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捨てられ王子と魔獣聖女 〜帰還道中記〜  作者: いわな
第一章 最初の臣下
12/31

○【12・新しい馬車】○


「では、良いのだな?」

「どうぞ。思いきってやっちゃってください」

「はーい」


 わざわざ最後の確認をして、ウィリさんたちは馬車を解体しはじめた。もちろん俺も手伝った。 

 馬車の改装は、改装というよりほぼ作り直しになるようだ。


 改装を決めた時は床板を変える程度を考えていたようだけど、なんせ年季の入ったボロ馬車だ。壁も屋根も柱もボロボロで、よく今まで壊れずにもったと自分でも感心しているくらいだからな。

 良い材木を見つけたことで、車輪や車軸以外がすいっと変えられることになった。


 両親との思い出の詰まった馬車だけど、これからも使っていくためには作り替えてもらえる方がいい。形見はこれだけじゃないんだし。むしろ「馬車が形見」と言ったことを、ウィリさんが気遣ってくれている方が嬉しいよ。

 普通、雇い主は雇い人のことをそこまで大事になんかしてくれないし。


 ちなみに、朝食も美味しいものを出してくれた。モチ粥だってさ。小さく刻んだウサギの肉少しと香りのいい野草と餅を煮込んでトロトロにして、塩で味をつけたもの。なんだか腹が温まってうまかった。


 解体が終わると、ウィリさんはあらかじめ加工しておいた木材を組み立てはじめる。驚いたことに、釘をいっさい使わないという。木材につけた凹凸を組み合わせるのだと。


「釘なしでうまくくっつくんですか? 動かしたらすぐに壊れそうですが」

「俺の腕では確かにな。組み木の馬車はミーニャの妖術でくっつけることになるが、本職の職人はこのやり方で何百年も倒れない大型建築をするらしい。妖術も使わずにな」

「はぇ……」


 なんか想像できないな。

 まあ、俺はウィリさんの手伝いをしながら木を組み立てるだけなんだけど。

 床を張り、柱を立てはじめたところで、ミーニャさんが呪文を唱え出す。


「おうち~おうち~にゃんにゃんちゃんにゃーんっにゃん」


 相変わらず気が抜ける。

 いや、ほんわかすると言えばいいのか?


 でも、起こった現象はほんわかではなかった。

 なぜか木材のつなぎ目にあったわずかな隙が埋まってぴったりとくっついた。床板はぴったり、柱だって押しても叩いてもぐらつかなくなった。

 まるで形を変えて一本の木に戻ったような感覚だ。


「次は壁だ。ローム、デラ、板を運んでくれ」

「「はい」」


 二人は声を揃えて、馬車の周りに置いてあった板を運んでくる。それをウィリさんと俺とで立てていく。壁ができたらまたミーニャさんが呪文。

 壁が完成したところで一度休憩。


 そんな感じで作業と休憩を繰り返し、日が暮れるまでに馬車ができた。


 ……早いよ。


 本当なら、これだけの馬車を作ろうと思えば何日もかかるんじゃないか?

ミーニャさんの妖術、スパスパ切れる剣、それときっちり大きささや形を整えた材木を揃えたウィリさんの技術。なんにせよ、すごい。


 生まれ変わった俺の馬車。

 見た目はほとんど前と同じだけど、窓が跳ね上げ式から溝に沿って横に開く『引き窓』という窓になった。前の跳ね上げ窓に使ってた蝶番はサビサビだったし、予備なんかなかったからな。

 こんな窓もあるんだって感心した。


「時間がかかったが、良い感じにできたな」

「うんっ」

「いや、二日そこらでここまでできるのって早すぎますよ。すごすぎます」

「そうか?」

「おかあさまなら半日もいらないよ」


 ミーニャさんのお母様はベテラン大妖術士ってとこか。


 まあ、それでもウィリさんもミーニャさんも満足そうだ。デラとロームもおもしろそうに馬車の周りを見て回っている。俺も、もうちょっと見ようかな。

 外回りを見て、中も見て、窓を開けて外も見た。外ではウィリさんが夕食の準備をはじめてた。


「うわっ、すみませんっ」


 浮かれすぎた。

 食事はウィリさんが作ってくれても、手伝いも何もせず遊んでいるわけにはいかない。俺があわてたのを見てデラとロームもハッとして、そろって焚火のある場所まで駆け寄った。


「見ていていいんだぞ」

「そんなわけにはいきませんっ」

「魚とってきたー」


 そこへミーニャさんが湖側から駆け戻る。小脇に魚を抱えてる。湖で獲ってきたんだな。釣りにしては早すぎるし、手掴みしてきたにしては水に濡れている様子はない。まあ、ミーニャさんだしな……


「夕食は魚だ。焼き上がるまで時間がいるし、馬車から出していた荷物を運び込んでおいてくれ」

「は、はいっ」


 うっかりしてた。

 ぼんやり馬車を見てるより荷運びをするべきだったな。

 俺はデラとロームにも手伝ってもらって荷運びをした。荷物を収めると更に元の馬車の感じと同じになった。うーん。せっかくだから木箱もきれいにして置き方ももっといい感じにしたいな。まあ、そんなのは先でいいけど。


 そうこうしているうちに、魚の焼けるいい匂いが漂いだした。


「焼けたぞ」


 と、ウィリさんに呼ばれて焚き火のまわりへ。

 串に刺さった焼き魚、同じく串に刺さったキノコと灰の下からは硬い殻の木の実がいくつか。

 どれもこれもうまかった。


 食後のお茶は俺が淹れた。

 一息ついた後、ウィリさんが話をはじめた。


「馬車ができたので明日、出発しよう」


 もちろん、みんなでうなずいた。


「この馬車をどうやって作ったかや妖術については、俺が許可するまで絶対に他言するな」


 ウィリさんは強い声でそう言った。

 もちろん、それにも「はい」とうなずく。

 そもそもどうやって作ったかなんて言ったところで、たいていの人は信じないと思う。


「それから……まあ、先のことは後でいいか。ベイル、ミーニャからお前に提案があるそうだ」

「はい?」

 

 ミーニャさんに視線を向けると、ミーニャさんはにぱっと笑った。


「お焚き上げしよう」


 おたきあげ?

 俺が首を傾げていたら、今度はウィリさんが答えてくれる。


「思い入れのあるものを処分するときに炎で清めて感謝する、だったか。ミーニャの養母殿の故郷にある風習だそうだ」


 そう言いながら、元の馬車の残骸に目をやるウィリさん。

 廃材を燃やすってこと?

 焚き火とは違うのか?


「どうする? ベイル」

「燃やすってことですか? いいですよ」


 よくわからないまま承諾したら、ウィリさんもミーニャさんも立ち上がって無造作に積まれた馬車の残骸を綺麗に組み上げはじめた。あわてて俺も手伝った。

 組み上げられた残骸。

 その前にみんなで整列させられる。


 ミーニャさんが目を閉じて掌を合わせる。

 

「にゃんにゃんにゃーむー……」


 と、呪文を唱えたら白い炎がボッとついてびっくりした。妖術で火をつけたのか?

 隣を見れば、ウィリさんもミーニャさんと同じく目を閉じて手を合わせた。


 ああ、お祈りだ。と思った。


 母さんがたまにやっていたっけ。

 感謝とか、心をこめるとか、だっけか。


 やっぱり、ミーニャさんのお母様って俺の母さんと同郷かな。


 母さんは子供の頃に、いつの間にか父さんの村に来てたって言ってた。

 いつの間にか、って。そこは母さん自身もよくわからないそうだ。

 父さんは何か知ってそうだが濁された。

 どちらにせよ貧しい孤児だったには違いないらしいし、ミーニャさんのお母様はすごいお偉いさんっぽいから接点なんかないだろう。おたきあげも知らないし。お偉いさんの風習なのかな。

 聞いてみたいけど、詮索するなとも言われてるしな。


 なんて考えつつぼんやり見てたら、最初は白かった炎は次第に普通の赤い火になる。

 

 母さんは元気で強気で陽気な人だった。貧乏でも教育はできるって、いろいろ教えてくれたんだよな。父さんも感化されたとかで、馬車の扱いも道の覚え方も小さい頃から仕込まれた。父さんは根は真面目だけど時々抜けてて、でも強くて優しくて楽しかった。

 

 思い出したら、涙が出た。


 なんだかな。

 母さんが亡くなってすぐの頃はともかく、大きくなってからは思い出したからって泣いたことなかったのにな。父さんの時もだ。泣いてたらへこたれて生きられなかったし。


 あの馬車は『家』だったんだな。

 最近じゃもう古くなった仕事道具だとしか思ってなかったけど。


 炎を見ていると、両親との思い出がまざまざと蘇る。

 いろんなところを旅したな。冒険好きの父さんはしょっちゅう寄り道して面白いところや絶景の場所へ向かったんだ。母さんはたくさん話をしてくれた。誰も知らない不思議な世界の話もよく聞いた。

 そうそう、春には毎年王都の祭りに参加してみんなではしゃいだな。もう何年も行ってないけど……


 はらはらと、涙だけが落ちていく。


 ウィリさんもミーニャさんも、俺が泣いても何も言わずにいてくれた。

 後悔ではなく、ただの感傷だってわかってくれているのかな。


 俺も手を合わせて、目を閉じつつ心の中で懐かしい馬車と優しい主人との巡り合いに心の底から感謝した。




 翌朝。


「では、出発します」

「ああ」


 みんなが馬車に乗り込んだのを見て、馬を走らせた。

 来る時と同じガタガタの山道なのに、びっくりするほど揺れを感じない。子供らも驚いている。馬の足も軽快だ。


 すぐに元来た道に戻りそのまま北上。

 その日のうちにイーク領を抜けてラクナル領に入ることができた。



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