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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
16/31

○【16・服】○


 店を出てすぐ、ウィリさんが小声で言った。


「これで、王都まで足りるか?」


 ウィリさんの手には銀貨十枚が入った小さな袋。それを見つつ俺は答えた。


「そうですね……宿はあまり取れないでしょうけど必要なものを買い足して、多少自給自足で食料を得られれば十分でしょう」


 銀貨五枚と言われた時は焦ったけど、十枚あればけっこうな額だ。

 王都までの道と寄る村や町、宿などを考えながらそう答える。自給自足分が大きいけど、ウィリさんたちならなんとかなるだろう。

 

「なら、よかった」

 

 あれ?

 良かったと言いつつも、なんかウィリさんの顔が暗い。落ち込んでるみたい。そりゃあの異国の金貨の価値を思えば少ないけど、正体を明かさず高価なものを買い取らせるのなら悪い交渉ではなかったと思う。

 むしろ、ブランシュレの大商会に知り合いがいるなんて、すごいよな。

 そんなことを考えながら御者台の横まで戻って来た時、ウィリさんが「ん?」と首を捻った。


「デラはどうした?」

 

 見ると、御者台にはロームしかいない。帰ってきた俺たちを見て、馬車の中と俺たちをオドオドと見ながら首を振っている。

 そこに、馬車の中からそっと顔を出すミーニャさん。


「ウィリ、おかえり」

「ただいま。何かあったか?」


 問われて、ミーニャさんは振り返って馬車の中を見る。

 俺たちも御者台に登って馬車の中を見たら、デラが頭にかぶっている布をギュッと掴んで顔を隠して蹲っていた。泣いてるみたいだ。


「あ、あの……」


 ロームが俺の服の裾を引っ張って、おずおずと留守中のことを言う。


「馬車の横を歩いていた女の子がデラを見て、いじわる言って笑ったんだ。それでデラが泣き出して……」


 ああ、なるほど。

 俺が美術商の店で嫌な顔をされたのと同じだな。

 貧しい服を着てぼろ布をかぶっている女の子を、金持ちの娘が嘲笑ったと。

 御者台から辺りを見渡すと、そぞろ歩く人たちが見える。高級店が並ぶ筋だからな。皆がきれいな服を着て笑っているよ。

 馬車は新品だけど、俺とデラ、ロームの服装はこの場にはそぐわない。下働きとしてもちょっとひどいものだからな。 


「とりあえず、馬車を出します。さっきの広場に戻って話しましょう」

「ああ」


 俺は馬車を広場に向けて走らせた。

 広場に馬車を止めて、今度は市場まで買い物に行く。市場は馬車では入れないからな。

 馬車の中ではミーニャさんとロームがデラを慰めている。

 俺は、どうしたものかと困っているウィリさんに話しかけて、買ってくるものについて色々まとめた。

 鍋と食器をいくつかと食材と調味料、卵と砂糖とミルクも頼まれた。しっかり覚えておく。


「他にも旅に必要なものがあれば買っておいてくれ。ベイルの判断に任せる」

「わかりました」

「それと……お前たちの服を新調することはできるか?」


 その言葉に、デラがパッと顔を上げた。

 ミーニャさんもこっちを見て目を輝かす。

 

「金が足りんか?」

「まあ、ウィリさんたちの従者として最低限の見栄えを考えたら……」


 古着だとしても銀貨数枚は行っちまいそうだ。この先の旅を思えば、俺たちのことで散財させるのはなぁ、と考えていたらミーニャさんがサッと手をあげた。


「みんなの服、ミーニャが縫う!」


 ……え?


「なるほど。布だけの方が安く手に入るのではないか?」

「え、ええ、そりゃ……」

「型は俺やミーニャが着ているものと似たものになるが、同郷の主従のようでおもしろいと思わないか」


 それは……いいかもな。


「そうですね。美術商でのやりとりやデラが泣かされた理由を考えても、ウィリさんとミーニャさんの従者として一緒にいるのに釣り合った格好はした方がいいでしょう。見るからに貧乏人が従者じゃウィリさんたちの沽券に関わりますから」


 ウィリさんがうなずいた。


「でも、問題がないわけじゃないですよ」

「問題?」

「いい服を着た子供ばかりで旅なんかしてたら、悪党に狙われやすくなります」


 あ、ウィリさんがムッとした。

 ウィリさんを子供側に入れちゃったように聞こえたか。


「すみません。ウィリさんが成人だってことはわかりますけど、やっぱり若いですし……あの、歳を聞いてもいいですか?」

「十七歳だ」


 答えてくれないかと思ったけど答えてくれたよ。

 そうか。十七歳か。三つ年上なのか。いや、もうすぐ二つだ。


「イーク領での峠越えの時のような問題が起こる、か」

「まあ、そうです」

「俺らが古い服を着たところで意味はないな」

「そりゃそうです。貧しそうな子供の集団なら、もっとたちの悪いのに狙われます」

「たちの悪い?」

「親に金を払わず売り飛ばせる商品が欲しい人買いとか」


 ウィリさんの目つきがキツくなった。

 デラとロームまでビクッと身を震わせた。二人にしてみれば俺は人買いの御者をしてたから、今でも多少の怯えが出てしまうのかもしれない。

 俺は軽く手を振って否定する。


「いや、俺はそんなのに手を貸してないですよ? 人買いに馬車を提供してましたが、俺はあくまで雇われ御者で──」

「それは、わかっている。ベイルのことではない。そのような輩がこの国に横行していることが嘆かわしいのだ」


 と、大きく息をつくウィリさん。

 頭を抱えて悩まなくても、それこそウィリさんのせいでもないんだし。


「えっと、変なこと言ってたらすみません。余裕があるなら、護衛を雇えれば済む話なんですけどね」


 大人の護衛がいれば服装問題関係なく、普通に安心して旅ができる。


「護衛……か」


 が、その提案にウィリさんの表情がこれまでにないほど曇った。


「いっ、いえいえいえっ、嫌ならいいんです。どの道、信用できる護衛を探すのも骨が折れますし」


 ミーニャさんがいるからな。

 白い髪の美少女を貴族だの金持ちにだの売れば、護衛で稼げる給金なんて目じゃないほど儲かるし。まっとうな人が欲を掻いて悪人になるなんてよくあること。

 ウィリさんも少し考えて、ため息。


「いざとなれば、俺もミーニャも戦える。以前襲って来た人買いの手下くらいならなんとでもなる。とりあえず、服は整えておく方がいい。なにより、ミーニャがそうしたいなら服をあつらえ揃えたい」

「わかりました」


 服を作ってもらうことは決定した。


 そんな話をしている間に広場に到着。

 市場もここからならそれほど遠くない。


「ウィリさんも行きますか?」

「いや、今度は俺が馬車の番をする」


 そう言ってミーニャさんに目を向けた。

 ミーニャさんはやはり留守番。市場は人が多いからな。

 美術商ではウィリさんが出向かなければ話にならなかったから仕方がなかったけど、市場なら俺が行けばいい。

 ウィリさんはミーニャさんのそばにいてあげたいんだろうな。

 俺はひとつうなずいて、デラとロームに声をかけた。


「デラ、ローム、一緒に来てくれ」

「えっ!?」

「は、はいっ」


 及び腰になるデラと、少し緊張しつつも市場に好奇心を見せるローム。

 俺はちょっと苦笑する。


「市場には俺たちぐらいの服装のやつなんかいくらでもいる。むしろ目立たないから安心しろ。けど、人が多いから周りに気を取られすぎてはぐれるなよ」


 ロームは嬉しそうに目を輝かせたが、デラはうつむいて被った布をぎゅっと握る。

 と、その時。

 馬車の中からミーニャさんの声が。


「デラ、好きな布えらんでいいよー」


 その言葉に、デラが顔を上げた。

 ……どうやら行く気になったようだ。




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