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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
15/31

○【15・老舗の美術商】○



 俺たちは、店の脇に止めた馬車を回って店の正面へ。

 古いけどなかなかに趣のある建物で、玄関は階段を五段ほど上がったところにある。俺が先に上がって扉を開けた。まあ、従者だし。

 扉を開けるとベルが鳴る。

 思ったより広々とした店には絵画や壺やなんかの像、たぶん美術品の類いが品よく並んでいた。その奥に帳場があり、その向こうの作業台で何かの作業をしていた中年男が俺を見て睨んだ。

 

「ここは貧乏人が来るところじゃないぞ」


 嫌なおっさんだ。

 同じように帳場の向こうで作業をしていた男が二人、こっちを見た。なんだかそろって嫌な感じだけど、俺が貧乏くさい格好をしているからそれはそれで仕方ない。

 俺はあえてうやうやしく横へ移動し、ウィリさんを招き入れて礼をする。

 見よう見まねの従者っぽい動きをしてみた。

 そこで、ウィリさんが店に入る。

 

「ここは老舗の美術商と聞いてきたが、間違いないか?」


 憮然とした言い方にムッとしたおっさん。けれど、おっさんはすぐにウィリさんが着ている服が上物とわかったようだ。視線が上下し、たたずまいや腰に下げた剣にも行った様子。

 そうして、手揉みにっこり。


「これは失礼しました。本日はどのようなご用件で?」


 その変わり身の早さにウィリさんが少し引いたのがわかった。けど、すぐに気を取り直しておっさんを見据えた。


「俺は旅の者だが、この店がラクナル領都でも老舗で目利に定評があると聞いてやって来た。その情報に偽りはないか?」

「もちろんですとも。我が店にそろう品はどれも逸品。店頭に希望のものがなければ奥の倉庫にもあらゆるものが揃っております。もちろん、見立てをお望みでしたらどのようなものでもご相談に乗ります」


 満面の笑みでおっさんは答える。

 ウィリさんはそれにうなずき、懐から布に包んだコバンを取り出し帳場の台に置いた。丁寧に布を開いてそれを見せる。

 このおっさんに見せて大丈夫かな? と思ったけど、おっさんはコバンを見て目を見開いた。

 即座に片眼鏡を掛け手袋をしたおっさん。


「手にとってもよろしいですかな?」

「ああ」


 わざわざ聞いてから、それはもう丁寧に小判を手に取り表も裏もじっくり見たあと、角度を変えてさらにじっくり。


「これは、金ですな」

「ああ」

「質も良い、絵柄も美しい。見たことのない形ですが、装飾品と言うには飾ることを前提の作りではない。貨幣のように使うものとしても、通常の金貨とは随分違いますな」

「ああ、そうだ。ロゼロットとは国交のない遠い国の金貨だ。両替商よりこちらのような店に持ち込む方が価値を見出してくれるだろうと判断した」

「ほほう……」


 おっさんの目がギラリと輝く。

 なんか空気がピリッとしたぞ。


「つまり、これを買い取って欲しいと?」

「そうだ」


 空気だけがピリリとしたまま簡潔な会話をするウィリさんとおっさん。

 少し睨み合った後、おっさんが言う。


「銀貨五枚でどうでしょう」


 は?

 少なすぎる。

 ロゼロット金貨一枚はロゼロット銀貨十枚分。

 コバンは大きさだけでもロゼロット金貨の倍はあるし細工も綺麗で、おっさん自身も息を飲むほど見入ってたのに。いまだに手に持ったまま離さないし。

 そんなおっさんに、ウィリさんは懐から手紙の入った封筒を出し帳場台に置いた。


「これは…………っ!?」


 訝しんだおっさん。書かれている宛名を見て驚いた。

 俺もそっとそれを見る。


『ブランシュレ領・レドス商会 鑑定士セドアス殿へ』


 レドス商会は知ってる。

 有名だからね。

 傍位領地ブランシュレはロゼロット王国の国交の窓口で交易の拠点。その領主の親族が運営する大商会、それがレドス商会だ。

 俺ん家みたいな行商人が関わることなんか全くない大商会だけど、名前だけはよく耳にした。大位領地以上の領地には支店があるからな。もちろん王都にもある。

 で。

 その本店の鑑定士宛の手紙を、どうしてウィリさんが出したのか。 


「この店はレドス商会と取引はあるか?」

「…………いえ」


 中位領地だもんな、ラクナル領は。支店はない。


「ならば、その書状と異国の金貨を持ってセドアスを訪ねてみろ。伝手があれば縁も結べよう。良縁となれるかはお前次第だが」


 クワッ、と目を見開いたおっさん。


「あ、あの、貴方様のお名前を伺っても、よろしいですか?」


 なんかおっさん、震え出した。

 ウィリさんは答えない。


「では、旅の目的などは──」


 ウィリさんは答えない。

 答えずに、別の話を口にする。


「異国の金貨はまだ数枚ある。いずれ王都に着けば、レドスの支店にも持ち込むつもりだ」


 おお。それをされたら、買い取っても買い取らなくてもラクナルの老舗美術商が価値のある品を二束三文と鑑定したことを国一番の大商会に知られることになるな。

 さて、どうする? おっさん。


「……で、でしたら、ロゼロット金貨一枚でどうでしょう」

「ほう、値を上げてくれるか。できれば銀貨で欲しいのだが」

「おっしゃる通りに」


 おっさんが従業員に指示。従業員たちは慌てて動き出す。


 銀貨十枚か。

 あの異国の金貨の価値としては物足りない気もするけど、金貨一枚と金貨一枚を交換という意味では悪くないのかも。両替商でそれだと結局手数料取られて銀貨九枚がいいとこだと思うし。老舗の美術商の判断としてはどうなのかとは思うけど、正体のわからない旅人から買い付けるわけだし。慎重になってその値段、という言い訳もできるのかな。


 俺が色々と考えていると、いつの間にかウィリさんが銀貨の入った袋をもらっていた。


「戻るぞ」

「あ、はいっ」


 とりあえず換金できたからまあいいか。

 そうして、俺たちはその店を出た。





◉【ラクナル領・老舗美術商の店にて】◉



 客を見送った途端、店主がへたり込んだ。


「旦那様!」

「なんだったんですか、今の客は?」


 私と、もう一人の従業員が店長を助け起こすと、店主は大きく息をついた。


「わからん。わからんが……」


 と、首を振りながら作業台の椅子にどかっと座った。


「先日、商談で貴族様のお屋敷に呼ばれただろう。あの時、ある噂を聞いた」

「噂?」

「さる王族の血を引く高貴な方が、世直しの旅に出られたと」


 なんだそれは。


「まさか、先ほどの客がそれだというんですか?」

「そんな噂、いくら貴族様から流れてきたものでも怪しすぎるでしょう」

「……だが、今の客は赤い髪に金色の瞳をしておられた。あれはロゼロット王家の血を引くお方の特徴のはずだ」


 そうなのか?

 そういえば、昔語りのお話なんかで聞いたことあるような。王族なんて、王都から遠いラクナルじゃ見る機会もないし話に上がることもないから知らなかった。


「それに、この手紙。レドス商会の鑑定士セドアス様に当ててあるが……その方は、実はブランシュレ領主の御子息だ。つまり、傍系王族の血を引くお方だ」

「んなっ!?」

「王族が鑑定士!?」

「ブランシュレの領主一族は少し変わった方が多いのだ」


 高貴なお血筋の方々は美術品集めが趣味なお人が多い。それが行きすぎて自分で目利きをしたいとなっても不思議はないか?

 いや、店主が聞いた噂通り、さっきの客が世直し旅をする王族ならロゼロットの王族そのものが変わり者が多いとかそんな感じか? 


「どうされます? 旦那様。ブランシュレへ向かわれますか?」

「もちろんだ。これが本物なら、国一番の大商会と顔を繫ぐ良い機会になる」


 旦那様の目がギラギラと輝いた。

 老舗でそれなりの貴族とは付き合いがあっても、所詮は中位領地の一店舗。大商会と取引ができるようになったら、店を大きくしたり大きな領地で商売する機会も出てくるかもしれない。

 夢は膨らむよな。

 まあ、そっちが偽物だったとしても異国の金貨とやらはかなり良いものらしいし損はない。


 本当に王族かどうかは置いといても。

 先ほどの年若い赤髪の青年の顔はしっかり覚えておこう。




次は1日の投稿です。

しばらくは一日置き更新になります。


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