第十一話 Nシステムって何だよ
谷中の直前に帰路についた囚人はいなかったらしく、三層と二層は敵を倒しながらの帰路となった。四層と五層は、谷中自身の往路の討伐からさほど時間が経っていなかった為にまだ再配置されていなかった。
管理センターに着いた頃にはすでに二十時を過ぎてしまっていて、回収係も夜間担当者に替わっていた。
「今日はもう帰ってこないかと思ったよ」
「腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ。飯食いに帰ってきたんだよ」
「そうかそうか。じゃあ手早く精算しなくっちゃな。ほら、成果物を出しなぁ」
夜間担当の回収係はニコニコと愛想の良いお爺さんで、谷中がどんなにヤンキー仕草で対応しても笑って受け流されてしまう。毒気を抜かれてしまった谷中とは、今ではすっかり世間話をする仲だ。
「あ、じいさん。マッチを三箱とボウガンの矢をひとケース交換してくれ」
「はいよ。じゃあ、その分をさっ引いておくなぁ」
ニコニコとした表情のまま、回収係は計測器から出てきた振り分け済みの金属片をいくつかはじき出し、マッチ箱三つとボウガンの矢ひとケースをアクリル板下部のスリットから押し出してくれた。
「今日はなかなか頑張ったねぇ」
カラカラと音を立てながら成果物の仕分けと計算をしている機械を眺めながら、回収係の老人はうんうんと嬉しそうに頷いている。拾ってきた金属片が多ければ多いほど、計測に時間が掛かる。なかなか終わらない計測は、それだけ谷中が頑張ったという証になるのだ。
「そうだ、爺さん」
「なんだい? 今日の夕飯はカツ丼だったよ。オレは卵とじ丼よりタレカツ丼の方が好きなんだけどねぇ」
「俺はソースカツ丼派だな。キャベツとソースで白飯が旨くなる。って、夕飯のメニューなんか聞いてねぇよ」
自分のボケに、ノリツッコミで返してきた谷中に対して、回収係が声を出して笑った。
思わずノリツッコミしてしまった谷中は、ドンドンとアクリル板を叩いて笑う回収係の注意を引いた。
「ナビゲーションパートナーっていうのについて知りてぇんだけど」
アクリル板を叩かれても笑っていた回収係は、続く谷中の言葉にピタリと笑いを引っこめた。
「その話、誰に聞いたんだい」
「糺のおっさん」
「ふむ」
回収係の老人は、珍しく真面目な顔をしながら計測の終わった金属片を片付けると、機械から吐き出された計測内容の印刷された紙にマッチ と矢の販売明細をホチキスで留めると書類入れに挟んで箱へと放り込んだ。
「谷中君の今のメイン武器はダンジョン産なんだっけ?」
「ああ、見た目ただの木刀だけどめっちゃ丈夫。逆に言えばめっちゃ丈夫なだけのただの木刀だけどな」
「スキルも覚えたんだっけ?」
「二つだけな。めっちゃ強くぶん殴れるのと、電磁警棒みたいになるやつ」
「なるほどね。ちょっと待ってなぁ」
そう言って回収係の老人は壁に設置されていた電話の受話器を取って耳に当てた。谷中との間には分厚いアクリル板もあり、老人が壁に向かって話しているのもあって内容は聞こえてこない。
「糺のおっさんと同じこと聞いてきやがったな。なんだってんだよ」
回収係の電話はすぐに終わり、「迎えが来るからついて行きなぁ」とアクリル板越しに声を掛けてきた。
「爺さんが説明してくれるんじゃねぇのかよ」
「こういうのは役割分担ってもんがあるんだよ。オレがそれやってる間に誰か帰ってきたらどうすんだい」
「そんなん、ここでパパッと説明してくれりゃあ」
「パパッと説明できんから、担当者がいるんだよ。……ほら、来たから行ってきなぁ」
回収係の老人が谷中の後ろを指差した。振り向いてみれば、警察官の制服に雰囲気の似ている警備会社の制服を着た男が歩いてくるところだった。
「キミがNシステム利用希望者か?」
「あ? あんだよ、Nシステムって。知らねぇよ」
一七五センチある谷中より頭半分ぐらい大きい男は、谷中の目の前に立つと見下ろすようにして、しかも威圧感のあるしゃべり方で話し掛けてきた。元ヤンの谷中はカチンときて、反射的に反抗的な態度をとってしまう。
「谷中君、さっき話していたやつのことだよ。あんまりおおっぴらに言うことじゃないからNシステムって呼んでるんだよ」
後ろから回収係が解説をしてくれる。
「利用するとは言ってねぇ。中身もわからねぇのに雇うも雇わねぇもねぇだろぉがよ」
利用希望者か、と聞かれても内容が分からないのに利用しますとは言えない。罠の解除が出来ない事があって不便だと思うことはあるが、ソロで五層まで行けているので喫緊でパートナーが必要とも思っていない。
ただ、糺が便利だというから話だけ聞いておこうと思っただけだった。
「ひとまず説明が聞きたいと言うことだな。では、ついてこい」
「あぁ!?」
居丈高に命令されて、谷中はブチギレ寸前だった。
「谷中君、彼はこの刑務所の結構偉い人だよ。穏便にねぇ」
谷中の背中に、回収係の老人がほのぼのとした声で忠告の言葉を投げた。谷中は盛大に舌打ちをならしながら、男の後をついていくのだった。
武器を持ったまま管理センターを出れば消えてしまう。そのことを思い出した谷中は一旦ロッカールームへと移動して装備を片付け、管理センター前で担当者と再び合流した。
管理センターを背に、左側へ向かえば囚人達が生活する宿舎がある。谷中は普段宿舎とダンジョンを往復するだけなのでそちらの方の道しか知らないのだが、迎えの男は右側へと歩いて行った。
「こっちの方には来た事がねぇなぁ」
「囚人は用がない場所だからな」
「もしかして、外につながる場所だったりするのか?」
「それに答えると思うのか?」
「ちっ」
すげない返答に、谷中は舌打ちを打った。
二度ほど角を曲がり、屈強な見た目の警備員が立っている門をくぐるとこじんまりとした二階建ての建物が建っていた。コンクリート作りでなんの装飾も無く、窓はあるが鉄格子が填められている。
管理センターと違ってこちらは自動ドアではなく、丸い円盤の様なドアノブのついたガラスの扉だった。
「ここで座って待っていろ」
建物内に入って案内されたのは、八畳ほどの部屋だった。前方にはキャスターの付いたホワイトボードが置かれていて、その前に天板の白い長机が三つ、コの字型に配置されていた。




