第四話 誰も信じるな
管理センターまで戻ると、洞窟へ入ってきたのとは別のドアから中へと入るのだと糺に説明される。入れば、立体駐車場の精算所のようになっており、マスクをした係員が待っていた。
「囚人番号五六四番の糺です。本日の成果を提出します」
そう言って、糺は窓口に金属片を三つほど提出した。
谷中もそれをマネして提出すると、係員から声をかけられた。
「この金属片を刑期軽減に使うか? それとも必要な物の購入に充てるか?」
そう言ってメニュー表のようなモノを、強化アクリル板の下にあるスリットから差し出された。
「ダンジョンで武器や防具を手に入れた場合、提出して刑期軽減に充てるか自分で装備するかを選べます。また、金属片はダンジョン攻略に有効と思われるモノと交換することができます」
後ろに立っていた糺が、肩越しにメニュー表をのぞき込んできた。
「一番上にスライム用マッチ、と言うのがありますよね。買っておいた方が良いでしょう」
言われてメニュー表の一番上を見れば、たしかに『スライム用マッチ』という名前が書かれている。スライム一匹を倒して得られる金属片一つで、一箱交換出来るというレートだった。
「もちろん、ごく普通の市販されている葉巻用マッチでしかないので、外のご家族から差し入れして貰えるのであれば、交換する必要はありません」
ダンジョン刑務所はそういうルールなのです。と糺は静かに説明する。
メニュー表を上から下までじっくりと眺めた谷中は、マッチ以外は利用用途が分からない道具ばかりだったので、とりあえずマッチを二箱だけ交換することにした。
「では、残りを減刑にあてるので、合計一分半の減刑だな」
マッチを受け取り、これでスライムのベトベトで汚れなくて済む、と喜んだのも束の間。精算所の係員から告げられた減刑数の少なさに、谷中はがっくりと肩を落としたのだった。
管理センターの外、自動ドアの前で糺は一旦足を止め、後ろに付いてきていた谷中を振り返った。
「いかがでしたか?」
「スライムとか、でけぇコウモリとか、開けても翌日には復活してる宝箱とか……マジで分けわかんねぇ事ばっかだったんで、助かったぜ。刑務所の中なのに、あんたみたいな良い人もいるんだな」
谷中はそう言って糺に手を差し伸べた。握手をして今後もよろしく頼むと言おうとしたのだ。
しかし、糺は今度こそ分かるように鼻で笑った。
「私は、信じてはいけません。と言いました」
「?」
糺は、ダンジョン内ですれ違った気安い囚人達に対して確かに「信じてはいけない」と言っていた。しかし、それはあいつらを信じるなっていうことではなかったのか? 谷中は首をひねる。
「このダンジョン刑務所では、より多くの秘宝やレアメタルを国庫に入れる為、他の刑務所とは違うルールがいくつもあります」
いつまでも糺に取って貰えない手を、谷中は仕方なく引っ込めた。
「囚人のやる気を出すために、ダンジョン内で得る秘宝やレアメタルの提出以外にも刑期を軽減出来る方法があるのです」
未到達区域への一番乗り、隠し部屋の発見、罠の解除方法の共有……糺は指を折りながら軽減方法について列挙していく。
「そして、『新人へのレクチャー』ですが」
糺がニヤリと笑った。ここまでに見てきた苦笑や小馬鹿にするような鼻で笑った顔とは違う。
裁判所で、母と妹を心配するフリをしていた御手洗の最後の笑顔にも似た、邪悪な笑顔だった。
「最低で三ヶ月です。これは、フロアボス討伐級の減刑です」
「……ただの親切じゃ無かったってことかよ」
すれ違った囚人達の「沢山教えて貰え」というからかいの言葉。
あれは、レクチャー内容が丁寧であればあるほど減刑が多くなるということなのだろう。
そうだとすれば、消耗品であるマッチを惜しみなく使ってくれたり、スライムの金属片を譲ってくれたりしたのも谷中を心配してくれての事では無く、自分の減刑の為だったという事になる。
朝、管理センター前で会ったのも偶然では無く、待ち伏せしていた可能性すらある事に、谷中は思い至った。
「さらに、次回あなたがダンジョンに潜って生還すれば『新人へのレクチャーが適正であった』と評価され、減刑期間がさらにプラスになります。どうぞ、生き残ってくださいね」
そう言って糺は谷中に背を向け、独房などのある囚人収容所へと向かって歩き出した。
「そうそう」
三歩ほど進んだところで、糺は足を止めて振り返る。
「あなたにはお母様と妹さんがいる様ですが、それは他の囚人には言わない方が良いでしょう。あなたより先に出所する者がいた場合、あなたの情報を餌にご家族をだまそうとする輩がいるかもしれません」
探索中に交された『おもちゃのスライムで妹の代わりに母に怒られた』という雑談すらも、自分の足をすくうことになる。糺はそう忠告したいのだろう。
ここにいるのはしょせん囚人。みな、犯罪者なんですよ。と糺は言い残し、今度こそ収容所へと入っていった。
日の暮れる管理センター前で、谷中はしばらく無言で立ち尽くしていたのだった