第十二話 ナビパって略称、ダサくねぇか?
「会議室みてぇ」
キョロキョロと室内を見渡した谷中から出てきた感想はそれだった。高校を中退していてその後は御手洗から紹介されるバイトや短気の派遣仕事などをして生活していた谷中は、実際の会議室などは見たことがない。ドラマや漫画に出てくる会議室のイメージからの連想だった。
「お待たせしました」
そう言って室内に入ってきたのは、高そうな三つ揃いのスーツを着た細っこい中年男性と、先ほどの案内係だった。
「どうぞお座りください」
そう言って壁側の椅子を手で指し示されたので、谷中はどかりと音を立てて座った。
「元気そうで何よりです」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、中年男性も谷中と向かい合うように椅子に座る。案内係だった男はその後ろに立って控えている。
「わたしは田中と言います。もちろん偽名です」
「それ、名乗る意味あんのかよ」
「呼び名がないと不便じゃありませんか」
「今後も会うことがあるって事か?」
「いいえ、ありません」
「何なんだよ……」
「この場だけですが、田中さんとお呼びください」
「……」
付き合ってられねぇと口の中でつぶやいて、谷中はそっぽむいた。
「さて、まずはナビゲーションパートナーの説明ですね。言葉の通りナビゲーションをしてくれるパートナーの事です」
「道案内でもしてくれんのかよ」
「もちろん。道案内もしてくれますし、敵の情報をお知らせしたり、罠の回避方法を提示してくれたりします。孤独になりがちなダンジョンでの雑談相手にもなってくれますし、人に寄りますが恋愛相談にも乗ってくれるそうですよ」
「至れり尽くせりじゃねぇか。なんでもっと早く紹介しねぇんだよ。そいつがいりゃあ、囚人の生存率だって上がんじゃねぇのかよ」
谷中の脳裏に薩摩の最後の姿が掠める。ナビゲーションパートナーというのが薩摩にもついていれば、少なくとも谷中以外にも西野が犯人だと証言できる人間が存在できたのだ。
他にも、昨日までは人が住んでいた独房が片付けられ、どうしたのか聞くと「昨日死んだよ」と清掃係に言われたことも二回ほどあった。
死刑と終身刑の代わりに導入されたダンジョン刑が、安全なわけなどなかったのだ。危険なダンジョン探索に手助けとなる手段があるのならば、使いたい人は沢山いるだろう。
「まず、ナビパの利用には条件があります」
「なんだよ、ナビパって」
「ナビゲーションパートナーの略称ですよ。毎度ナビゲーションパートナーと言っていたら長いでしょう?」
ほんとかよ、と思って谷中が田中の後ろに立つ案内係に視線をやれば、案内係は首を横に振った。心なしか残念そうな表情をしているようにも見える。
「そう呼んでんの、あんただけじゃねぇ?」
「通じれば良いのです。とにかく、ナビパの利用には条件がありまして、ダンジョン五層までたどり着けること、ダンジョン産の武器を自力で
手に入れていること、ダンジョンスキルを二つ以上身に付けていること。この三つの条件を有していないとナビパは利用できません」
田中が提示した条件は、糺と回収係の老人に聞かれた質問そのまんまだった。
「回収係のじいさんはともかく、糺のオッサンも条件知ってたのはなんでだよ」
「糺? ああ、あのいつもスーツの方ですね。あの人もナビパを使っているからですよ」
あの人優秀ですよねぇ、と田中が目を細めて糺を褒めている。
「ナビパは有償です。支払いはあなたがダンジョンを攻略して得た『減刑期間』となります。だいたい、この三つの条件をクリアできない人ではナビパの使用料が払えないので、ご案内していないんですよ。谷中君だって、最初は一層をグルグル回るばかりでボウガンも買えなかったでしょう?」
その通りだったので、谷中はグッと息をのんだ。
「最初に『この条件をクリアすればナビパが使えるようになりますよ』などと案内してしまうと、無茶をする人や虚偽報告をする人が出てくる事も予想されます。なにせ、ここにいるのは皆犯罪者なので」
俺は冤罪で犯罪者じゃ無い。そう言いかけて、谷中は言葉を飲み込んだ。ここでそれを言ったところで判決は覆らない。田中や案内係に同情されたいわけでもない。
「さて、納得されたところで具体的なお話に移りましょうか」
谷中は何一つ納得していなかったが、田中は気にせず話を先に進めていく。
ホワイトボードをぐるりと回転させると、裏には前もってナビゲーションパートナーの諸条件について記載がされていた。
『ナビパは司法取引によって協力することになったサイバー犯罪者』
『イヤホン、マイク、カメラが支給される。貸与品のため破損の場合は弁償』
『ナビパ利用日の成果物はナビパと山分け。取り分は三割~七割の間で当事者間で相談の上決定すること』
『ナビパが作成したデータを管理センターが買い取った場合、売上げも探索者とナビパで山分け』
『チェンジは二回まで』
色々書いてあるが、隅の空いている部分に猫だか犬だか分からないイラストが添えてある。謎の動物から吹き出しが飛び出していて「分からない事があったらなんでも聞いてにゃ!」と書いてあったので、ネコらしい。
「何か質問はあるかな? 無ければナビパ紹介に移りたいんだけど」
「チェンジは二回までってなんだよ」
「文字通り、チェンジは二回までって事だよ。通信越しとはいえ生死を共にする仲間だからねぇ。相性が悪かったら最悪でしょう? かといって、何度も何度もとっかえひっかえされても困るし、そもそもサイバー犯罪者だってそんなに沢山いるわけじゃありませんからね」
相性が悪かったら二回まで変えられる。つまり、三人まで試せると言うことだ。
「データの売上げってのは?」
「ああ、ナビパは通信の向こうでコンピュータ使ってるからねぇ。マッピングしたり敵情報を蓄積したり解析したりしてくれるんだよ。回収係のメニューに地図ってあるのみたことないですか? あれも、先行しているナビパが作って売ってくれたやつですよ」
谷中が高いからと買わなかった商品だ。存在も発生経緯も謎のはずのダンジョンの地図が何故有るのか不思議だったが、その謎がこんなところで解明してしまった。
「ナビパが優秀だと、ちゃんと探索者側にも減刑メリットがあるということですね」
高額で買い取られる様なデータ収拾と作成ができるナビゲーターに当たれば、支払う成果物を上回る事もあると田中は続けた。
「さて、そろそろ良いでしょうか? では、ナビパを使いますか? 使いませんか?」
田中がにこにこと笑いながら決断を迫ってきた。
谷中は椅子に浅く座って足を投げ出し、腕を組んで天井を見つめた。偉い人の前でする格好では無いが、なめられたら終わりだと思っている元ヤン谷中は気にしない。
ナビゲーターと組むメリットとデメリットについて考える。メリットは道案内や敵情報をリアルタイムで引き出せる事。囚人となり、スマホも取り上げられてしまったダンジョン刑務所内では調べ物をする事ができない。何か知りたかったらダンジョンを出て宿舎にもどり、備え付けの小さな図書室で本を調べるか先行している囚人から話を聞くぐらいしか出来ない。
その図書室も、外界の情報を入れさせないためか娯楽本が多いので参考にならない。そして谷中は囚人達の中で浮いているので相談する相手がいない。
ナビゲーターとコンビを組めばそこらへんの問題が解決できる。
デメリットは成果物を折半しなくてはいけないため、減刑速度が下がることだ。刑期が三五〇年もある谷中が出所を目指すのであれば、他人と減刑期間を訳あっている余裕はない。しかし、相手が優秀なナビゲーターであれば、地図や敵データの売買でそのデメリットを覆せる可能性があるのだ。
「チェンジは二回までだったよな。そもそも使えねぇと思ったら使うの辞めてもいいんだろうな?」
「もちろん」
「じゃあ、お試しで使ってやるよ。ダンジョン刑務所ご自慢のナビパの実力みせてもらおうじゃねぇか」
谷中が不敵に笑いながらそういえば、田中は「そうこなくっちゃ」と嬉しそうに笑いながら答えた。




