第七話 my new gear… その2
2025/05/22にて、前話を大幅改修してあります。
よろしければ前話より再読していただけると幸いです。
上記日付以降に読み始めた方は、そのままお進みください。
「はぁ~」
ため息しかでない。今回の収穫はゼロだ。
ボウガンは手元に残っているからいいものの、矢を買う為の金属片を集めるのにまた一階層を木刀とマッチでグルグル回らなければならない。
単純作業の繰り返しのような、単調な一階層の攻略を思うと憂鬱になってしまうのは仕方が無かった。
「あの……」
膝の間に頭をうずめ、丸くなるように階段で蹲っていた谷中に声を掛けてくる人物がいた。
「あぁ?」
「ひっ」
苛ついた心のまま頭を上げれば、そのドスの利いた声に驚いた中年男性が尻もちをつくように三段ほど階段を落ちていった。
「悪い。なんか用かオッサン」
怪我をさせるつもりはなかった谷中は、慌てて立ち上がると近寄って手をさしのべた。
「いえ、わたしが勝手に驚いただけなので」
建築現場の作業員のような恰好をした中年男性は、おどおどした態度で逡巡しながら、のろのろと谷中の手を取った。
その動作の緩慢さにまた苛つく谷中だが、自分が転ばせたという後ろめたさからグッと怒りをこらえて腕を引き、中年男性を立ち上がらせた。
「あの、もしかしてコレは君のだろうか」
そういって男性が差し出してきたのはボウガンの矢だった。
「名前書いてるわけじゃねぇから絶対ぇじゃねぇけど。そこの通路から五十メートルぐらいに落ちてたんなら俺のだな」
「じゃあ、返しますね」
そういって男はボウガンの矢を谷中へ渡してきた。
「…お人好しだな、オッサン」
「わたしの武器はボウガンではないので……。持っていても意味がありませんから」
そういって、背中に背負っていた弓を指差した。
「なにそれ。和弓っての? そんなの回収係んところで売ってた?」
「いえ、これはダンジョン産です。ツルをひくと矢が沸いてくるので便利ですよ。威力は低いんですけどね」
えへへ、と照れたように笑う男は目尻と口の脇に深いしわが浮かびあがる。笑い慣れている人の顔だと谷中は思った。
「オッサン弱そうなのに、ダンジョン産の武器もってんのかよ……」
人が良さそうであっても、ここにいるのは全て犯罪者。心を許してはいけないと、糺に道案内されたときから分かっているはずなのだが、どうしても目の前の気の弱そうな中年男性を警戒する着に慣れず、谷中はつい愚痴をこぼしてしまう。
「三階層にはダンジョン産の武器がでる宝箱があるんですよ」
「はぁ!?」
ぽろっと重要なことをこぼす中年男性に、谷中はまたもやドスの利いた声をあげてしまい、中年男性を怯えさせてしまう。
「ええっと……回収係のメニュー表に地図というのがありませんでしたか?」
「あったけど、クソ高ぇから買ってねぇ」
「あそこに、宝箱の在処と中身が書いてあるんですよ」
「あぁぁぁあっ! クソがぁああああっ」
中年男性の言葉に、谷中は叫びながらその場にしゃがみ込む。またもや、自分が「無くてもなんとかなる」と判断したのが徒になっていたのだ。
「ただ、この階層の宝箱から出てくるダンジョン産の武器はさほど強くありません。聞くところによるとパチンコが出てきた人もいるらしいですし」
ビクビクとしながらも、説明を続けてくれる中年男性。その静かな声にすこし落ち着いた谷中は顔を上げて聞き返した。
「パチンコ?」
そう言ってパチンコ台のハンドルを回すジェスチャーをして見せた。
「いいえ。そっちじゃなくて、こっちです」
そういうと中年男性の方は何かを握る左手とゴムを引く右手のジェスチャーをして見せた。Y字の台座にゴム紐が付けられている玩具の画像が谷中の脳内にうかんだ。
「それは弱そうだな。ところで、地図を写させてくんねぇか」
「え、それはちょっとルール違反かな……」
気弱そうな見た目なくせに、中年はルールはきっちり守るタイプらしく谷中に粘られても地図は写させてくれなかった。代わりにその場で見るだけならと見せてくれたので、谷中は一番近い武器のでる宝箱の位置を暗記した。
谷中は、まだ探索の途中だったという男性と途中まで一緒に行動することになり、その道中で少し身の上話を聞かされることになった。
男は薩摩錦と名乗り、路線バスの運転手をしていたと自己紹介をした。ここに来たのは居眠り運転で信号無視をしてしまい、交差点内で事故を起こしたからだと説明した。
信号を無視したバスはそのまま対向車線の歩道へ乗り上げて横転、下校途中だった小学生などを巻き込んで死傷者が多数でたのだという。
怪我をされた方や死んでしまった方、そのご家族の皆さんに申し訳ないと涙をにじませつつも、もともと過剰労働だった上に急用が出来た同僚の代わりに一日の規定勤務時間を超えての運転中だったということで、自分自身も本当に辛かったのだと語っていた。
「それって、ルール違反になるから俺は勤務変われませんって言うべきだったんじゃねぇの」
周りに流されて仕方なく、職場がブラックだから仕方なく。そんな言い訳されても死んだ人は帰ってこない。谷中は母が一人で自分と妹を育てるのに苦労していたのを見ているだけに、それで片親になった人がいたかもしれないことが気になって仕方が無かった。
「そうですね……。そう言える勇気があのときの私にあれば良かったんですね」
しょんぼりと肩を落とす薩摩は、何故だか谷中の反応にがっかりした様子を見せた。
「お、ここだな」
話も一区切りとなった所で、小部屋らしき入り口へと到着した。特にドアなどは無いが谷中は少し屈まないと入れないぐらい鴨居の低い入り口だった。
「では、わたしは自分の探索をつづけますので」
「ああ、ありがとうな。薩摩のおっちゃん」
小さく手を上げて別れを告げると、谷中はさっさと小部屋へと入っていく。部屋の中は薄暗く、隅の方などは暗くて何があるのかよく見えなかった。部屋の真ん中にぽつんと小さな宝箱が置いてあり、蓋は閉まっていた。
「これか? なんか小せぇなぁ」
中身を開いたら玩具のパチンコが入っていた。そんな嫌な想像が脳裏をめぐるが、頭を思い切り振って嫌な想像を追い出した。すでに何人もの囚人が開けて中身を取り出した実績のある宝箱なので、罠は無い。谷中は躊躇せずパカリとその蓋を開けた。
「……木刀?」
観光地の土産物屋に売っているキーホルダーを思わせる、手のひらサイズの木刀が入っていた。ハズレかと思いながらも宝箱の中に手を突っ込み、取り出してみればそれは手のひらの中でみるみるうちに伸びていき、長さ一メートルほどの普通の木刀へと姿を変えた。
「……ダンジョンってのは、よくわかんねぇことばっかりだな」
不可解な顔をしつつ、谷中はその場で数回木刀を振ってみる。すると、不思議な事に昔から愛用していたかのように手に馴染み、重さや重心の位置などがすごくしっくりとくる感触だった。
「……弾の尽きねぇライフルとかだと良かったんだがなぁ。まぁ、飛び道具ばっかりじゃダメだってわかったばかりだし、しばらくつかってみるか」
傘立てから頂戴した木刀はすでにボコボコで、あちこちささくれ立っていた。ボウガンを手に入れるまで愛用していたのでなんとなく愛着があったため、新たに手に入れたダンジョン産の武器が木刀だったというのにも縁を感じないでもない谷中だった。