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第一話 冤罪の作り方

 寒い冬の日の朝。

 話があると電話で呼び出された谷中が向かったのは、幹線道路から横道へと入り、少し進んだ所にあるコインパーキングだった。

『満』と表示されている電光掲示板を見上げながら敷地内へ入り、谷中はあたりを見渡した。


「おぉい。こっちだこっちだ」


 野太い声が耳に届く。谷中が声の方へと顔を向ければ、奥から二番目に停めてある黒塗りの車からひらひらと振られるゴツい手のひらが見える。

奥へと向かって足を進めれば、その窓から厳つい顔をした男が顔を出し、にこやかに手を振っていた。


「ッス。お待たせしました」

「いいや、時間通りだな。まぁ乗れや」


 厳つい顔の男は、そういうと親指で後部座席の自分の隣をゆびさした。

 谷中は小さく会釈すると、車の反対側へと回り込んで後部座席のドアを開ける。車内から暖かい空気が甘い匂いをのせて谷中の頬をくすぐる。車のエンジンは切ってあったので、言葉通り相手もここに着たばかりだった事が分かる。


「出せ」


 谷中が車へと乗り、ドアを閉めるのと同時に車がゆっくりと動き出す。運転席の男が現金で駐車料金を精算し、出口のバーが上がりきるのを待って車はするりと駐車場から道路へと出て行く。


「谷中ぁ。お前、組に入りてぇって言ってたよな」


厳つい顔をした男は、まっすぐ前を見たまま谷中へと声をかける。


「はいっ」


 谷中は背筋をピンと伸ばして返事をした。すこし声がうわずってしまい、顔に熱が集まるのを感じる。


「この世界、一回入っちまえば堅気にゃあ戻れんぜ。お袋さんと妹さんがいるんだろ? まっとうに働く気にはなれんか」

「喧嘩で高校中退しちまったし、今時中卒だとろくな仕事にもつけねぇし。お袋とミヤの為にも組に入って役にたちてぇんですよ」


 谷中は、隣に座っている厳つい男の顔をまっすぐに見たままそう答えた。


「そぅかい」


 素っ気ない感じで、厳つい顔の男は返事をした。


「喧嘩しか能のねぇ俺を、俺のチームを、御手洗さんは上手くつかってくれたじゃねぇですか。俺、ちゃんと御手洗さんの下で働きてぇんですよ」

「そぅかい」


 厳つい顔の男……御手洗は、同じセリフを今度は深々と頷いて吐き出した。


「谷中」


 そう言って、初めて御手洗は谷中の方へと体を向けた。


「手ぇだせ」


 言われて、谷中は素直に両手を出した。その手のひらの上に、血だらけのナイフと拳銃がのせられる。


「……御手洗さん?」


 困惑した顔で名を呼ぶ谷中に、御手洗は「フッ」とニヒルに笑って返した。


「こいつをもって警察に行って、俺がやりましたっつってこい」

「御手洗さん?」


 谷中は焦った声を出すが、御手洗は余裕の表情でゆったりと腕を組んだ。渡したものを突き返しても受け取らないという意思表示とも受け取れる態度だ。


「なぁに。あけび組の若頭一人やっただけだ」

「殺しですか!?」


 あまりにも非現実的な出来事に、谷中は思わず手の上のナイフと銃を落としそうになる。慌てて握り直したが、手の中のソレが急に恐ろしいものであるという実感が湧いてきて、ぞくりと背中に寒気が走った。


「良い弁護士を付けてやるから殺人じゃなくて傷害致死にできるだろう。お前は初犯だしあけびとは関わりがないからな、半グレ行為にケチ付けられたんで正当防衛しましたって方向で調整してやる」

「けど、それを真に受けたあけび組のやつらが俺に対する報復で……」

「お袋さんと妹さんだろ? もちろんこっちで面倒見てやるから心配すんな。麻布のマンション知ってるだろ? 頭のイロが田舎に帰ったんで部屋が空いたんだ、そこにいれてやる。あそこのセキュリティの高さは並じゃねぇから安心しろ」


 御手洗はそう言って胸ポケットからたばこを取り出した。谷中は慌てて火を付けようとするが、手の上にナイフと銃が乗っていてライターを取り出す事ができなかった。


「ああ、いい。いい」


 御手洗が手を振れば、運転席の男が振り向いてライターを差し出した。火の付いたたばこを旨そうに吸い込み、白い煙を吐き出す。


「この殺しは俺が若頭になる足がかりだ。おめぇが出てきたその時には幹部候補として迎え入れてやると約束する。今は殺しで入ったとしてもダンジョン刑ってのがあんだろ? 頑張れば刑期が減るって話じゃねぇか。お前は体も丈夫だし喧嘩も強い。俺が若頭になってお前を出してやるのが先か、お前がダンジョン攻略して勝手に出てくるのが先か……ははは。競争だな」


 機嫌良さそうに御手洗が笑う。とても断れる雰囲気では無かったが、かといって了承の言葉もすぐには出てこなかった。


「……」


 煮え切らない谷中に、御手洗が肩を叩く。


「出てきたら、お前は若頭補佐だ。そうなれば収入がグッとあがる。お袋さん楽にしてやりてぇだろ?」


母親を楽に。御手洗のその言葉で、ついに谷中は決心した。


「はい。ありがとうございます。行ってきます!」


 谷中は、半ば叫ぶようにそう応えると、手のひらの上に乗せられたナイフと拳銃を握って車を降りた。

 車はいつの間にか、警察署の前に停車していた。


「判決。三十五人殺害の罪で、刑期三百五十年のダンジョン刑とする」


 黒いだらだらとした服を着た裁判長が、厳かに告げた。

 被告人席に座る谷中の顔は真っ青で、目は見開かれて視点は定まっていない。場内はざわつき、ひそひそと傍聴者達の話し声が響く。


「ヤクザの事務所とヤクザの自宅、その場にいた人全員皆殺しですって」

「ヤクザの子といえど、まだ幼い子なんかも問答無用だったらしいぞ」


 ひそひそ、ざわざわ。

 谷中が御手洗から聞いていた話と全く違う内容が、ささやかれる。


「……御手洗さん……話が違うじゃねぇか。敵対組織のカシラ一人のタマ取っただけって……」


 シマ争いでコッチにけが人出した報復に、コッチも一人やっただけだって言ってたじゃねぇか。

 俺があけび組のヤツに絡まれてボコされたのに反撃しただけってことにするから、情状酌量もついて刑期もそんなに長くならないはずだって言ってたじゃねぇか……。

 組を全滅させたなんて聞いてねぇ。子どもまで殺してるなんて聞いてねぇ。

 車の中で交わした会話、拘留中に弁護士から聞かされた言葉が谷中の頭のなかをグルグルと回っていく。

 刑期三百五十年なんて、本当にダンジョン攻略で出てこられる年数なのか……?

 不安になってちらりと傍聴席を見れば、泣き崩れる母と妹をかいがいしく慰めている御手洗の姿が目に入った。どうしていいか分からず、御手洗の姿をみつめていると、視線に気がついたのか御手洗が谷中の方へと顔を向けた。

 その顔には「母と妹の命が惜しければそのまま黙っておけ」と書いてあった。黒く笑う御手洗の顔が、谷中にはこれ以上も無く醜悪にみえたのだった。


 御手洗が母と妹をセキュリティの高いマンションに引っ越しをさせたのは、二人をあけび組の報復から守るためでは無く、谷中を黙らせるための人質とするためだったのだ。


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