろうが、倉屋敷が部活に入りたいと言ったならそもそも拒否権なんてものは僕には与えられておらず、部活に入ってくれたらその分だけ子守りの負担も減るわけだし、僕にとっても悪い話ではないのか。などと、言い訳じみた損得勘定で自分を納得させてから、


「んで? 部活っつっても、どこに入りたいとかは決まってんのかよ」


 (あご)を撫でつつ、倉屋敷に尋ねてみたところ、


「野球部」


 との回答が返ってきた。


 思わず「まじか」と驚きの言葉が僕の口をついて出る。本の虫だけに、てっきりそっち方面の部活を予想していたから、正反対すぎて面食らってしまった。


 倉屋敷が、野球……ねえ。


 背の順で並べばどのクラスでもダントツで一番前になるであろう小さな全身を、上から下まで、まじまじと観察してみる。


 そうだな。僕の勝手な偏見で言わせてもらえば、ものすごーく鈍くさそうだ。ゴロで転がってきたボールを平気でトンネルしそうだ。金属バットを振るどころか、むしろ金属バットに振り回されてそうだ。


「一応訊くが、どうして野球部なんだよ」


「いちばん青春っぽくない?」


 万年帰宅部の僕に同意を求められてもな。


「……ぽいか?」


「ぽいぽい」


 そういう一つの単語みたいに倉屋敷が言い切る。


 本人が納得しているのなら深掘りはすまい。


 こいつがどの部活に入ろうと、ぶっちゃけ僕にはどうでもいい――いや、でも待てよ。


「よく考えたら、野球部って男子しか入部できないんじゃないのか?」


「なんだと」わずか三千の敵兵に我が二万の軍勢が敗れました、との報告を受けた戦国武将ばりに目を見開く倉屋敷。


「僕も興味ないからあんまり知らねえけどさ。女子でやるなら、普通はソフトボールになるんじゃねえの? それかどうしても野球部にこだわるならマネージャーとして入るとかな」


「まねーじゃーってなにするの?」


「主に、部員のサポートをするのが仕事だな」


「甲子園は出れる?」


「出れない。マネージャーはベンチで試合を見てるだけだ」


「むむう」


 不満そうに倉屋敷は唸る。


「男女差別とは時代錯誤な」


「というより、単に男女の体力差に配慮した結果だと思うが」


 そりゃ全国各地を探したら女子の野球部もあるかも知らんが、少なくともうちの学校では男子だけだったはずだ。


「どうする? ソフトボール部にしとくか?」


「えー。ソフトボールはなんか違う」


「つっても、かなのにマネージャーなんて絶対に無理だしな。他に入りたい部活はないのかよ」


「んむぅ……」


 (ひたい)にしわを寄せて、倉屋敷は考え事をするように上半身をゆらゆらさせる。


 教室からはすでに大半の生徒が消え失せていて、僕たち以外には、楽しそうに談笑している女子グループが一組残っているだけだった。そして、さっきからちらちらと、やたら熱を帯びた視線をそちら方向から感じるのは、おそらく気のせいじゃないだろう……ふう、やれやれ。イケメンってのは求められる場面が多くて困るぜ。放っておいても良かったが、僕はサービス精神にあふれる気さくなタイプのイケメンなのである。なので女子グループに向かって、片目を閉じて白い歯をみせる爽やかスマイルをお見舞いしてやった。


「きゃー!」と湧き上がる黄色い歓声。


 とか時間をつぶしていると、やがて倉屋敷が動きを止めて、口を開いた。


「じゃ、常吉のおすすめでいいよ」


 ……そんな居酒屋の常連みたいなノリで任せられてもな。

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