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第五話 new my gear…

 谷中がダンジョンに潜り始めてから一週間が経った。

 谷中は、御手洗に騙された事に腹を立てつつも「フォローしてやる」という言葉に半分ほど期待していた。拳銃は無理だとしても、日本刀などのダンジョン探索で役に立ちそうな武器の差し入れがあるんじゃ無いかと待っていたのだ。

 しかし、御手洗やその舎弟が面会に来ることは無く、母と妹から「こちらは元気でやっている。冤罪だって信じている」という手紙が一通来たきりだった。


 最初に手に取った金属バットは、スライム付着による腐食が広がっていき、三日ほどで折れてしまった。それ以降は、傘立てから新たに拝借した木刀を使ってダンジョン探索を行っている。

 そんな谷中のダンジョン攻略の進捗は思わしくなく、まだ最初の石畳の通路をグルグルと回り、スライムと巨大なコウモリばかりを相手にしていた。

 下り階段をいくつか発見し、降りてみた事もあったのだが、牙と角の生えた巨大な猪に遭遇し、巨体が素早く突進してくるのに木刀やサバイバルナイフでは全く対抗できなかったのだ。

 這々の体で最初の階層に戻ってきた谷中は、諦めて新しい武器を手に入れるか、糺の言っていた「特殊能力」が発現するまでは最初の階層をグルグルと回ってコツコツと金属片をためる事にしたのだ。


「なぁおっちゃん。これ、減刑につかわないでプールしておくってできねぇの」

「出来ねぇな」


 その日も一日グルグルと石畳のフロアを回り、数匹のスライムと巨大コウモリを倒した谷中は、カラカラと提出トレイの上に金属片を乗せながら回収係員に話し掛けた。回収係は素っ気なく返答しながらトレイをアクリル板の向こうへと引っ込める。


「俺さぁ、これが欲しいんだけど」


 そう言って、金属片との交換アイテムのメニュー表の中程に指を置いた。置かれた指の下には『ボウガン』と書いてあった。


「スライムとコウモリにも飽きてきたしそろそろ下に行きてぇんだけど。猪マジ足が速ぇし飛び道具欲しいんだよな」


 最初の階層では、一日中グルグル回ったところでボウガンと交換出来るほどの金属片は手に入らない。

 日付が変わると同時にポップする宝箱も二つほど発見しているが、最初のフロアの宝箱の中身はたいした物ではなく、やはりボウガンと交換するには至らなかった。


「三日ぐらいこもったらいいだろ。深く潜ってるヤツは一週間帰ってこないなんてヤツもいるぞ」


 回収係の返答は変わらず、突き放すようなアドバイスだけを投げてきた。


「ちっ」


 舌打ちをして、じゃあマッチを二箱くれと言いながらアクリル板をコツコツと指先で叩く。


「ちっ」


 回収係も舌打ちを返して、金属片をいくつかはじいてマッチ箱を下のスリットから押し出した。


「おや、初めて見る顔ですね」


 マッチ箱を受け取りカウンターの下板を蹴りつけて帰ろうとした谷中は、入れ違いにダンジョン側の扉から入ってきた男に声をかけられて足を止めた。


「あぁん。オッサンだれだ」


 肩を怒らせ、がに股で近づいて下からにらみつけるようにして谷中が誰何した。半グレとして生活していた頃のクセで、なめられないようにと声もワントーン低くドスをきかせている。


「僕は西野と言います。ダンジョン刑が出来てすぐぐらいに入ったから、冒険者歴は結構長いんですよ」


 谷中の脅しとも思える態度にもひるまず、相手はにこやかな表情を崩さないまま自己紹介をしてきた。

 西野と名乗った男は、白髪交じりの頭髪を短く刈り上げ、目尻には鶏の足跡のようなシワができていた。

谷中からすればずいぶんと年上に見えるが、かといって老人という程の年齢にも見えず、年齢不詳と言った感じだったがその顔には見覚えがあった。


「結構前にあった通り魔殺人の犯人……」

「おや、僕も結構な有名人ですね。ここは外界の情報を全然仕入れられないので、君が何の罪で入ってきたかは分かりませんが……そうか、新しく入ってくる人はそれより前に入っている人の罪状を知っている可能性もあるんですね」


 地方観光地の真ん中で無差別通り魔殺人を犯したとして、当時は毎日の様にニュースが流れていたので谷中もその顔を覚えていた。

 しかし、あの時テレビに写されていた集合写真を引き伸ばしたぼやぼやの写真や、パトカーに乗せられて移動中の所を望遠カメラで撮影された陰影の強い写真の印象と比べると、だいぶ温和そうな表情に見えた。


「安心してください。僕もこのダンジョン刑務所で何年も服役しているんです。モンスター相手に自分も死ぬかもしれない生活をして、とても反省しているのですよ。人に危害を加えようなんて、もう思っていません」


 そう言って、部屋の中程まで進んできた西野はズイッと手を伸ばして小さな革袋を突き出してきた。


「良かったら、これを君の手柄としてください。中層フロアの金属片ですからそこそこなレアメタルも含まれています。多分ボウガンぐらいは交換出来ると思いますよ」


 ニコニコと目を細めながら、さらにズイッと押しつけるように革袋を突き出してくる。


「西野さん、あんたまたそんなことして。それじゃあいつまで経ってもあんたの刑期が縮まんないよ」


 横から回収係が口を出してくるが、西野はそちらに対してもニコニコと微笑んだまま、


「僕はね、刑務所の外に出るのが怖いんですよ。また、人混みに紛れたら殺人衝動に襲われてしまうかもしれないって。このダンジョン刑務所は人数の割に敷地は広いですし、ダンジョン内ではあまり人と会いません。いつモンスターに殺されるか分からないという恐怖はありますが、僕は外に出てまた他人を殺してしまうかもしれない方が怖いんですよ」


 と言った。それを聞いた回収係は返事代わりに黙って肩を竦め、自分の仕事へと戻っていった。

 そのやりとりから見るに、西野という男は普段から成果物を人に譲っている事がうかがい知れた。


「遠慮しねぇよ」


 そう言って谷中は革袋を受け取ると、回収係へとそのまま突き出した。


「ボウガンと交換してくれ」

「中身を確認するからトレーにあけてくれ」


 革袋をひっくり返し、成果物回収用のトレーへとざらざらと金属片を出す。中には、谷中が見たこともないような色のモノや、光沢の違う物などが沢山混じっていた。

 トレーごと自分の方へと引っ張り込んだ回収係はそれを仕分け機にざらざらとあけると、レシートの様な内訳明細を手にして電卓を叩く。


「ボウガンと交換出来る分ぐらいはあるな。矢も三十本は付けられる」

「はぁ? 糺のオッサンが使っていたボウガンは矢がいらなかったじゃねぇかよ」

「あれはダンジョン産だからだ。ここで交換できるのは地球産の普通のボウガンだよ」


 回収係のセリフに、苦虫をかみつぶしたような顔で舌を出して見せた谷中はくるりと体を返した。


「西野……さん。ありがとうな。これで明日からは一つ下の階層にいけるぜ」


 回収係への態度とは変わって、素直に頭を下げる谷中の姿に、西野がくすりと笑った。


「お互い頑張りましょうね」


 そう言って西野はそのまま回収部屋を出て行った。回収係への提出をしないということは、今日の稼ぎを全部谷中に渡したということである。


「ボウガンはお前のロッカーに入れておく。おつかれさん」


 回収係にそう言われ、その日は谷中も大人しく収容所の自室へと戻っていった。


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