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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
5/31

○【05・選択の朝】○

 

 木漏れ日の中。

 バサバサと羽ばたく鳥の羽音と「キイっ」と言う断末魔が聞こえて目が覚めた。驚いて御者台から落ちそうになったのを堪え、聞こえてきた声の方に目をやる。


「ウィリ、この森の鳥、小さい」

「それくらいで普通だ。いや、この辺りでは大きい方じゃないか?」


 美少女にそう答えながら、赤毛の兄ちゃんは集めた枯れ枝で火を興していた。美少女は獲ったばかりっぽい鳥の羽をむしりはじめる。


 ……ああ、そっか。

 と、昨日のあれこれを思い出した。

 そして、身を起こして御者台から降りると、二人の視線は俺に向いた。


「おはよー」

「おはよう」


 二人揃って挨拶してくれた。

 

「お、おはよう……ございます」


 ちゃんと朝の挨拶したのってどれくらいぶりだっけ。

 逃げたおっさんどもは、そういうのさっぱりなかったし。


 なんか言葉が丁寧になってしまった。

 朝の光の中で見たら、やっぱり二人はきれいな人だとしみじみ思う。だからかな。

 そんな見目麗しい貴人が鳥を捌いて串に刺して火に炙る姿はなんと言うか……

 ああ、香ばしい、いい匂いが広がりだした。と、同時に腹が鳴る。

 クウウ、クルル、キュウウ。

 音は三つ。

 馬車の背後からこっちを覗く子供二人。

 そういやいたんだ。

 扉が開いているということは、兄ちゃんたちが開けといてくれたのか? それ以外ないか。


「いっぱいあるよ、食べる?」


 美少女が二匹目の鳥の首を掲げてそう言った。

 

「い、いただきます」


 異様な姿に引くより、食欲が増さった。


「すぐそこに小川があった。馬には先に水を飲ませておいた。お前たちも顔を洗うなり朝の支度をしろ。その間に肉は焼けるだろう」

「えっ!?」


 びっくりして馬を見たら、すぐそばに水桶があり柔らかそうな草が積んであった。一足先に馬が朝飯食ってたよ。


「ありがとう、ございます。助かりました」

「馬、おなかすいてたから。がんばって走ったし」


 にこにこ笑う美少女。兄ちゃんは無表情。

 でも、あれも二人でやったんだよな。俺、昨夜は水やるくらいしかできなかったから本気でありがたい。

 あ、そうだ。と、俺は馬車に向かって走った。荷箱の中からやかんと鉄製の火置き台、カップと皿、それと茶葉とパンを取り出した。

 が、持ちきれない。


「お前ら、手伝ってくれ」


 馬車の戸口に突っ立ったままの子供二人に声をかけた。男の子の方が先に前に出てきて手を出すので皿とカップを持たせた。女の子にはパンと茶葉。俺はその他を持って外へ出た。

 そのまま兄ちゃんが言ってた小川に走って水を汲む。ついでに、言われた通り顔を洗ってすぐに戻った。

 焚き火の脇に刺さった鳥串がどんどん増えてく。

 いい匂い。


「あの、お湯を沸かしていいですか? お茶を淹れます」

「……ああ」


 ちょっと驚いた顔した兄ちゃん。

 許可が出たので、焚き火の中程にやかんを置くための鉄の台を設置して水の入ったやかんを置く。


「パンもあります。ちょっと硬いですけど、よかったらどうぞ」

「パン!」


 美少女がうれしそうに目を輝かす。けど、兄ちゃんは嫌そうに目を眇めた。……やっぱり、金持ちには硬い庶民のパンは嫌がられるのか?


「お肉をパンにはさんで食べたい!」

「ミーニャ……」

「大丈夫!」


 大丈夫?

 

「えっと、質は良くないけど腐ってなんかいませんよ? 一昨日寄った村で買ったものです。でも無理にとは言いませんが……」


 やっぱり貴人だから安物が嫌なのか? と思いもしたけど、野生の鳥を獲って自分で捌く人だしな。めんどくさいこだわり持ちなんだろうか。わからん。

 と、首を傾げていると、兄ちゃんは困ったような顔をして小さく息をつく。


「いただこう」

「あ、はい」


 食べるのか。

 俺は腰に下げてる手持ちのナイフでパンを切る。硬くてそこそこの大きさがある、きめの荒いそのパンをザクザクと薄めに切った。美少女が鳥の肉を挟んで食べたいと言ってたからな。

 切ったそれを子供らが持っている皿に乗せる。


「こっち、ちょうだい」


 美少女に言われて子供らがパンを差し出すと、兄ちゃんが焼き上がった肉をパンの上に乗せた。美少女は薄いパン二枚で肉を挟んで子供らの皿に戻す。

 すぐにかぶりつくかと思ったら、その作業を人数分やってそれぞれに渡してくれた。

 行き渡ったところで、みんなが皿を持って輪になって座る。

 そして両手を合わせる兄ちゃんと美少女。


「いただきます」

「いただきまーす」


 おお、食前の挨拶。

 これも久しぶり。親が生きてた時以来だ。

 俺も習って「いただきます」と手を合わせた後、パンにかぶりつく。


 ……う、うまっ!


 子供らも見よう見まねに「いただきます」とそれぞれ言ってかぶりついた。みるみる目が輝き、ガツガツと食いついていく。

 うんうまい! パンはいつもの硬いパンなのに、いい焼き加減で塩の効いた肉と肉汁を含んでむちゃくちゃうまい。


「おかわり!」


 美少女はすぐにひとつ目を平らげおかわりを要求。俺はまたパンを切る。子供らもすぐなくなる勢いなのでついでに切っておく。もちろん俺の分も。

 兄ちゃんはまだまだかな?

 この中で一番体格がいいのに食べるのがゆっくりだ。上品でもあるけど。まずそう、と言う感じではないけど……なんか恐る恐る食べてるような?

 結局、兄ちゃんはひとつしか食わなかった。

 俺と子供らは遠慮なくお代わりしてふたつづつ。美少女は三つ食べたよ。色白で見た目たおやかなのに中身は元気っ子か。


 食後。一息ついてお茶を淹れた。

 洒落たポットはないので湯の沸いたやかんに茶葉をそのまま放り込む。兄ちゃんがちょっとびっくりしてた。こんなやり方、金持ちはしないよな。貧乏だと茶葉どころかやかんもなくて水しか飲めないこともザラだけど。

 カップも古いし欠けているのもある。

 さすがに兄ちゃんと美少女にはできるだけきれいそうなのを渡した。

 そんなお茶だからか、やっぱり兄ちゃんは恐る恐るな感じで飲んでたよ。

 俺はちょっと熱めをグイッと飲む。


 で、話をしようと試みた。


「これから、どうしますか?」


 兄ちゃんは持っていたカップから視線を上げて俺を見る。いや、睨む。


「どう、とは?」

「昨日のアレで雇い主が逃げちまったので、俺は手が空いてしまいました。よかったら雇ってもらえないかと思ったんです。王都へ行くのに馬車が欲しいと言ってましたよね?」


 と言ったら、無言で睨まれた。

 もう少し詳しい説明がいるか。


「えっと、逃げたおっさんたちはトートウ領の商会に向かったと思います。自分たちの商品を横取りされたと訴えるだろうけど、調べれば昨日襲って来たのが大商会に連なる者たちだとすぐに知れます。五人も死んでたら中堅でしかないうちの商会はおっさんたちを切り捨てるはずです。下手人呼ばわりで突き出すか無関係を装って放り出すか、するでしょうね」


 兄ちゃんぽかんとしちゃったよ。


「さすがに、それはないのでは? あの襲撃者どもは言いがかりをつけて馬車を襲い、返り討ちにあっただけだ。しかも、非道な手段で聖女を仕立てようとした者に加担している。それを告げても、商会は身内の商人を悪とするか?」

「しますよ。それが一番手っ取り早い」


 さらに驚く兄ちゃん。純だな。


「そんなところに俺だって帰れない。俺はもともと流れ者で、親父がそこの会長と懇意だったから孤児になっても仕事を回してもらえてなんとか生きて来れたんです。けど、商会の存続に関わるような揉め事が起これば切り捨てられてもおかしくない。会長はともかく、その息子には煙たがられてたし」


 会長ははじめ、俺のこと養子にするとまで言ってくれたけど息子が拒否した。そりゃそうだ。跡取り問題にも関わるし。こっちはその気もないから養子の話は初めから断ってたけど、放蕩息子からしたらいるだけで気が気じゃなかったろう。

 こんな状況で帰ったりしたら、嬉々として悪評立てて切り離そうとするだろうな。会長だって庇いきれないだろうし、迷惑かけるだけだ。


「どのみち、トートウ領には戻らない方が身のためなんで。それなら兄ちゃん……えっと、ウィリさん? が、王都に向かうのに便乗しようかなと思ったんです。この国に居住権のない異国人になら雇われても税金とかの問題はないし、俺は未成年だから商会には正式な登録はしてないのでトートウ以外なら照会されても今回の事件に関わったことはまずバレません」

「……異国人?」


 あれ?

 なんでそこに引っかかる?


「えっと、ウィリさんは異国の人かと思ったんですが、違うんですか?」

「なぜ、そう思った?」

「なぜって、服とか──……」


 もしかして、実はこの国の人?

 だったら思惑が外れちまうか?

 異国に帰る時に連れってもらうのもアリかな、とかも考えたんだけど……


「なるほど。服は確かに異国の造りだ。だが残念ながら生まれはこの国、ロゼロット王国だ。俺もミーニャもな」


 おおう……

 異国人じゃなかった。


「だが、今はどちらも居住権などは抹消されているだろう。王都へ行って復活させ定住するつもりではあるが、今は異国人と変わらんな」


 皮肉げな笑みを浮かべるウィリさん。

 複雑な事情もありそうだな。


 ちょっと尻込みしてやっぱりやめとく方がいいのかと迷ってたら、ウィリさん横でじっと俺を見ていたミーニャさんが、ウィリさんの袖を引いた。


「ウィリ、大丈夫」


 大丈夫?

 パンの時もそんなこと言ってたな。何がだ?


 ミーニャさんを見返したまま少し考えたウィリさんは、小さくため息をついて俺に向き直った。


「できるだけ目立たず、王都へ行く道がわかるか?」

「もちろん、いく通りかありますよ。俺は両親と行商の旅で国中のほとんどを巡りました。王都までの道も熟知してます。どこへでも連れてってあげますよ」


 努めて明るく答えたら、ウィリさんはふっと笑った。

 手応えはいい?


 どの道このままじゃ俺だって職のない孤児になるだけだ。商会の後ろ盾がなかったら、成人したところで行商許可証はもらいづらい。ここで雇ってもらえなければ、他の職探しも難しい。


「あ、報酬は道中の食事と最低限の金銭がもらえれば助かります」


 最後はにっこり、商売用笑顔で付け足して言ってみた。

 生きるに糧は必要だ。


「いいだろう。馬車を借り、御者も任せる。王都まで案内を頼む」


 やった!


「ありがとうございます!」

 

 これで少なくとも食いっぱぐれることはない。

 浮かれた俺を横目に、ミーニャさんがまたウィリさんの袖を引く。


「ウィリ、あの子たちも一緒?」


 指差した先には、カップを持って座り込んだままの子供たち。

 ボロボロの服を着た痩せこけた男の子と、顔に大きな傷がありそれを隠すよう頭から布をかぶった女の子。

 ここで放り出したらこの子たちは十中八九、死ぬだろう。

 

「親元……には帰せない、か」


 ウィリさんの呟きに、女の子の方がビクッとなって目に涙。

 俺は知っていることを話してみる。


「無理ですね。女の子の方は昨日のやりとり聞いてもわかる通り親はクズですし、最安値でもいいからと言われ押し付けるように売り払われた子です。引き取り先もやばい趣味を持つ金持ちか場末の娼館ぐらいだ、なんておっさんたちが言ってました。親元に帰すのも引き取り手を探すのも難しいと思います」


 女の子、うつむいて泣き出した。


「男の子の方も難しいです。唯一の身内の祖父を亡くして村でたらい回しにされてたそうです。結局誰も引き取れないってことで村長に売り払われた子です。帰るところはないも同然ですよ。小さいし、年齢をごまかしてそうだから仕事にありつくのもままならないでしょうし……」


 男の子も唇を噛んで目を潤ませた。

 ウィリさんも頭を抱えて考え込んでしまったよ。


 お荷物にしかならなそうな子供を即座に捨て去る、という選択ができないのは、この人がお人好しだからだろうか。


 実は、俺はこの二人を警戒してた。


 昨夜は馬車が盗られないか冷や冷やしてたよ。もともと馬車を強奪するつもりで乗り込んできた人たちだからな。それに悪党どもをメッタ殺しにしたところも見ていた。

 子供には手を出さないとも言ってたし疲れてたから少しは寝たけど、警戒して馬も繋いだままで御者台で休んだ。うっかり熟睡しちまってたけどな。


 けど、盗られなかった。


 それどころか朝起きたら食べ物を分けてくれた。

 馬車を盗らないなら、面倒でしかない俺たちをさっさと放置して行ってしまっても良かったのに。

 根は悪い人ではないのだろう。

 そう思ったからこそ雇ってもらえないかと聞いてみたんだけどな。

 もちろん、雇われれば完璧に仕事はするつもりだ。


 けど、子供らはどうだろう。

 ウィリさんの決断はいかに。


「……子供らも、連れて行く」


 ミーニャさんも子供らもホッとして笑みが溢れる。


「但し、俺と共に行動するなら、お前たちには俺の命令に背くことなく忠実に仕えると誓約してもらう」

「……は?」

「裏切るなら、殺す」


 ウィリさんの目は、本気だった。


 俺、選択を間違えた?




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