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ダンジョン刑350年!  作者: 内河弘児


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第十三話 とっても軽い協力者 1

 翌朝、管理センターのロッカーを開けると、見覚えの無いケースが入っていた。谷中がそれを開けてみれば、中にはイヤーカフとイヤーフックが一つずつ入っていた。イヤーカフの方は指向性のスピーカーになっていて音声は装着者にしか聞こえず、耳を塞がないので環境音を邪魔しない作りになっていた。

 イヤーフックの方は、引っかけて耳の上に来る部分に小さなカメラが設置されており、耳の後ろに来る部分は骨伝導マイクになっていた。


「こんな小せぇのにカメラとマイクなのかよ。ハイテクすげぇな」


 谷中はイヤーフックをケースから取り出すと、上から見たり下から見たりひっくり返して作りを観察した。おしゃれな装飾にも見えるデザインで、ぱっと見はカメラがついているとは分からない。

 条件を満たさない人間にはナビパの存在は秘密なので、このようなデザインになっているのだろう。


「えーと。身に付けて……」


 ケースの蓋裏に記載されている取扱説明書を読みながら、谷中がナビパセットを身に付けていく。元から付けていたピアスと干渉しあう部分を調整しながら、四苦八苦してなんとか収まりの良いところへと装着することが出来た。


「スイッチが……これか?」


 ケースに入っていた小さなリモコンを取り出し、電源マークの書いてあるボタンをそっと押した。


「ハロー・ワールド! もう十時だよ、ボクちん待ちくたびれちゃったよ!」

「うるせぇっ」


 スイッチを入れた瞬間に耳元でキャンキャンとわめかれ、谷中は思わずイヤーカフを外してケースに投げつけた。

 ケース内はクッション素材が敷き詰められていたため「ぽすっ」という軽い音をさせてイヤーカフを受け止めた。


「なんだ一体。何なんだ!?」


 おぞましい物でも見るような目で、ケースの中に転がっているイヤーカフを見る。指向性スピーカーなので何も聞こえてこないのだが、何か騒いでいるかのような気配を感じて谷中は半目になる。

 汚い物でも触るかのようにイヤーカフをつまむと、耳に掛けずに手で摘まんだまま耳元へと持ち上げた。


「ねぇ! もしかして今イヤホン投げた!? 投げたよね!? ひどくなぁい? これから相棒になるっていうのに、アタイ泣いちゃうわよ!」

「うるっせぇんだよ。声を落とせ!」

「ごめんちゃい。いよいよダンジョン探索出来るかと思って興奮しちゃった。これぐらいで平気そ?」


 今度は、若干落ち着いた声が返ってきたので、谷中は改めてイヤーカフを耳に付けた。


「まずは自己紹介しよっ。ボクちんはナカノアキラ。中野ブロードウェイの中野に、フンドシって字に似てる輝ね。趣味はゲームとハッキング! 今はどっちも出来ないけどね。ゲフォースとラデオンならゲフォース派。マウスとトラックボールならトラックボール派だよ。まぁボクちん実のところ使ってるのはフットコントローラーなんだけどね。わかる? トラックボールのデッカイ版って感じのヤツを机の下において足でころころ操作するヤツ。両手が空くから最の高だよ。あとはねぇ、なんか言うことあったかな。身長とか体重とか聞く? 個人情報だしもっと仲良くなってからにしよっか! じゃあ、次はアナタの番ね!」


 谷中は、名前以降全部聞き流した。

 



 ナビパのお試しということもあり、谷中は一層をゆっくりと歩いていた。


「うおっ凄い凄い! 何今の。コウモリ? にしてはデカくない?」

「スライムは可愛い、そう思っていた時代が私にもありました。あぁん。夢を返してほしい!」

「カメラ見えにくいからもうちょい前寄りに調整してほしいな!」


 耳元からは、ずっと中野の声が聞こえてくる。


「ちったぁ黙れねぇのか」

「えぇ~。つれないなぁ。ダンジョン初めてなんだから大目に見てクレメンス」

「ハァ」

「あ、ひどい。今ため息をついたね! 父さんにも呆れられたこと無いのに!」


 もう、答える気にもならなかった。

 谷中は三層まで行けるようになってから、一層は最短距離で通り過ぎるようになっていた。下り階段にたどり着かない脇道や、中身がたいしたことの無い宝箱が設置されている袋小路などを通るのは三ヶ月以上ぶりになる。


「谷中っちの今の武器はダンジョン産の木刀と地上産のボウガンなんすよね」

「ああ」

「どんな風に使い分けてる感じっすか?」

「……ぶん殴ればヤレるヤツは木刀。近づかれるとやっかいなヤツはボウガンだな」


 普段意識して武器を使い分けているわけでは無いため、谷中は聞かれて初めて自分の戦い方を見直した。糺の戦い方を思い出すと、空を飛ぶ巨大コウモリなどはボウガンの方が効率が良さそうな気もしたが、糺のボウガンは矢が無限に沸いてくるダンジョン産だったことを思い出し、首を振った。


「谷中っちは、今五層まで行ってるんすよね」

「そうだな」

「さすがに一層は余裕って感じッすね」

「ああ」


 うっとうしいと思っていたが、褒められればうれしい。カメラは前方を映し出し、自分の顔は写らない。顔がほてっている自覚のある谷中は、カメラに自分の顔が写らない事に感謝した。


「次に敵が出てきた時に、スキルを見せてほしいっす」

「一層のコウモリ相手にオーバーキルだ。それにアレ使うと疲れんだよ」

「今後の作戦立案の為にも見ておきたいんすよぉ。ねねね、おねがぁい」

「気持ち悪ぃ声だすな!」


 おねがぁいの部分を甘えた声で言ってきた中野に谷中は背中に怖気が走る思いだった。

 まだお試しで、ダンジョン案内をかねて一層目をゆっくりと探索している所なので、中野がナビとして役に立っていない事については気にしていない。

 谷中が今日気にするべきなのは相性だと思っている。昨日、田中もそう言っていた。

 しかし、二時間ほどダンジョン内を歩いているうちに、谷中はもう一回目の『チェンジ』を申し出ようと心に決めていた。

 まずうるさい。中野が途切れること無くしゃべり続けているうえに、谷中の興味の無い話題ばかりなのでうっとうしくて仕方がない。その上しゃべり方が軽薄だし、演技がかった口調になって小芝居を始めたり、裏声を出してぶりっ子の様にしゃべるのが神経にさわった。

 谷中も五層までソロで探索するうちに、孤独を感じさみしさが胸に沸くことがあったが、話し相手はこんなにうるさい必要はないとうんざりしていた。苛ついたりうんざりしたりで精神的に疲労してしまえば、油断が出来る。そうなれば、ダンジョンでは命に関わることもあるのだ。


「あ、コウモリの群れが向こうにいるっす」

「……? どこだ?」

「通路の奥、少しカーブしてる先っすね」


 言われて目をこらすが、谷中の目には見えなかった。中野の言う通り、この先の通路はすこしカーブしているので十メートルほど先は見通しが悪くなっている。


「みえねぇけど」

「ふっふーん。テーッテ、テーッテ、テレレレー! 高周波測定器ぃ~」

「キテ○ツとドラ○もんまじってんぞ……」

「こっちのスピーカーに高周波測定器セットしたんで、コウモリの周波数拾ったんでーっす」


 その言葉に、谷中はうさんくさそうな目で自分の肩口を見る。イヤーカフは耳に付いているので自分の目で見ることはできないが、どうしても中野の声にむけて不審な目を向けたかったのだ。

 一層にいるコウモリ程度なら、今の谷中なら群れで襲ってきても怖くはない。中野の言葉が当たっていても外れていても問題は無い。谷中は、一応木刀を握り直してから通路を先へと進んで行った。


「ビンゴぉ! ビンゴビンゴビンゴぉ!」


 耳に響く中野の声と同時に、巨大コウモリの群れが谷中に向かって襲いかかってきた。ダンジョンの通路幅を埋め尽くす勢いで飛ぶコウモリは、まず五匹がかたまって飛んできた。

 谷中は意識して木刀を強く握ると、木刀がこたえるようにフルリと震えた。


「見とけよ、中野ぉ」


 谷中は木刀を野球のバットの様に構え、巨大コウモリが目前に迫るまで引きつける。


「うぉおおおりゃあああっ!」


 気合いを声にだし、思いっきり木刀を振る。ドゴォという打撃音が響き、巨大コウモリが五匹まとめて吹っ飛んでいく。飛んでいったコウモリが後ろから追いかけて来ていたコウモリにぶつかり、まとまって散っていく。

 コツンコツンと金属片が地面に落ちていく音が響く。


「うっひゃぁ! 今のが!? 今のがスキルっすか? 打撃強化系な感じ?」


 興奮して甲高くなった中野の声が耳元で響く。


「うるせぇってんだんだろ。もう少し声小さくできねぇのか」

「敵さん、まだ残機ありっすね! もう一つの方も見せてぇ~」


 中野の言う通り、巨大コウモリの群れはまだ半分ほど残っている。


「チッ」

「舌打ちした! えぇ、なんでぇ」


 中野の声を無視して、谷中は一歩前へと足を出す。意識して木刀を強く握れば、今度はピリリとしびれるような感覚が手のひらに戻ってくる。谷中は木刀を両手で握り、下段に構えて走り出した。


「目ぇかっぴらいて見ておけよぉ!」


 叫びながら、木刀を逆袈裟斬りの要領で振り上げる。パリッと乾いた音を立てて、イナズマが木刀からほとばしり、木刀の軌跡を追いかけるようにコウモリ達がバリバリと感電して地面へと落ちていく。


「おぉおお。電撃系っすね! 一網打尽じゃないっすか! すげー!」

「まだだ」


 谷中は地面に落ちた巨大コウモリを蹴り上げ、ゴルフのスイングの様に木刀を振って打ち上げ、そして踏みつけていく。


「あ、とどめが必要なんすね。範囲攻撃が出来る代わりに威力弱めって感じっすか。見た感じバインド効果ありッポいけど。エフェクト派手だし隠密にはむかない系だし使い方むずい感じ? バインド効果持続時間どんくらいだろ……いや、見た目電撃だしバインドじゃなくて麻痺系? でも……」


 興奮していたと思えば、冷静に谷中のスキルについて分析しようとしてブツブツと独り言を言い始めた中野を無視して、谷中は落ちている金属片を拾っていく。

 三層から五層を主戦場としている谷中にとっては安い稼ぎだが、稼ぎは稼ぎ。三十秒でも一分でも刑期を減らせるのなら減らしたい。


「一層でこんなに敵が群れていることなんかないんだけどな」

「おぉ? そうしたら拙はラッキーボーイってことっすね!」

「なんだよ、拙って」

「『わたくし』の古式ゆかしい言い方ですワン」


 敵が大量に出てきた事を幸運だと言う中野の言葉に谷中は違和感を持ちつつも、別の事に気を取られて聞き返すのを忘れた。

 そこからは、バラバラと現れる巨大コウモリと時々壁に張り付いているスライムを倒しながら一層をくまなく歩くだけで終わった。もう突然の群れが襲いかかってくるようなイレギュラーは起こらなかった。




 谷中はロッカールームに戻ってくると、まだ耳元でしゃべっている中野を無視してイヤホンとマイクの電源をオフにした。


「うるさかった……」


 ナビパ用のイヤホン類は貸与品で壊したら弁償と田中から言われているので、壊さないように丁寧にケースへとしまう。一緒に木刀とボウガンをロッカーに入れて鍵をかけ、回収係の待つ部屋へと移動した。


「今日は早いじゃネェか」


 一層を散歩しただけで戻ってきたため、今日はまだ朝から夕方までを担当している回収係が席に座っていた。三層以降まで潜るようになってからは、夜間担当の老人とばかり顔を合わせていたので久々に顔を見ることになった。


「まぁね、ちょっと用事があったんだよ」

「はっ! 刑務所とダンジョンの往復以外にやることのねぇ囚人が用事ってなんだよ」

「うるせぇな! さっさと精算してくれよ!」


 夜間担当の老人とちがって昼間担当の回収係は口も態度も悪い。そんなふてぶてしい態度すら穏やかに見えるほど、中野のうるささは異常だった。

 いつも通り成果物をトレーの上にあけると、回収係がアクリル板の下からトレーを引き寄せて計測器へと金属片を入れていく。レシートの様な結果報告書が機械から出てきて、それを回収係が確認する。


「……そうか、おまえNシステム導入したのか」

「なんだよ、Nシステムって」


 谷中が聞き返せば、回収係はトントンと自分の耳を指先で軽く叩いた。イヤホンの事を言っているのだと理解した谷中は、あぁと言って小さく頷いた。


「ナビパっていうんじゃねぇの」

「そんなダサイ名前で呼んでんのは田中さんだけだ」


 鼻で笑うように返されて、ムカついた谷中は窓口の下の壁を蹴りつけた。思い返してみれば、案内係だといってここまでやってきたガタイのいい男は「Nシステム」と言っていた。立場的に田中の方が上司っぽかったので、谷中は田中の言っていた名前で覚えていたのだが、そもそもそれが間違いだったようだ。


「そのレシートみたいなのに何かかいてあんの?」

「聞いてないか? 成果の半分がNシステムの担当の取り分になるんだよ」


 つまり、計測器から出てきたレシートに中野の取り分と自分の取り分がわけて記載されているのだろう。


「半分!? あのオッサンは話し合いで取り分決めろって言ってたぞ!」

「まだ話し合ってないから、半分なんだろ。こうなりましたって報告しねぇうちは半分とられんだよ」

「クソがっ!」


 谷中はもう一度壁を蹴りつけると、回収係は眉間にしわを寄せて谷中をにらみつけた。


「そうだ、田中のオッサンに言っておいてくれ。『チェンジだ!』ってな」

「なんだよ、相性悪かったか?」

「とにかくうるせぇんだよ。意味分かんねぇ事言うしずっとしゃべってやがるし。戦闘の邪魔。あれなら一人の方がマシだってんだよ。でも、断る前に別のヤツ試してみた方がいいかもしれないだろ。もっと優秀なヤツあてがえって言っといてくれ」


 谷中の言葉に大げさに肩を竦めてみせた回収係は、


「そう言わねぇでもう一日様子を見てみろ。この成果を見るに、今日は一層をグルグル回ってきただけなんだろ?」

「一日ありゃあ十分だろ! あんなうるせぇやつ!」


 谷中は抗議したが、とにかく回収係が三日は我慢しろと言い張るばかりで受け付けてくれなかった。田中への連絡方法がない谷中としては、イヤイヤながらも中野ともう一日コンビを組むことになってしまったのだった。

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