○【02・不思議な二人】○
寒村から町へ戻る寂れた道を、ボロ小屋を乗せたようなみすぼらしい家馬車が走る。
俺は御者台で手綱を握りつつ馬の背越しにボンヤリ道を見ていた。
道の端々に貧相な木々が並んでいる。何の面白味もないつまらない道だ。
小さくため息をつく。
隣に座っている髭もじゃに気づかれたらどやされるから、本当に小さく小さく。
「おい、ベイル。この辺にはもう村はないのか?」
聞いてきたのは、馬車の横を馬に乗って走る強面のハゲ。
「……魔獣の森の近くにもうひとつあったらしいけど、領主に逆らったとかでだいぶ前に廃村になったと聞きました」
「なんだそりゃ」
「お前は道だけはよく知っているから雇ったのに、曖昧だな」
髭もじゃまで、忌々しそうに言ってきた。
「南はあまり来たことないので」
「はっ、役に立たねえなぁ」
悪かったな。
でも、俺は雇われ御者にすぎないんだ。あんたたちの仕事のことはあんたたちで調べとけよな。とは、口にしないが。
廃村の情報は、さっき寄った村で聞いた話だ。
村人はあまり言いたくなさそうだったので詳しくは聞けなかっけど。
髭もじゃたちも聞いていたと思ったけど……ああ、そういや酒が入ってたっけ。
まったく。ここのところずっと機嫌が悪くて嫌になる。
何度目かのため息を吐きながら、おっさんから顔を逸らし西に伸びる道の左がわを見た。
そこには草原が広がり、ずっと遠くにうっすらと森が見える。
行ったことはないけど、恐ろしい魔獣がいて『魔獣の森』と呼ばれているらしい。
さらにその向こうにも広大な草原が広がっていて、別の国があるそうだ。
別の国、かぁ……
俺は昔、親と一緒にいろんなところを旅したけど、異国には行ったことがない。町々をめぐる行商人だったんだ。
この馬車は親の形見だ。
親父は俺が十二の時に死んじまった。
母親は十歳の時だ。
この馬車とわずかな蓄えだけを残してな。
俺としては、親の後を継いで行商をしたかったけど子供じゃ行商許可証が出してもらえなかった。許可証がなければ商売はできない。仕方なく、親父が昔世話になっていた商会の後援で他の商人に馬車を貸して御者をする仕事を始めたんだ。
おかげで食っては行けるし、少しは金も貯められた。
今の俺は十四歳だが、あとひと月で十五になって成人だ。
成人したら許可証ももらえて、領地を跨いでいろいろな所へ行商に行ける。こんな奴らに雇われて、行きたくもない場所に行く仕事はもうまっぴらだ。
はぁ……おっさんどもに気づかれないよう、小さくため息。
とりあえず今の仕事が終わったら、しばらく商会のある町か町の近くの仕事を受けるようにしよう。行商許可証もらったらまずは別の領地へ行きたいな。
昔は北方方面で行商してた。毎年、春になったら王都の祭りに行ったりして、楽しかったな。……王都か、懐かしい。
「チッ、やっぱり辺境領地じゃロクな品が手に入らなかったな」
せっかく楽しい思い出に浸ってたのに、隣の髭もじゃが愚痴り始めた。
それに強面ハゲが答える。
「隣のマーデイ領まで行くか?」
え? 商会のある町に帰らねえの?
嫌だな。
俺はあせって会話に入る。
「マーデイ領はここ、アルダ領と同じ辺境開拓領地じゃないですか。似たようなもんですよ。行っても無駄じゃないですか?」
「けどよお、こんなんじゃ儲けなしだせ。東はともかく、西のブランシュレ領ならもうちっとマシな品がねえか?」
返事をしたのは強面ハゲ。それに手を振って否定する髭もじゃ。
「ダメだダメだ。ブランシュレ領は傍位領地だ。オレらが手を出せる場所じゃねえ」
傍位領地は傍系王族の治める土地で何かにつけて専属が多いし、こいつらの商売は管理がうるさい。流れ者が手を出すのは難しい。
「チッ、同業者に先を越されたのが痛かったよなぁ……」
掘り出し物を探しての辺境巡り。
そんなことを考えた奴が他にもいたようだ。
こいつらは基本的に、この辺境領地の北にあるトートウ領とその近隣の農村をめぐって品探しをしている。けど、もう何年もとある品の需要が高まっていてあっちこっちで争奪戦が起き品薄が続いていた。
争う力がない者は、仕方なく他の商人が行かない遠いところまで足を伸ばさなくてはならない。
俺はまあ、それに付き合わされてここまで来たわけだけどな。
あーあ、早くこんな仕事終わらせたい。
なんて思いながら正面を見た。
「ん?」
相変わらず殺風景な道だけど、そこに二人の人影が歩いていた。
さっきから道はちょくちょく見てたけどあんなのいたか?
いや、でも魔物の森側の草原地帯から来て道に出た、なんてことはありえないし。
後ろ姿しか見えないが、一人は女の子のようだ。しかも……白い髪の。
長い髪が風に揺れる。
「ヒュウっ」
「こいつはいいや」
おっさんたちも歩く二人に気がついた。
何がいいんだよ。いや、喜んでいる理由はわかるけど。
「人攫いは、やめた方がいいですよ。隣の男は剣を下げてます」
「チッ」
「いや、向こうは一人だ。こっちは三人、なんとでもなるさ」
俺を頭数に入れないで欲しい。
「ベイル、あいつらの横に馬車を着けろ」
「……はい」
雇われの身だしね。雇主に睨まれたら従うしかない。
馬車を扱うのが仕事だし。
それぐらいはね。
なんて心の中で言い訳しつつ二人組の男女のそばに馬車を止めると、二人は立ち止まって俺たちに目を向けた。
改めて二人を見て、息を飲む。
おっさんたちもだ。
どちらも、こんな田舎じゃ滅多にお目にかかれない美形だったよ。驚いた。
男の方は痩身だが背が高く赤い髪に金の瞳。
顔つきは賢そうで、後ろから見るよりかなり若く見える。年は十代後半かな。二十歳は超えてなさそう。大きな荷袋を背負っていて立派な剣を下げている。
女の子の方は十三かそこらかな。俺よりは下だろう。
真っ白い長い髪に白い肌、晴天の空のような青い瞳のまさに美少女。
ただ二人とも着ている服がこの国じゃ見かけない珍しいものだ。
男は黒の、女の子は白の前合わせになっている似た服を着ている。この国ならあっちこっち行ったことがあるけどこんなのは見たことがない。
ついでに言うと、ものすごく質が良さそうだ。
もしかして、異国の旅人か?
ここからだと南の国と行き来できる唯一の領地、ブランシュレ傍位領地に近いからそうかもしれない。
道に迷った、とか?
「よお、お前さんらなんでこんなところ歩いてんだ? この辺にはなんにもないぜ」
「道に迷ったか?」
おっさんどもが聞いた。
「……ああ、そのようだ。王都に向かいたいのだが、方向はわかっても道がわからない」
赤毛の兄ちゃんが答える。
やっぱり迷ってたのか。
おっさんども、ニヤニヤするなよ。
「そいつは難儀したな」
「俺たちはここから北にあるトートウ領に戻るんだが、良かったら乗せてってやろうか」
髭もじゃが親指で馬車を指す。
「この辺は物騒だぞ。人攫いも横行しているって話だしな。きれいな嬢ちゃん連れでうろうろしてたら狙われるぜ」
どの口が言う。
俺は「やめとけ」「断れ」と兄ちゃんに向かって小さく首を振って示してみた。けど、赤毛の兄ちゃんは俺を見て少しキョトンとした後、笑って言ったよ。
「そうだな。馬車があれば助かるな」
ええ……
「ははは、じゃあ乗んな」
「ベイル、馬車の後ろを開けてやれ」
そう言いながら、強面ハゲが馬から降りた。俺も仕方なく手綱を髭もじゃに渡し御者台を降りようとしたが、髭もじゃがこそっと嫌なことを言う。
「おい、お前も後ろに乗って奴らを見張れ。逃すなよ」
嫌だなぁ
と、思ったところでやっぱり逆らうことはできない。
仕事を終えて町に戻らないと給金がもらえないし、こいつらが暴力に出て俺を殺して馬車を乗っ取られても困る。
あんな獲物を前にしたら、商会の決まり事なんか吹っ飛ぶだろう。
それぐらい、魅力的な『品』だから。
俺は仕方なく、ひとつうなずいて御者台を降りた。
そして馬車の後ろに回る。
そこではすでに強面ハゲが馬車の扉に掛けられたかんぬきを外していた。もともと俺の馬車にはなかったものだけど、奴らに強引につけられたんだ。
俺はおとなしく馬車に近寄ってくる二人にゲンナリする。
兄ちゃんたちよぉ。内から開けられなくされている扉を見てなんとも思わねえのか?
「さあ、乗ってくれ」
にこやかに笑う強面ハゲ。
赤毛の男は美少女の手を引いて乗り込んじまったよ。俺が続いて馬車に乗ると、即座に扉は閉められかんぬきをかけられた。
そして馬車はすぐに走り出す。
駆け足気味だ。
馬がバテないか心配だが、俺は俺の心配をしなきゃならない。
騙されて人買いの馬車に乗せられたと知ったら、この兄ちゃん暴れないか?
二人は馬車の中を見回している。
馬車の中には野宿用品や諸々の道具と食料の入った、鍵のかかった木箱が少し。それと、子供が二人いる。
貧しい村で、口減らしなどで売られた子供だ。
一人は十二歳くらいの女の子。黒髪で、顔の左半分を布で覆って隠している。俺は見てないけどひどい傷があるそうだ。馬車の前の方に蹲っている。
もう一人は十歳だと言い張って売られた六、七歳くらいの男の子。灰茶の髪のかなり汚い身なりの子。村の孤児だと聞いている。
そんな子供らを見て、綺麗な服を着た旅人二人は驚いていた。
俺は戸口に立ったまま二人を見ていたが、振り返って俺を見た赤毛の兄ちゃんが問うて来た。
「この子らは、あの二人の子供か?」
思わず「ぷっ」と吹き出した。こみ上げる笑いを堪える。
まさか、そう来るとは思わなかった。
「お前の弟妹か?」
「ぶはっ」
押さえきれず変な声が出た。
「どうした? 何がおかしい」
「えっと、くくっ、いや、兄ちゃん、かなり良いとこの出だろ」
聞き返せば、赤毛の兄ちゃんはムッとした。
「こんな辺鄙なところを行く怪しい馬車に、外に出られないよう閉じ込められているガキを見てあのおっさんどもの子供とか。そんなこと思う奴がいるとはびっくりだ」
「違うのか? ならこの子供らはなんだ」
ずばり聞かれて笑いが止まる。
なんて言おうか。
そのまま言って怒らないか?
潔癖そうだけど、売られた子供なんて聞いて変な正義感をたぎらせて、成敗とか言って斬りかかってこないよな?
「……えっと、初めに言っとくけどさ。俺はあいつらの仲間じゃないぞ」
首を傾げる兄ちゃん。
「俺はこの馬車の持ち主で、馬車を貸して御者をする仕事をしているんだ。商会の口利きで、たまたまあいつらに雇われて馬車を出しているだけだ」
あ、眉が寄ってきた。
信じてないか?
「馬車の持ち主?」
「親父の形見なんだよ。成人したら行商許可が取れるから、そしたら真っ当な商売をするつもりだ。だから、何を聞いても俺のことは斬りつけたりしないでくれよな。な?」
「……まだ子供、か」
「ああ。あと一ヶ月ほどな」
「ミーニャよりちょっとお兄さん!」
突然声を上げたのは白い美少女。
びっくりした。
「ミーニャ、今はまだ黙っていてくれな」
「そうだった!」
頭を撫でられた美少女は、自分の両手で口を抑えた。
いや、同い年?
黙っていれば賢そうなのに、ものすごく子供っぽい喋り方してたぞ。
「コホンっ お前の件は分かったが、あの子供らは結局なんなんだ?」
話を戻された。
言っても大丈夫……かな?
「あのおっさん二人は、人買いなんだ」
兄ちゃんの眉間にしわがよった。
「この国では人の売り買いは禁じられているはずだ」
その重い声に背筋がヒヤリとした。
兄ちゃんの顔を見たら、強い怒りを滲ませている。
「ましてや、こんな子供ばかりを……」
俺は思わず慌ててしまったよ。
「あっ、あのな、人買いって言ったのは言い過ぎだった。一応、あいつらは村々を回って出稼ぎ人を集めて町で仕事を紹介する職の仲介屋だ。業者として商会に登録もしてあるし──」
「十歳以下の子供を、親元から遠く離して働かせることも禁じているはずだが?」
兄ちゃんの目が灰茶のチビを見た。
いつの間にかこっちを見ていたチビがビクリとする。
「いや、でもさ。五歳になったら税金取られるだろ?」
「……なに?」
兄ちゃんが驚いてる。
「他所者の兄ちゃんは知らないかもだけど、この国じゃ子供が五歳になって家の手伝いができるようになると税金がかかるんだよ」
「は?」
「行商人してた父さんでさえそうだった。村なんかじゃ徴税人をごまかすこともできないし。うるさい奴だと毎年毎年家に上がり込んで人数を数えたり、近所の奴らに嘘がないか聞き回ったり。隠しているのを密告した奴は少しだけ優遇されるんで、村の中までギスギスして──……兄ちゃん?」
なぜか異国の兄ちゃんが頭を抱えてた。
「徴税人は、年ごとに区域を変えるし、三年ごとに請負い資格の申請と審査があるはずだ……」
「そんなの聞いたことねえよ。兄ちゃんの国ではそうなのか?」
いいな。
異国の人の話、聞いてみたい。
が、今はそれどころじゃないな。
「そんなこんなでさ、税金を安くするために余っている奴は奉公に出すんだ。外に働きに出していると税金も衣食住も雇い主負担になるからな」
「……確かに、この国には人頭税があるがそれは成人のみにだ。五歳など、ありえない。家族が多ければ減額や怪我や病気の際には免除もあるはず」
「ねえよ、そんなの」
そんなのあったら、給料のいらない身内の働き手を売らねえよ。
なんだかぐったりして、大きなため息をついた赤毛の兄ちゃん。白い美少女が気遣って頭を撫でてる。仲良いな。
まったく危機感を感じない。
俺は呆れて、ため息まじりに言ってやった。
「あのな、兄ちゃんたち。今一番危険なのは兄ちゃんたちだってわかってる?」
赤毛の兄ちゃんも白い美少女も、顔を上げて俺を見た。
のんきだなぁ。
他人の心配してる場合じゃないのに。
「兄ちゃんたち、人買いの馬車に乗ってんだよ。異国から来た兄ちゃんたちは知らねえかもだけど、この国じゃ白い髪の女の子はものすごい価値があるんだ。あいつら、その娘を売っ払うつもりだよ」
意を決して教えてやったのに、兄ちゃんはそんなことかというように息を吐いて笑った。
「それは知っている。だから目立たず王都へ向かうための馬車が欲しくてな」
は?
「見るからに悪党が欲丸出しで騙してきたから、返り討ちにして馬車を奪おうと考えていたんだ」
はあっ!?
異国の貴人。
お人好しな旅人。
なんて思っていたのに、実は強盗って。
一番危機的なのは、やっぱり俺だった。