◉【31・そのころ】◉
見た目は小柄で可愛い黒ネコ。その正体は大魔獣ラウドロームクヴァルトの分身体。
それがボク。
人間の国の事情を調べるために送り込まれて早四年。
第一王子暗殺事件のあった日のこと。その王子の情報を探るべく送り出されたのがこのボクさ。
大きな獣姿じゃまずいから、子猫のフリをして魔獣の森近くに来ていた人間たちの馬車に隠れてついて来た。そしたら、第一王子の婚約者だった少女に拾われて……以来、ずっと飼い猫として彼女のそばにいる。
なにせ彼女は王国を影で牛耳る二公の一人、モレッド公の娘で世に名だたる聖女様だ。彼女のそばにいるだけで、本体が知りたがっている情報が色々と手に入るので助かるよ。
それに、飼い猫もなかなか悪くない。
だって彼女はかわいいし。
クリーム色がかった白い髪は柔らかく波打ち、瞳は穏やかで温かみのある緑色。そしてかわいい。とにかくかわいい。
世界一の聖女、ボクのマリエリー。
能力的には本体がのぼせ上がっている白ネコの娘の方が上だけど、聖女としての振る舞いはマリエリーには敵わないね。白ネコの娘と同じ歳なのにずっと大人びていて賢いし、おしとやかだし。
そんなマリエリーと一緒に、今日もボクはお城に来ている。
ロゼロット王国の王城。
中央の大広間では華やかな舞踏会が行われていた。
今日の主役はベールンス公の連れてきた偽物聖女メイビーナ。
なぜ偽物かと言うと、彼女からは聖女の持つ魔力が全然感じられないからだ。それに髪の色だって、たぶん何かして色を抜いているだけだと思う。だからかちょっと荒れてるよ。顔の作りがいいから、みんなごまかされているけどね。
そんな彼女は、この国のヘッポコ第二王子コルダートと作り笑顔で踊っていた。もちろん周りはその笑顔を疑っていない。ボクがそれを知っているのは、彼女が自分の部屋に戻るといつも苛立ち紛れに剣に見立てた棒で素振りをしつつ悪態をついているのを見ていたからさ。もちろん隠れてこっそりね。
彼女も複雑な立場らしい。
大広間の天井の梁の影から見ていたら、マリエリーが広間を出て行こうとしているのが見えた。父親のモレッド公に引き止められていたけど、やっと退出の許可をもらえたらしい。
かわいそうに。
今日も聞こえよがしの悪口が飛び交っていたからな。
苦虫を噛み潰したような顔のモレッド公と、笑いが止まらないベールンス公。それらを横目に、ボクもその場を離れてマリエリーの部屋に向かって走る。
彼女が帰って来るまでに戻らなきゃ。
姿は隠したまま、いくつかの壁をすり抜けて彼女の部屋へ。
マリエリーは亡くなったと思われている第一王子の婚約者だったし、今ではヘッポコ第二王子の花嫁候補だ。だから、お城の中に専用の部屋を持っている。広くてきれいで部屋としては上等なんだろう。空気はあまり良くないけどね。
部屋に戻って、ずっとそこにいたフリをしてフカフカの絨毯に寝そべった。
侍女が扉を開けて一礼。
マリエリーは半歩部屋に入って、ついて入ろうとした侍女たちを手で制す。
「皆、控えの間に下がっていてください。必要があれば呼びます」
マリエリーの言葉に、一緒について回っている侍女や護衛の騎士が一礼して離れていく。扉が閉められた途端、大きく息をつくマリエリー。
ボクは彼女に声をかける。
「にゃー」
「ベルベルニャ!」
優雅に駆け寄って来て、ボクを抱きしめたマリエリー。
「ただいま、ベルベルニャ。いい子にしていた?」
……そう、ベルベルニャ。それがボクの名前。
名前付けの趣味が微妙でも、マリエリーのかわいらしさに変わりはない。
「にゃー」
「ふふ、おかえかりって言ってくれているのね。ありがとうベルベルニャ……」
ボクに頬擦りしながら、今度は小さくため息をついた。
そして、しばらくじっとして、彼女は心に浮かぶ悪い言葉を飲み込むんだ。
なんでそんなことがわかるかって?
わかるよ。だって、マリエリーはいつもいつもたくさんの人にひどいことばかり言われているのに、自分では言ったことがないんだ。
聖女としての振る舞いを望まれて、何もかも我慢するよう育てられたせいもあるだろうけどさ。それでも、たとえ言葉でも、ネコ相手の独り言ですら不平も不満も他者を傷つける言葉も口にしない。とても優しい子。
できることなら、ボクが奴らを切り裂いてやりたいよ。
マリエリーを魔女とか悪女とか呼んで追い落とそうとしている奴らがたくさんいるんだ。
モレッド公の勢力を削ぐためにその娘である彼女を攻撃するベールンス公の手下ども。それに乗っかるマリエリーの地位とかわいさを妬む愚か者ども。第一王子の死をマリエリーのせいにしているバカもいる。
第一王子は二公の企みで暗殺されたんだよ。いや、生きてるけどさ。
癒しを求めて拒まれた者もタチが悪い。ちょっとした怪我なのに興味本位で来た者や、死にそうな病人を連れて来て癒せないことで責める者。中には本気で癒しを求める者もいたけど、彼女は自分だけの判断で動くことを許されなくて何もできない。
マリエリーはね、本当は全部を癒してあげたいんだよ。
けれど、父親にその力を制限するように強く言われている。父親は自分に都合の良い相手にしかその癒しの力を使わせようとしないんだ。
なのに責められるのはマリエリーで、そんな風にしか力が使えないからマリエリーの能力は中途半端で技術も拙い。
あの白ネコは、聖女の使う魔力は自由に何にでも使えるはずだと言っている。現に白ネコの娘は身体を強化して狩りをしたり飛び回ったり、木々などに干渉して建物を造ったり、魔力を火に変換してみせたりと様々だ。
マリエリーだって、本当はなんでもできるすごい子なんだ。かわいいし。
ボクが教えてあげたいな。
ボクだって魔獣だから、魔力の扱いは多少はわかる。そりゃ本体とは比べ物にならない、微々たるものだけどさ。
マリエリーはちゃんと学べばすごい聖女になるんだよ。
だって、彼女はボクを生み出した。
ただの分身体で、本体の命令でしか動けなかったボクに心をくれたんだ。
名前をくれて、いつもいつも語りかけてくれて、気がついたらボクはそれに応えられるだけの感情を持てるようになったんだ。
「ベルベルニャ……」
「にゃー」
悲しそうに、ただただボクの名を呼ぶマリエリー。
泣いてもいいんだよ、マリエリー。
慰めてあげたいな。
たぶん、今のボクなら念話で話しもできるはず。だけど、本体から命じられている使命は王都での人間たちの調査だけ。その縛りからは抜けられない。
前に何度か頼んでみたけど、正体がバレる行動は却下された。
もう一度、頼んでみようか。
このままじゃ、マリエリーが潰されちゃうよ。
本体、本体、おいこら本体。
……答えないな。
ここのところ命令も来ない。
どうしたんだろう。
また白ネコにフラれて落ち込んでいるのか? いや、そんな殊勝な奴じゃない。番になれるまでとことんまで挑むようなバ……強い意志の持ち主だ。
なんだか波乱の予感がするよ。
『第一章 最初の臣下』 終了
続き『第二章 王の護り手』は書き溜められたら投稿します。
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