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第三話 初めての戦闘

「スライムです」

「え!?」


 糺の言葉に驚いて、谷中は壁に付いているべっとりとした物と糺の顔を交互に見返した。


「スライムって、こう……丸くてぽよぽよしていたり、しずく型していてぽよんぽよんしていたり……」

「それは、テレビゲームなどで登場するスライムのイメージですね。このダンジョンで出てくるスライムは、小さなプラスチックケースで売っているおもちゃのスライムの方に近いです」


 言われてみれば、スライムという名前でそういうおもちゃがあったということを、谷中も思い出した。


「昔、妹がこたつで遊んでいて、こたつ布団の方にこぼしてなぜか俺が怒られたヤツ……」


 関連して、家族との思い出まで頭にうかびあがり、谷中はおもわず口からそれを漏らしてしまった。


「布に付くと取れませんものね、アレ。何故、妹さんでなくあなたが怒られたのですか」

「女の子はスライムなんかで遊ばないから、お前がこぼしたんだろうってさ。お袋はそういう所あるから」


 谷中の返答を聞いて「ふむ」と小さく頷くと、糺はスライムに向かって歩き出した。谷中の返答には特に興味がないらしく、世間話の一環として話を振っただけらしかった。

 糺はスライムの手前まで行くと、谷中を手招きした。


「スライムは粘菌のように動きが遅いのであまり危険はありませんが、ありとあらゆる物を溶かして消化します。ダンジョンに深く潜るようになると野営する場合も出てきますが、油断すると朝起きたら下半身が消化されて無くなっていた等ということもありえるので注意してください」

「怖っ」

「なので、見つけ次第倒しておくのが鉄則です」


 そう言って糺はスーツの内ポケットからマッチ箱を取り出した。谷中がよく知っているマッチ箱よりは細長い形をしている。


「これは本来葉巻用のマッチなのですが、スライム退治に非常に適しています」


 そう言って箱にこすってマッチに火を付けた。

柄の長いマッチは先端に、ゆらゆらと揺れる小さな炎を灯している。糺はそれをポイッと軽い動作でスライムに向かって放り投げた。


「これは柄が長くて、火も消えにくく長持ちするのが特徴です。本来、葉巻がゆっくりと火を付けて楽しむ物だからこその形なのですが」


 そこまで言った瞬間に、マッチがスライムの上に落ちた。途端に「ぼわっ」と音を立てて炎が激しく燃え上がった。


「うわあ」


 大きな炎が急に燃え上がったことで、谷中は声を出して驚いてしまった。


「ゆっくりですがどんな物も溶かしてしまえるスライムは、小さな火種でも良く燃え、長く燃えるのです……。これをダンジョン外へと持ち出すことができれば、ゴミ問題とエネルギー問題が一気に解決できるのに、と残念に思っています」


 糺は、ごうごうと勢いよく燃えているスライムをじっとみつめながら、そんなことを冷静な声でつぶやいている。

 二十分ほどかけてスライムが燃え尽き、その痕跡は張り付いていた床と壁部分が黒く焦げ残っているのみとなった。糺は焦げ後まで足を進めると、床に落ちている小さな木ネジほどの金属片を拾って谷中へと手渡した。


「モンスターを倒すと、このような金属片が残ります。これを管理センターの拾得物係に提出すれば、討伐件数として記録して貰えます」


 手のひらに乗った小さな金属片をまじまじと見ながら、谷中は首をひねる。


「こんなの、その辺で金属片拾って提出してもわからなくねぇか?」

「分からないでしょうね」

「え」


 じゃあ、ズルし放題じゃん? と谷中は首をひねる。

 普通の刑務所と同じで、ダンジョン刑務所も家族や友人などの面会は許可されている。ロッカー室での糺のセリフから差し入れを受け取ることも出来る様だ。であれば、その辺の金属片を差し入れて貰えばダンジョンで危険を冒すこと無く刑期を減らすことが出来るのでは無いかと思ったのだ。

 その疑問をそのまま口にしたら、糺はフッと鼻で笑った。


「なんだよ」

「いえ、その疑問はもっともだと思っただけです」


 気に障ったのなら謝罪します。と言って糺は谷中の手のひらの上の金属片を指差した。


「この金属片一個で、軽減される刑期は約三十秒です」

「はぁ!?」

「ダンジョンの奥に生息する強力なモンスターを倒して得られる金属片は、素材がレアメタルだったりするのです。提出する金属片の価値によって、減刑される刑期は変わってきます」


 つまり、マッチを投げるだけで倒せる楽なスライムばかりを相手にしていては、いつまで経っても出所できないのだと糺は説明する。


「たったの三十秒ですが、それでも減刑は減刑です。このスライムの金属片は記念に差し上げます」


 そう言って糺はきびすを返した。

 その後も何回かスライムと遭遇し、糺がマッチを投げて退治をした。

 マッチが無くても倒す方法として「核を攻撃する」という方法を谷中は教わったが、ベトベトでドロドロとしているスライムを殴ると金属バットが汚れ、付着した部分から腐食していってしまう上に、ドロドロとした体内を核が移動しているため見付けにくく、時間が掛るばっかりだった。

 一部が腐食で欠けてしまった金属バットを眺めながら、この探索が終わったら管理センターでマッチを買おうと谷中は決心したのだった。

 その他、巨大なコウモリに似たモンスター数匹に教われたものの、糺のボウガンと谷中の金属バットで撃退することが出来た。低層階であれば、スライム以外は物理的に殴れば倒せると言うことが分かった所で、二人は引き返す事になった。

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