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ダンジョン刑350年!  作者: 内河弘児


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第十四話 とっても軽い協力者 2

 翌日、谷中は朝から憂鬱だった。


「これ、付けて探索したことにして『やっぱりチェンジで』って言っちゃダメかな」


 手の中にはイヤーカフとイヤーフックの入ったケースが載っている。心なしか、ケースから嫌な気配が漂っているような気さえしてきた。


「まぁ、やるか」


 高校中退したヤンキーでヤクザの手伝いなんかをしていた谷中だが、根は真面目だ。悩んだ末に、イヤイヤながらも回収係から言われたとおりにナビシステムを身に付けた。


「グッドモーニングボルティモア! 今朝は昨日より五分三十五秒早いっすね! そんなにボクちんと会いたかったってことっすよね! うれP!」

「うるせぇだまれしね」

「死ねって言った! どいひー!」


 メソメソと泣き真似をする声がイヤホンから聞こえてくるが、谷中は無視してロッカールームのドアを開け、ダンジョンへと入っていった。


「ところで谷中っち。ご報告がございます」

「あんだよ」


 早速見かけたスライムにマッチを投げつけ、燃え上がる炎を眺めながらけだるげに相づちをうった谷中に対し、中野はテンション高く話を続ける。


「昨日谷中っちが一層をくまなく歩いてくれたおかげで、完璧な一層マップが完成しました!」

「あんだけしゃべりながらマッピングしてたのかよ」

「もちのろんですわ~。ナビゲーター名乗っておいてマッピングしないとか意味がないですしおすし」

「でも、一層のマッピングなんて意味ないだろ。探索済みフロアの地図なんて管理センターでも売ってるそ」

「ふっふっふ~。なんと! 昨日谷中っちが歩いた通路のうち三本が地図未登録でした! 地図更新データの提出で減刑三日もらったンゴ! 半分こだから一人一日と十二時間の減刑ってことっすよ!」


 なんでこんな探索し尽くされた場所の地図が未完成だったのか、旧地図データとの比較が出来たと言うことは地図を買っていたということか、諸々聞きたい事は山ほどあったのだが、谷中にはまず一番に言わなければならない事があった。


「それだよ!」

「どれだよ?」

「なんで減刑が折半なんだよ! 命をかけてんのは俺の方なんだから俺の取り分が多くなきゃおかしいだろ!」


 燃え尽きたスライムの金属片を広い、谷中は再び奥へと足を進める。今日は二層目へと降りていく予定にしていた。


「ああ~。昨日話し合いが無かったんで折半のママでいいと思ってただけっすよ。じゃあ、ダンジョンの成果物については谷中っち七、ボクちん三でどっすか?」


 いやに聞き分けのいい返事に、谷中は肩透かしをくらったような気持ちになった。


「昨日はお試しで一層めぐっただけだからたいした成果がなかったが、五層とかいけばここの五倍は回収できるんだぞ、それでいいのか?」


 自分に有利すぎて、逆に疑心暗鬼になった谷中が念を押す。三十秒を分配するのと一時間を分配するのでは得られる物が大部変わってくる。


「いいっすよ。谷中っちの言う通り、体張ってるのは谷中っちですもん」

「へ、物わかりがいいじゃねぇか」

「その代り、マッピングで完成した地図データ提出やモンスター配置図や新規モンスターのリポップタイムデータなんかを提出した報酬はボクちん七、谷中っち三にしてもらうっすよ。いいのかな~? データ提出系は減刑数でかいっすよ~~?」


 見たことのないにやけ顔が目に浮かぶような、いやらしい声音が聞こえてきた。


「こんな序盤のマップで通路三本見付けただけで三日の減刑っすよぉ? おそらく、序盤過ぎて踏破してないせいだから、五層目ぐらいまでは見逃し通路とかある可能性大っすよぉ~? 本当に取り分折半を辞めて七三でいいのかな~?かなかな~?」

「くっ」


 中野の言い分は、それぞれ得意分野があるからお互い様で折半にしようという事だ。谷中が先に言い出したことだが、聞いてみれば一理あるという気がしてきた。


「まぁ、ダンジョン探索が進んで拾える金属片がレアメタルだったり貴金属でダイアモンド拾えたりするようになれば、谷中っちの取り分が増えていく可能性はあるけどね~。マッピング漏れも基本的には一層で一回こっきりだろうし?」


 しかし、一層目のマッピングし直しで三日も減刑されるというのはかなりデカイ。三日の減刑を一日半ずつにするか、二十一時間と二日と三時間でわけるかということだ。スライム一匹倒しても三十秒ほどしか減らない事を考えると、中野の成果を半分もらうほうが減刑効果が高いのは一目瞭然だった。


「……今まで通り折半でいい」

「そうこなくっちゃ! まぁ、階層進んだらまた改めて話し合うってことでヒトツ!」


 うきうきとした中野の声を聞きながら、「まぁ、チェンジするんだけどな」と心のなかでつぶやいた谷中だった。

 その後は、相変わらずの無駄話を垂れ流す中野の声を聞き流しながら、二層で角と牙のある大イノシシを狩り、隅々まで歩いて一日を終えた。


「おつかれーもつかれー! また明日がんばろね!」

「……おつかれ」


 明るい声で別れを告げる中野に谷中は疲れ切った声で答え、ナビシステムのスイッチを切った。回収窓口まで行って成果物を提出しながら、谷中は口を開いた。


「やっぱりチェンジで」

「ダメだったか」

「うるせぇし理屈っぽいし、調子が狂ってしかたがねぇ」


 疲れ切った声でそういえば、回収係は今度は否定せず「伝えておくよ」とだけ返事をした。二層目をぐるりと回っただけの今日の成果物は、マップ訂正の十分の一にも満たなかった。




 さらに翌日、ロッカーを開けると昨日までとは違うケースが置かれていた。中に入っているのは相変わらずイヤーカフ型スピーカーとイヤーフック型のマイクとカメラだったが、ついている飾り石の色が違っていた。


「……」


 装着してスイッチを入れてみたが、イヤホンからは何も聞こえてこない。


「……」

「……」

「おい」

「はい」

「いるのかよ! いるんだったら声出せよ!」

「ひぃっすみませんっ」


 イヤホンの電源をオンにしたと同時にしゃべり出した中野と違い、今度のナビゲーターは物静かな人物らしかった。そして、谷中のドスの利いた声に怯えている雰囲気が声からにじみ出ている。


「今日はお試しで一層をぐるっと回るぞ。それでいいな?」

「えっ…それじゃあ、全然稼げなぃ…」

「あぁ!?」

「ひぃっごめんなさい。それでいいです!」


 中野の時と同じように、命の危険のない一層をぐるっと回って相性を見る。田中からも言われたその方法を提案しただけなのに、不服を申し立てた相手にイラッとした谷中は、更にドスの利いた低い声を思わずだしてしまった。

 ひとまずまっすぐに進み、スライムにマッチを投げて燃え尽きるのを待つ。小さな金属片を拾って先に進み、飛び出してきた巨大コウモリを木刀でぶん殴る。

 そこまでで、ナビゲーターが発した言葉は「ひぇっ」の一言だけだった。しかも、スライムやコウモリが出現した事に対してでなく、谷中が木刀を振り回した事に対しての悲鳴。

 谷中が望んでいた静かな相棒ではあったが、中野のおしゃべりになれてしまったせいか、静かすぎると感じてしまった。

 中野は、スライムが出ればぽよぽよしていないことに嘆き、燃える様をみて興奮し、燃やす以外の討伐方法について質問してきた。谷中の持っている攻撃方法について確認し、見せて欲しいと懇願した。

 合間に入る雑談がうっとうしくて気がついていなかったが、こうして何も聞いてこない、何もしゃべらない相手と比べるとよく分かる。中野は谷中のことを知ろうとしていた。


「おい」

「はいっ」

「なんか聞きてぇこととかねぇのかよ」

「……今のところとくにはないです……」

「そうかよ」


 その後も、イヤホンは静かなまま一層の探索は終わった。


「おい」

「はい?」

「今日の探索おわるが、成果は七三でいいか」

「私が七でアナタが三ですか」

「なんでだよ。俺が七でお前が三だ。お前何もしてねぇじゃねぇか」


 もし、これで今日のナビゲーターも一層をマッピングしていて、地図の更新が掛かるようだったら改めて折半の話をすればいい。谷中はそう思って提案してみたのだが、


「はぁ!? 私が何もしてないって何で言い切れるんですか。音声だけの通信でわからないでしょうけれど、私だって一生懸命やってるんですよ。だいたい、私に何をしろとも指示しなかったのはアナタでしょう!? 言ってくれれば私だってやりますよ!」

「指示待ち族かよ」

「キィーッ! またそれ! 自分の指示が悪いクセにこっちが悪いことにしようとする! いっつもそう、指示待ち族って言えば許されると思ってるんでしょう! 陽キャはいつもそう! やればいいじゃんって言うくせにやり方はちっとも教えてくれない! 初めてやるのに何も教えてくれないんじゃ出来るわけないでしょう? あなただってちょっと棒きれ振って激弱敵を倒しただけじゃないですか! ほぼ仕事してないのと一緒でしょう? こっちなんてアナタに合わせてずっと座ってなきゃいけないんですよ。いつ出てくるか分からない敵に神経すり減らさなくちゃいけない辛さがわかりますか? わかりませんよね! そちらは実際に歩いてるんだから気配とか察せるでしょうし! 私の事陰キャだからって馬鹿にしてるんでしょう! 同じ囚人だと思わないでくださいよ! 私の…」


 谷中はイヤホンを外した。


 ◇


「ねぇ! 浮気は楽しかったですかぁ~?」

「……」


 翌日、もう一度チェンジをした谷中は不機嫌さを隠しもせずに、がに股怒り肩のヤンキー歩きでダンジョンに潜っていた。


「失ってみて初めて分かる愛って、ありますよね」

「愛はねぇ」

「ひどい! 昨日だって連絡無いまま、寂しい時間を使ってデータ解析してたのに! 谷中っちを思って夜なべしたのに! 手袋編んだのに!」

「うそつけ」

「でも、聞いたでしょう? 減刑五日! コウモリの配置パターン解析とイノシシの突進衝動のトリガー推測の提出、二層のマップ更新で五日も減刑勝ち取ったの!」


 中野の言う通り、昨日無名のナビゲーターと挨拶もせずにイヤホンの電源を切ったあと、回収係からその日の成果+二日と十二時間の減刑が提示された。聞けば、


「今日は組んでないが、昨日組んでた時のデータだからってお前にも半分取り分がある」と説明されたのだ。

 中野輝は、言われずとも自分で出来る事をやる。うるさいが、その会話の中には状況を知るために必要な物がきちんと含まれているのだ。


「うるせぇが有能だってことは分かった。わかったから、もう少し静かにできねぇか?」

「えぇ~。ボクちん、谷中っちしか会話相手いないからなぁ。おしゃべりできないとさびしんぼう」


 昨日のぼそぼそしゃべりの他責野郎を経験してしまうと、ソロ攻略にはこれぐらいおしゃべりな方がいいのかもしれないと、谷中は中野を見直した。


「ね、ね、ね。昨日一日、データ整理しながらかんがえていたんすけど」

「なんだ?」

「豪腕爆殺剣って書いてストロングバーニングって読むのと、超力爆轟剣って書いてグレートダイナマイトって読むのとどっちが良いと思うっすか?」

「何の話だ」

「何って、決まってるじゃないっすかぁ。谷中っちのスキルの名前っすよぉ」


 ケラケラと軽く笑っている声が谷中の耳に響く。


「スキルに技名ぇなんかいらねぇよ!」

「えぇ! これから更にスキル覚えていくかもしれないんだから、名前は合った方がいいっすよ!」

「それにしたって、なんだその漢字とカタカナ並べるって発想! 厨二病かよ!」

「えぇ! ひどい! 谷中っちに合わせたのに! ヤンキーってヨロシクとかアイシテルとか漢字で書くじゃないっすか!」

「ヤンキーと暴走族一緒にすんじゃねええっ!」


 谷中の怒りの声に、イヤホンの向こう側では爆笑している。からかわれて苛ついているのと同時に、こうやって会話相手がいるダンジョン探索も悪くないかもしれないと思い始めている谷中だった。

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