○【29・ウィリアル王子】○
春の王都。
賑わう城門広場から見上げた大きなお城を思い出す。あそこに王子様がいるよと母さんが指さしたお城の露台。さすがに遠くて見えなかったけど、どんな王子様かはみんなで色々言い合った。
その王子様が目の前にいる。
ウィリさんはやはり、ウィリアル王子だった。
一瞬、背筋がゾワっとした。
嫌な感じでではない。
顔が緩み頬が熱くなる。
「なぜ、それがわかった? 貴族でも気がつかなかったのに」
「初めは気がつかなかったですよ。そもそもウィリアル王子は亡くなったものと思っていましたし、異国の人ならロゼロット王家の特徴を持っていても関係ないだろうしって。でも、馬車の供養をしてくれた時、昔の思い出がいっせいに溢れ出して……」
不思議そうに首を傾げるウィリさん。
「俺は両親と一緒にいろんなところを旅してましたが、春になると王都で行われる祭りにはいつも参加していました。王子様の誕生月の祭りです。そこで王子様の名前や噂をよく聞いてたんです」
懐かしい、楽しかった思い出。
だからしっかりと覚えている。
「王子様の名前はウィリアル・オーリス・ロゼロット。俺より三つ年上で、赤い髪に金色の瞳で初代国王の特徴を強く受け継ぐ優秀な王子様。将来が楽しみだと、城下町ではよく聞きました」
なぜかぽかんとした顔になるウィリさん。
「そう、なのか?」
「そうなのか、とは?」
「俺は、嫌われ者だったから……」
「ええ!? 何でですか!? 町ではいい噂しか聞かなかったですよ。母さんなんか二十年若かったら城に潜り込んででも拝みに行ったのに、なんて言うぐらい噂の王子様が好きでした。だから俺だっていつか会えたらいいななんて思ってて、見たことなくても特徴なんかはよく知ってました」
ウィリさんてば、本気で驚いてるみたいだ。
「亡くなったって聞いた時は父さんと泣きました。母さんはそれより前に病気で死んでましたけど、生きてたら号泣してましたよ。きっと」
そんなのうちの家族だけじゃないと思うけど。
ウィリさんはまだ信じられないものを見るような顔をしてる。
「ウィリさんは、俺の一番幸せだった頃の思い出なんです。生きていてくれて本当にうれしいし、出会えたことに感謝してます。ありがとうございます」
俺は今、満面の笑みを浮かべていると思う。
ウィリさんに会えて、心からうれしいんですよと伝えたくて。
なのにウィリさんはうつむいた。片手で顔を覆っている。白い鬼火に照らされた耳がちょっと赤い気がする。
ミーニャさんが嬉しそうに、ウィリさんの背をぽんぽんと叩く。
「ね? ベイルはだいじょーぶ」
「ミーニャ……」
何がどう大丈夫なのかはわからないけど、ミーニャさんが俺を認めてくれたならありがたいな。
「俺はウィリさんもミーニャさんも裏切ったりしません。いくらでも誓います。この先も御者として、ずっとお供をしたいです」
「ダメだ」
「ええっ!?」
まさか断られるとは思わなかった。
一瞬で目の前が真っ暗に……
「御者だけでなく、ベイルには『友臣』の地位についてもらう」
なんの地位?
言われていることが分からなくて、泣きそうな目でウィリさんを見た。
ウィリさんの目は真剣だった。
「初代ロゼロット王が建国を共にした、二人の友人に贈った地位だ。臣下であり友である、王に次ぐ権威を示す称号だ」
「はぁ!?」
「むろん、正式な授与は俺が王位についてからになるが」
王位……
「ウィリさんは、王様になるために王都へ行くんですか?」
「そうだ。だが、おそらくは危険を伴うものとなる」
危険。
そうだろうな。
ウィリさんは死んだことにされている。
王位継承第一位の王子が、貴族にも忘れ去られて魔獣の森で暮らしていたんだ。並みの事じゃないだろう。
俺は大きくうなずいた。
「心得ました」
「断らないのか?」
「一緒に行きますよ。戦いなんかじゃ役に立てませんが、逃げるだけならどこへでも行けます」
そこのところは自信があるので胸を払ったら、ウィリさんは笑った。
「王座は遠いが、その道のり、共に来てくれるか?」
「はい。どこへでもお連れします」
二度目の約束だ。
はじめの誓いは簡単なもので、生きるため、生活のためのものだった。
でも、今度のはもっと深いものになる。
本当は片膝をついて両手を胸に礼を取りたいけれど、ここでそれをやると木から落ちそうで怖い。なので、木にまたがったまま三つ指ついて頭を下げた。
よろしくお願いしますの意を示す姿勢だと、母さんが言っていたよな。
「うむ、共に行こう」
こうして俺は、ウィリアル王子の臣下になった。
ずいぶん後になってだけど、ウィリさんは俺が最初の臣下だったと言っていた。




