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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
18/31

◉【18・市場で布を買う(デラ)】◉


「着いたぞ。どれにする、デラ」


 迷っているうちに、あっという間に市場の入り口手前まで戻ってしまったわ。

 目の前には色とりどりのきれいな布。それと、お客さんも数人。

 さっきの商店街ほどではないけど、きれいにしている女の人たちを見てつい足を止めてしまう。

 そこに、お店から男の人が出てなぜかあたしたちをにらんだ。


「汚い手で触んなよ、うちの品はお前らみたいなのが手にとっていいもんじゃないぞ。金は持ってんのか?」


 吐き捨てるような口調に身を竦めてしまったわ。けど、ベイルさんはにっこり。


「主人の使いで買い物なので、お金はありますよ」


 お店の店主らしいその男の人は「へえ」とあやしそうにベイルさんを見るけど、ベイルさんはちょいちょいと手を振って店主をこっちに呼ぶ。店主さんはさらに眉を寄せた。


「ちょっとね。ここの品の仕入れ先について聞きたいんだけど、大きな声で言っていいのか?」

「んなっ!?」


 驚いた店主さんは、すぐにベイルさんに駆け寄り少し離れた場所に引っ張るように連れて行った。あたしもロームもおろおろ見ていたら店主が少し大きな声をあげたわ。


「くそっ、同業者かよっ」

「いや、親と行商してた時、似たような仕入れをしてたから分かっただけだ」

「それ、言うなよ!」

「俺は普通に買い物したいだけだ」

「くっ 売値は俺が決めた通りだ。負けんぞ」

「それでいいよ」

「……チッ」


 なんだろう。

 ちょっと不安になるようなやりとりだわ。

 他のお客さんにも聞こえたのか、ひそひそしてる。その様子を見たベイルさんは、また人の良さそうな笑顔になってあたしたちの方へ戻ってきたわ。


「心配するな、仕入れ先は真っ当なところだぞ。単に同業者対策で秘密なだけだ。客目線で見ればむしろ、後々値が上がるような掘り出し物があるかもなんだぞ」


 なんて言うものだから、ひそひそしてたお客さんたちのざわめきがさっきとは違う感じになって布を見比べはじめたわ。店主もその様子に目をぱちくり。


「それで、デラはどれを選ぶんだ? ロームは?」


 急に話を振られたロームはビクッとして首を振る。


「ぼく、よくわからない」

「まあ、そうかもな。なら、ロームの分もデラに選んでもらおう。ついでだから俺の分も頼む」

「え、あの……」

「何を選んでもいいけど、あのお二方の従者としてそばにいておかしくないものを選んでくれよな」


 ウィリさんとミーニャさんの従者として。


 そう言われた途端、お二人のそばに立つ自分たちの姿が頭に浮かんだ。

 今のボロボロの服のあたしたちではそぐわない。でも、華やかで色とりどりの服を着たとしても……なんだか違う気がする。


 ミーニャさんの真っ白なきれいな服。

 ウィリさんの深い黒の品のある服。


 あたしは改めて、並んでいる布を見渡す。


「白は……ないのかな」


 と、吐息まじりに声が出てしまった。

 それを聞いたベイルさんが、なぜかにっと笑った。


「白がいいのか? お前、白色が好きだったのか」

「い、いえ、でも、ミーニャさんのそばにいるならその方がいい気がして……」


 なんだかうまく言えない。でも、そんなあたしを見てベイルさんはさらに笑う。うれしそう?


「店主、白い布はあるか?」

「そこにあるだろ」


 ぶっきらぼうに店主が指差したのは布が並んだ台の隅っこ。

 そこにいくつか積んであるのは、白っぽいけど荒い生地でシミがあったり黄色っぽかったりしてきれいじゃない。


「こんなじゃなくって、もっと真っ白で質の良いのはないのか?」

「……あるが、真っ白の価値もわかってるんだろうな」

「知ってるさ。見せてくれよ」

「チッ」


 舌打ちしながらも、店主はお店の奥に入り真っ白な布を持ってきてくれたわ。お客さんたちは「わあっ」と声をあげるけど、あたしはミーニャさんの白い服や布を見てたからそこまですごいとは思わなかった。でも、高いものなのね。

 あたしはチラッとベイルさんを見る。


「いい品じゃないか、よく仕入れられたな。デラ、これでいいな?」

「は、はい……でも」


 お金が足りるの? 

 とは聞きづらい。


「ロームの分はどうする? 一緒でいいか?」

「お金、足りますか?」

「子供二人分ならいけるだろう」

「なら……」


 ロームはまだ小さいから、私と一緒に頼まれごとをすることが多いんじゃないかな。これまでもそうだったし。だったらあたしと一緒にミーニャさんに合わせておく方がいい。


「じゃあこれにしよう。で、俺は?」


 ベイルさんはウィリさんに同行することが多くなりそう。商店街でもそうだったし、いつも御者台に座って難しい話してるし。

 でも、同じ黒はどうなのかな。


 あたしは品台の上の布を見渡し、そのひとつを指差す。


「これはどうですか?」


 それは灰色がかった紺色でベイルさんの歳では渋すぎる気もするけど、ウィリさんと一緒に大人と話をするなら大人っぽい方がいい気がする。


「へえ、いいもの選ぶな」


 ニヤニヤ笑って店主を見るベイルさん。

 えっと、何か訳ありの布なのかな?


「それにしよう。店主、こっちはがっつり負けてくれ」

「お前なあ……まあいいか。白い布は負けんぞ」

「ああ。ちなみに予算はこれだ」

「はあ!?」


 ベイルさんはお金を手のひらに乗せて見せている。

 やっぱり足りない?


「値段はあんたが決めるんだろ? なんか客が増えてきてるし、そっちの相手をした方がいいんじゃないのか?」


 そういえばお客さんが増えている。

 市場の入り口に近いところだし、ベイルさんと店主の言い合いに耳を傾けている人が足を止めているせいかな。ぼそぼそ聞こえる声は「掘り出し物を置いてるってよ」とか「品もいいってな」とか「いい品が安いなら見ていくか」とか。


「くっそう、いいよそれで。持ってけ!」

「ありがとう」


 店主はさっさと決めた布をベイルさんに渡して他のお客さんの対応をしはじめたわ。人が集まり始めると、それを見てまた人が足を止める。


「行くか」

「……はい」


 あたしは答えて、ロームもうなずく。

 布を受け取り歩き出すあたしたち。馬車のある広場へ向かいつつ、いろいろ聞きたいことを聞くかどうか迷っていると、ベイルさんから話しかけてきた。


「デラが思った以上に賢くて、驚いた」

「へ?」


 変な声が出てしまった。

 ベイルさんが「ははっ」と笑う。


「自分の好みを通すより、主人との釣り合いを考えて布選びをしたろ?」

「それは、ベイルさんがそう言ったから」

「あれだけの言葉で理解して、できる女の子はほとんどいないと思うけどな。服選びとかも姉ちゃんに教わったのか? 前に読み書きを教わったって言ってたろ」

「はい」


 お姉ちゃんは村長さんのところで働いていて、気が効くとか趣味がいいとかで気に入られて、他の愛人がみんな追い出されたのにお姉ちゃんだけ置いてもらえることになったんだって。だから奥様に気に入られる方法なんかも色々聞いてた。

 ミーニャさんは村長の奥様とは違うけど。

 

「あたしは、ベイルさんに驚きました。お買い物上手で、なんでも知ってて」


 つい、スルッと言ったらベイルさんはまた笑ったわ。


「俺も親に教えられたことを応用してるだけだよ。染物屋で見習いの手習い品や失敗作を格安で手に入れて他所で売る、なんて。行商仲間ではたまにあったし」

「ええっ!? 失敗作!?」


 思わず声を上げてしまったら、ベイルさんは指を口元に当てて「しーっ」て言ったわ。


「そ、そんな風には見えませんでした。色も柄もとてもきれいでしたし」

「そりゃ真面目な見習いが真剣に練習したものならいいものにもなるさ。でも練習用の布を使ってるから生地が良くない。出来はいいのに生地が安物だから見習いの手習いだって、知ってる奴が見ればすぐわかるんだ。ついでに言えば、俺用に選んだ布はたぶん変色してあの色になったんだ。安い割に生地はいいものだったし」


 しれっと言ってのけるベイルさん。

 そんなことを一目でわかるのは、やっぱりすごいんじゃないのかな。行商人の子供だとみんなできることなの?


「心配しなくても、その白いのはいいやつだ。真っ白ってのはごまかしが効かないからいい物は本当に高くなる。まあ、さっき買ったのは庶民向けの物としてはいいやつ、だけどな」


 思わず「ほぅ」と息をついてしまったわ。

 感心して。

 でも、それをため息と思ったのか、ベイルさんは少し困った顔をした。


「なあ、デラ。手習い品だろうと失敗作だろうと布は布だ。仕立てられ方次第でどんなものにでもなる。きれいな服にも雑巾にもな」

 

 雑巾……


「それは本当に最後の最後でしょ? もったいないです。もっと安い布だっていきなり雑巾になんかしませんよ」


 なんて、普通のことを言っただけなのにベイルさんは吹き出すように笑ったわ。


「わかってるじゃないか」


 なにが?


「まあ、それはそれとして。布が服になるのはまだまだ先だろうし、それまでは今の服のままだからな。せめてきちんと洗濯して、体も洗ってできるだけ身綺麗にしないとな」

「そういえば、石鹸を買っていましたね」

「いるだろ?」

「はい」


 話が変わってしまったけれど、身綺麗にするのはいいなと思ってうなずいていたら横から「ええ……」と泣きそうな声が。


「ローム?」

「なんだ、ロームは風呂が嫌いか?」

「うう、洗わなきゃダメ?」

「新しい服を着せてもらうんだから、どのみちきれいにしなきゃダメよ」

「ふぇ……」


 困ったように頭を抑えるロームに、あたしもベイルさんもちょっと笑った。


 そうして歩いているうちに、馬車のある広場まで戻っていた。

 その頃には、不思議と他人の目が怖く無くなっていたの。

 なぜかしら? と思い起こせば、ベイルさんの言葉のおかげと気がついた。


 安物でも失敗作でも、いくらでも価値がある。何にでもなれるって。

 なんとなく、心に染みていることに気がついたの。


 ベイルさんはやっぱりすごい人だわ。

 でも、励まし方が遠回しすぎて、効果はあっても理由に気がつくのが遅れてしまう。

 すごいけど、不器用なところもあるみたい。

 



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