表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
17/31

◉【17・市場で買い物(デラ)】◉



「では、行ってきます」


 ベイルさんの挨拶に合わせ、あたしとロームも「行ってきます」と声をかけて市場に向かいました。馬車の御者台にはウィリさんがいて、ミーニャさんは馬車の中から手を振ってくれています。

 馬車の広場にも人がいっぱいいるので、あたしはかぶった古布をきゅっと手で引き深めにかぶりロームと並んでベイルさんの後ろをついていく。


 やっぱり他人(ひと)の目が怖い。

 ついさっき、綺麗な服を着たお嬢さんが笑いながら言っていた言葉が頭を過ぎる。「ボロを纏った貧乏人」「顔を隠すとは余程の醜女」「町に不似合い、出ていけ」など、ひそひそ言われた。


 失敗だと、安物になったと怒鳴る父さんの声まで聞こえてきそう……

 

「ここから市場に入るぞ。デラとロームは手を繋いでついて来な」


 ベイルさんに言われ、慌てて顔を上げる。

 いつの間にか市場の前まで来ていたわ。

 そこには大きな木でできた門があって、ずっと奥までいくつもの店が並んで立っていた。見た目は谷の村近くの町に月に二度立つ市場と同じ、四方に柱を立てて丈夫な布や板で簡単な屋根を作ったお店。でもその数も置かれている品もまるで違う。

 ロームが「わぁ」と驚きの声をあげたわ。あたしも声が出そうになった。

 こんな大きな市場は初めてだもの。

 けれど、ベイルさんは特になんの感動もないのかスタスタと市場の通路に入っていく。

 人の多さに尻込みしていると、ロームが手を繋いで引いてくれた。


「行こう、デラお姉ちゃん」


 お姉ちゃん……


 そう呼ばれて、うなずいてあたしもベイルさんに続いて市場へ入った。

 人目は怖いけど、やっぱり市場はドキドキする。


 ミーニャさんは好きな布、選んでいいって言ってくれた。


 高い値がつくかわいい娘はいい服を着せてもらっておいしいものを食べられて幸せになる。と、父さんは言っていたわ。でも顔に大きな怪我をして捨てるものみたいに安く売られたから、もうダメなんだって思っていた。


 少しお店を見回せば、入り口近くにはきれいな布を置いている店があるのが見えた。

 けれど、ベイルさんはそれをチラッと見ただけで市場の奥へと歩いていくわ。

 どうしてかしら。

 ここでは布を買わないの?


 遅れないよう、あたしはロームと手を繋いでついていく。

 前を歩くベイルさんは時々右に左に首を振り、サッと店を見るだけで足は緩めず真っ直ぐ市場の端まで抜けてしまったの。そこから元来た道を戻りながら店に寄って、ろくに見比べることもなくお買い物を始めたわ。

 あたしはびっくりして、声をかける。


「ベイルさん、ちゃんと比べていいものを買うんじゃないんですか?」

「さっき歩きながら見比べた」


 思わず首を傾げたわ。

 けど、ベイルさんは気にすることなく金物屋のおじさんに話しかけた。


「親父さん、この鍋を大中小と一揃えくれ。まとめて買うから少し値引きしてくれよ」

「おお、兄ちゃんいい目利きしてるな。こいつは上物だぞ。負けてやりたいけどこいつはこれで底値なんだ。悪いな」

「わかった、じゃあそれでいい」

「ええっ!?」


 もっと食い下がって値引きしてもらわないの? 父さんはいつもそうしてたわ。お店の人といつもケンカして、時間をかけて買い物してた。


「あのなあ、デラ。主人を待たせての買い物なんだから時間はかけていられないんだ。他にも買うものはあるしな。それに、ざっと他の店も見たけど、鍋の品質はこの店が一番良かった。それでこの値段なら本当に底値なんだ。これでいい」


 そ、そうなの?

 チラッとしか見てないようだったのに、ベイルさんはそこまで見てこの店を選んでいたなんて。

 金物屋のおじさんは豪快に笑った。


「はははっ 兄ちゃん、他にも何か買うのかい?」

「ああ。食器と調味料と食材、石鹸とかの日用品と、金具や工具もいるな。それと服を仕立てるための布と──」

「調味料なら市場の真ん中あたりにある緑の屋根の店に行きな。そこの婆さんにうちで買った鍋を見せたら色々おまけしてくれるぜ」

「へえ、身内か?」

「この鍋作った奴の母ちゃんがやってんだ」

「なら行ってみよう。ありがとう」

「おうよ」


 お鍋は値切れなかったけど、調味料は気のいいおばあさんが色々とおまけしてくれたわ。その後も、おばあさんの知り合いの店で小麦粉を安く買えたり、そこからパンの美味しい店を教えてもらったり。中には紹介されても行かない店もあったわ。そこはベイルさんの感覚ではいまいちな店だったようよ。


 そんな感じで、あっという間にほとんどの買い物を済ませてしまったわ。

 すごいわ。

 ベイルさんがこんなにすごい人だったなんて。

 初めて見たときはひどくやる気のない暗い人だと思ったわ。人買いの仲間で怖い人とも思っていたし、あたしやロームが馬車に押し込められて泣いていても何の感情も見せなかったから冷たい人とも思ってた。


 今の姿が本当の姿なのかな。


 ウィリさんたちと旅をするようになってから、暗い顔をしなくなった。ああ、古い馬車の残骸を燃やしたときは泣いていたわね。でも、悲しくて泣いているような感じじゃなかった気がする。

 あれはどんな気持ちだったのかしら──


「なんだ? じーっと見られても、それじゃわからんぞ。何かいるものがあったか?」


 しまったわ。

 考えているうちに顔を覗き込んでしまっていたわ。


「い、いえ、その。お買い物が上手、なんですね」

「そうか? こんなもんだろ」


 しれっと言うベイルさん。

 あたしは大きな市場での買い物なんて知らないから、そんなものなの?


「あとは布だけだ。あれは市場の入り口近くにあった店がいいな」

「あ、ありましたね。いろんな色の布が飾ってあってきれいでした」


 入り口近くのあの店ね。その店は他の店より広い場所をとっていて、市場にある布の店の中では一番目立っていたわ。やっぱりあそこで布を買うのね。


 ベイルさんは背負い籠をひとつ買って重い荷物を入れて背負い、重すぎないものをロームにいくつか持たせているわ。あたしは布を持つ係だそうよ。


「布の見立てはデラに任せる」

「えっ!?」

「もちろん、値段や質は俺も見るがな。ミーニャさんはデラが選んでいいと言ったろ?」


 あたしが選んでいいんだ……


 ミーニャさんがああ言ってくれたけど、やっぱりベイルさんが選んで買うんじゃないかと思ってた。

 選ばせてもらえるなんて。

 どんな色がいいかな。

 絵の書かれたものもあるのかな。鳥とかお花とか。

 お値段はやっぱり高いのかな。安くて良いものがあればいいけど。


 考えていると、久しぶりに心がふわふわと暖かくなってきたわ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ