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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
3/31

○【03・次から次へと】○


 ガタガタガタと音を立て、馬車は速度を上げて走っている。

 そろそろ日が暮れる頃だというのに、髭もじゃたちは止まって夜を過ごす気すらないようだ。


 壁や窓の隙間から、うっすらと西日が入るボロ馬車の中。

 真ん中に立ったままの異国の服を着た赤毛の兄ちゃんと白い美少女。

 兄ちゃんはスッと剣の柄に手をかけた。

 思わず背後の扉に背をつける。内からは開かないその扉から、逃げることはできない。

 血の気が引いた顔で涙目になっていると、兄ちゃんは剣から手を離した。


「命を取るのは簡単だが……子供を手にかけるつもりはない」


 ふう、と困ったように息をつく兄ちゃん。


「どうしたものか……」


 と呟いて、俺や子供らに目をやった。

 怯えて馬車の隅で震えている二人の子供。兄ちゃんはすぐに視線を逸らしたが、美少女は子供たちを見ながら微笑んでる。少し彷徨った兄ちゃんの視線はそんな美少女へ向けられ苦笑した。

 強盗かと思ったけど、この兄ちゃんも根っからの悪人じゃないみたいだ。

 ならば言ってみるかと、俺はそっと手をあげた。


「なあ兄ちゃん、この馬車は諦めてくれねえか? これがないと俺はこの先困るんだよ。その代わり、ここから逃してやるからさ」


 なんて、提案してみたけど睨まれた。

 さっきはちょっと笑ってたのに。

 金の瞳がなんか怖い。けど、言わなきゃならんと踏ん張った。


「もうちょっとしたら北に向かう道に折れるけど、すぐに森に入るから。その時になんとかして馬車を止めてやるよ。もうすぐ暗くなるから森に身を隠して夜を過ごして、この道に戻ってまっすぐ西に行けばブランシュレ領に入れるから。あそこは国境の町があって異国の人でも目立たないからさ、そこで馬車を用立てて王都へ向かえばいいんじゃないか?」


 というか。

 異国の人ならブランシュレ領を通って来たんだよな?

 なんでそこで馬車を用意しなかったんだ? こんなところをふらふら歩いている方が、なんかおかしいよな。見るからに金持ちそうなのに。

 言いながら、考えながら、思い至ったことに首を傾げていると兄ちゃんは俺を睨んだまま別のことを聞いてきた。


「この馬車の窓は閉まっているのに、よく道や場所がわかるな」


 それには俺がきょとんとした。


「そりゃ来た道だし。馬車の速度とか傾きでどのくらい来てるかぐらいわかるよ」

「それで、わかるものなのか?」

「俺は馬車生まれの馬車育ちで、そうゆうの得意なんだ」


 今度は兄ちゃんがぽかんとした。

 まあ、道を覚えたり距離を感覚だけで測ったりすれば大抵の奴には驚かれたっけな。できる奴にはできるだろうに。父さんもできたし。


「なるほど。なら……」


 と、兄ちゃんが何か言いかけた、その時。

 ぴっと緊張した美少女が、兄ちゃんの袖を引いた。


「ウィリ。馬五匹、追ってくる」


 馬? 馬の足音なんかしねえぞ?

 と、思って耳を済ませていたら、後ろからドッドドッドと四つ足の蹄が地を蹴る音が響きだした。

 そして、怒鳴り声も。


「止まれー! そこの馬車、止まれぇー!」


 二頭分の足音が馬車を追い越した。と、同時に馬車が止まり嘶きが響く。そして叫ぶ髭もじゃ。


「なっ、なんだてめえら!?」

「黙れ! てめえら、俺らが狙っていた聖女を盗んだだろう!」


 は?

 

 その言葉で、赤毛の兄ちゃんが目をすがめ身構えた。

 俺は息を飲んでチラリと白い美少女を見る。

 もしかしたら兄ちゃんたちを追って来た?


「な、な、なんのことだ?」

「せっ、聖女なんかが、こんな田舎をふらふら歩いてるわけねえだろ!?」


 おいこら。今言ったの強面ハゲだな。

 言い訳になってないことを具体的に言うな。

 田舎道を歩いていたのを攫おうとしたってバレるぞ。


「当たり前だろうが! 都合よく攫ってくれとばかりに聖女がうろつくか!」


 ……あれ? 違った?


 しゃがれた濁声が怒鳴り返した言葉に首を傾げる。

 兄ちゃんたちのことを追っかけて来た追っ手じゃないのか。

 響く濁声はさらに叫んだ。


「谷の村の娘だよ! 黒髪を白髪にするために谷から落としたって言うあの娘だ! あの親父、失敗したとか言ってたが出し惜しみしてやがったな! てめえら、いくら払ったか知らねえが、その娘はもともと俺らが引き取る予定だったんだぞ!」


 家馬車の中で、みんなの視線が顔を半分隠した黒髪の女の子に向かった。

 女の子は青ざめ、見開いた目からポロポロと涙を流している。


「あの親父、俺らが行った時は偽物を見せたんだ! 後から来る人買いに高く売るために隠していたんだろ! そうだろ!」


 ……ひでえ話だ。


「ちっ、違う! 俺らが買い付けた娘は髪の一部は白くなっていたが、顔に大きな怪我を負った黒髪の娘だっ」

「そうだ! なんでもいいから引き取れって押し付けられたんだ!」


 そうだよな。

 俺も見てた。

 ひでえ話だけど、安くていいからと言われおっさんどもは仕方なく二束三文で買い取ったんだ。

 けれど、そんなことには耳も貸さず濁声は怒鳴る。


「嘘をつけ! だったらなんであんなに馬車を飛ばしてやがった! 川のところで休憩してたら、てめえらがバカみたいに馬車を飛ばしていたからピピンときたんだ! 絶対、聖女を捕まえたんだってな!」


 勘違いだが勘がいいな。

 けど、これってものすごくまずい状態じゃないか?


「てめえら、馬車を開けて俺らの獲物を奪い返せ!」


 命令とともにガチャガチャと鉄の音が響く。刃物の類いだ。

 まずい!


「や、やめろ! わかった、わかったから!」

「くそうっ」

「あっ! 貴様ら!」


 濁声の叫びと馬の嘶き。そして蹄の音がタッタタッタと駆けて行く。


「あいつら──」

「あんなの放っておけ。お宝は馬車の中だ!」


 濁声たちの声に驚いた。

 え?

 おっさんたち、まさか、逃げた?


 一瞬、俺の給金は? と思ったけど、今はそれどころの話じゃなかった。

 今度は複数の足音が馬車の後ろにまわって来る。

 なんてこった!

 俺はあわててに荷箱を開けて古布を取り出した。野宿用で汚いけど仕方ない。


「兄ちゃん、これを被って隠れてろ」

「何?」


 外の足音が馬車の後ろに近づいて来た。


「早く! あいつら、うちのおっさんどもよりもっとやばそうだよ。見つかったらあんたたちひどいことになるぞ。俺がなんとか交渉してみるから!」


 あいつらの狙っているのが黒髪の女の子なら、その子を見せれば納得して手を引くかもしれないし。言ってごまかせればそれで済む。でも白い髪の美少女を見せたら終わりだ。絶対暴れる。剣を持った男が少なくとも五人いる。この兄ちゃん戦えるか? いや、戦闘になったら俺たちだって巻き込まれかねない。

 ぐいぐいっと古布を押し付けたが、兄ちゃんは受け取らない。ただ、呆れたように俺を見て、息をつく。


「その娘を見せたところで、それであっさり手を引く輩と思うか?」

「そりゃ……でも」

「案ずるな。俺はそれほど弱くない」


 そう言うと、剣に手をかけ引き抜いた。

 怪しげに光る白い剣だ。

 高そうで強そう。


 思わず息を飲んで見ていたら、兄ちゃんはちょっと渋い顔になって懐から小さく折られた紙を少し引き出し、すぐに戻した。

 寄り添う美少女が心配げに兄ちゃんを見る。


「ウィリ?」

「優しいとは、どこまですればいいかわからん。すまないが死にそうなら死なない程度に──……」


 と、言いかけて俺の方をまた睨んだ。そして美少女の耳元に顔を近づけなにやらつぶやく。美少女は「わかった」とうなずいた。

 そこで扉がガタガタ鳴った。

 かんぬきが引き抜かれたんだ。

 そして扉が開かれ、剣を手にした歯並びの悪い大男がヌッと出た。途端、流れるような動きで赤い髪の兄ちゃんが男の右胸に剣を突き立てた。


 一瞬の出来事だった。


「ゔっ!?」


 と大男がうめいた後、今度は別の変な声が響く。


「にゃんっ」


 兄ちゃんは、大男を蹴り飛ばしながら剣を引き抜いた。傷口から吹き出す血飛沫。


「ぎゃあああああ!」

「にゃん」


 戸口から飛び出た兄ちゃんは、目につく敵を次々と斬りまくった。その後ろについて出た白い少女は、ずっと変な声を上げている。


「にゃん、ちゃん」


 敵は馬の数だけいた。

 二人目、三人目、四人目はさすがに間があったので自身も剣を構えて応戦してきた。そこへ兄ちゃんの後ろに回った別の大男が斬りかかる。が、一瞬で間合いを詰めた美少女が飛び上がって男の頭を蹴り飛ばした。


 え?


 あんな儚げな美少女が、今すごいことしたぞ。


 その間に兄ちゃんは目の前の男の剣を往なし、剣を持つ手を切りつけ、返す剣で腹を裂いた。即座に振り向き、美少女に蹴り飛ばされた男の腹も刺す。


「にゃーん」


 目の前に広がった惨状の中、美少女のまの抜けた変な声だけが響く。

 その状況が逆に怖い。


 いや、惨状だけでもムチャクチャ怖いよ。


 倒れている男たちはみんな血みどろで意識をなくしている。いや、死んでる? 死んでるよな、これ。


 そんな男たちを気にもとめず、一仕事した後のように「ふう」と息をつき軽く剣を振って血糊を飛ばし、鞘に収めた兄ちゃん。そのまま美少女の頭を撫でる。


 ……なに、この兄ちゃんたち。


 俺は足が震えて戸口に立ったまま動けない。

 同じように、戸口の影から外を見ていたチビと女の子も震え上がって声もない。


「これで全部か?」


 兄ちゃんが辺りを見渡したのを見て、俺はハッとして馬車を降りて正面に回り込んだ。


 ああ……いない。

 おっさんたちがいない。


「あの二人は逃げたのか」


 兄ちゃんに言われてガックリ。

 俺の給金……と、泣きそうになったけど、別のことに気がついてすぐに頭を上げて道の向こう、やって来た方向に目をやった。


「こいつら、たぶんこれで全部じゃない」

「なに?」


 足元に血塗れで倒れた男たち。


「こいつらが人買いなら同じように馬車を持っているはずだ。ここにないなら他にも仲間がいてこっちに向かっているかもしれない」


 馬車は足が遅いから、単騎で馬に乗ってた奴だけ先行して俺たちを追って来たのかも。だったら、こんなところでグズグスしていられない。


「馬車に乗って! 俺たちも逃げないとっ」


 俺は急いで後ろに回り扉を指差した。が、兄ちゃんたちは顔を見合わせてる。


「乗るのが嫌ならいいけど、俺もあの子らも捕まったらどうなるかわからないから逃げるよ。どうする?」

「……乗る」


 遠くから馬車の走る音が聞こえはじめ、兄ちゃんと美少女は御者台に回った。そっちがいいならそっちでもいいや。俺は子供らにはじっとしてるように言って扉を閉めた。そして急いで御者台に登り手綱を取る。兄ちゃんと美少女は俺の横、両側に座った。


「はいっ!」


 掛け声とともに軽く鞭を入れて馬を走らせた。

 すでに空は薄暗い。もう間も無く真っ暗になるだろう。でも、真っ直ぐ走れば後ろから来る奴らに追いつかれるかもしれない。馬はさっきの爆走で疲れてる。そう長くは走れないだろう。

 

「暗くなったが、行けるのか?」

「大丈夫です。夜目は効きます。少し行ったら分かれ道があります。日が落ちたらわからなくなるような森の道ですから、そっちに入ってやり過ごします」

「ほう……」


 なんか感心されたような?

 でも、気にしている場合じゃないな。


 俺は手綱を握って馬車を操る。

 頼む、もうちょっと頑張ってくれよ、俺の馬!


 こうして、俺たちは森の奥まで進み隠れ、なんとか難を逃げ延びた。

 

 そして、俺は仕事を失った。




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