第十話 たまには普通の親切もしますが?
グシャアという嫌な音をさせて、谷中の木刀が巨大な蛇の頭を潰した。頭が大玉スイカぐらいある大きな蛇は、どうやって口の中に収めていたのか不思議になるほどの牙をむきだして襲ってくる。
「だぁあ。くっそめんどくせぇ!」
鎌首をあげて来たところをボウガンではじき、頭が落ちてきたところで木刀スキルで叩き潰す。武器の持ち替えを頻繁にするのが面倒で、ついつい声がでてしまう。
谷中は相変わらず西野以外の囚人から距離を置かれているのでソロ探索なのだが、ダンジョン内が静かすぎるせいか、ついつい独り言がでてしまうというのもある。
「五層はハ虫類ばっかり出てきてキメェな……」
五層目に入った谷中は、巨大な蛇やトカゲといった敵とばかり遭遇していた。時々スライムがねっとりと壁に張り付いていたりするのを、マッチで燃やしながら進んでいる。
「最初の頃は、このスライムの破片すら惜しくて燃え尽きるの待ってたんだよな」
ゴウゴウと激しく燃えるスライムは、大きさによるが燃え尽きるのにだいたい二十分ほど掛かる。今では金属片を拾うために燃え尽きるのを待つよりは、先に進んで別の敵を倒した方が稼ぎが良くなったために待つことは無くなった。帰り道にそのまま落ちていればラッキーだと思うことにしている。
他の囚人も同じようにしているのか、時々スライムの物らしき金属片が落ちていることもあった。
「今日はこの辺にしておくか」
谷中はチラリと腕時計に視線をやり、引き上げ時であると判断した。
「誰か先に帰ってくれてるとありがてぇんだけどな」
ダンジョン内に配置されている物は、一定時間が経つと再配置されるようにできている。敵も罠も宝箱も全てが同じルールの元に存在していて、再配置されることを囚人達は『リポップ』すると表現していた。
「最初の頃にダンジョン刑になったヤツがゲーマーだったのかねぇ」
再配置される時間はオブジェクトによってまちまちなのだが、宝箱は開けられた時間にかかわらず日付が変わる事で再配置され、敵は小型な物は二三時間ほど、中型の物は半日ほどだと言われている。
そのため、誰かが先行してダンジョンに入った場合、敵と遭遇せずに先に進めてしまう事がある。もちろん先行した人物が宝箱を開けていれば、行く先々の宝箱が空になっているということもありうる。
帰りは面倒くさいから誰かが敵を倒してくれているといいなと思って先のセリフを吐いたのだ。
「敵がいると居ないとじゃあ、時間が倍ぐらい違ぇしなぁ」
ブンブンと木刀を振りつつ、来た道を戻っていく。五層目の最奥にはフロアボスがいると、食堂で他のグループが話しているのを耳にしたことがある。
谷中はまだフロアボスと出くわしたことは無いが、そもそもフロアボスがどのようにして出てくるのかまでは分かっていない。
相変わらず周りから浮いている谷中の情報源は食堂での盗み聞きか、勝手に話し掛けてくる西野の噂話ぐらいなので、情報が圧倒的に足りていないのだ。
「谷中君じゃないですか」
「だれだ!」
背後から声をかけられ、谷中は木刀を振り抜きながら誰何の声を上げた。
「日本語で話し掛けたのだから人間だとわかりませんか?」
そこに居たのは糺だった。相変わらずきっちりセットされた髪に三つ揃えのスーツをきっちり着こなし、軽くて丈夫そうな防具を身につけた姿で立っていた。
目の前に突きつけられた木刀の先を指先で押し返して避けると、一歩前に進んで谷中の目の前に立った。
「糺のおっさんか」
「誰から構わず武器を振り回していては、ダンジョン内といえども暴行罪で量刑がふえてしまいますよ」
糺のその物言いに、思わず谷中は吹き出してしまった。
「なんですか」
「いや、西野のおっさんも同じ事言ってたと思って」
あの時は、どの口が言ってやがると憤ったものだが、糺がそれをいうのは『らしい』感じがしておかしさがこみ上げてきた。
しかし、糺は西野と一緒と言われたのが気に食わなかったようで、むっとした表情を見せた。
「まぁいいや。糺のおっさんも帰りか?」
「いいえ、私はこれからフロアボスを退治しに行くところですが」
「フロアボス!」
谷中の目がカッと開く。ダンジョン産の木刀を手に入れ、スキルも二種類手に入れてからの谷中はあまり苦戦をしていない。巨大な蛇やトカゲも面倒くさいだけで危なげなく倒せている。場所や出現条件さえ分かればフロアボスも行けるんじゃ無いかと考えて居た。
「あ、もしかして俺を戦力として期待してる感じ? これからフロアボスだから俺とパーティ組もう的な?」
フロアボス挑戦前に声を掛けてきたのであれば、一緒に討伐しようというお誘いなのではないかと期待した谷中は、どうしよっかなーともったいぶった態度で糺に絡んだが、
「いえ。五層のフロアボス程度でしたら一人で十分倒せますので」
そう言って断られてしまった。
「姿を見かけたので声を掛けただけです」
「あ、そう」
西野とは違う意味で、西野事件以降も谷中に対する態度の変わらなかった糺だったので、谷中はちょっとだけ期待してしまっていた。その分落胆は大きかった。
「じゃあ、フロアボス頑張ってね。俺はもう帰るよ。腹ぁへったしな」
そう言って背中を向け、片手をあげてひらひらと降って見せた。
「……。ちょっと待ってください」
「なに。まだなんかあんの」
すっかりふてくされて、やる気をなくしていた谷中は糺の声に振り返るが、その顔は不満であることを隠そうともしていない。
「ここに来て半年ほどですよね?」
「そうだけど?」
「それはダンジョン産の武器ですか?」
「三層の浅い所のヤツだけどな」
「今使えるダンジョンスキルはいくつありますか?」
「二個だけだ」
「ふむ」
突然の質問ラッシュに谷中はふてくされたまま答えていくが、糺はその態度を気にした様子も無く、質問が終わると顎をさすりながら何か思案するように黙り込んだ。
「なぁ。なんかあんの? 腹減ったから用がないなら俺ぁ帰りてぇんだけど」
「待ってください」
「何、やっぱフロアボス手伝ってほしいの?」
「いえ、それは結構ですが」
「チッ」
再度断られてしまった谷中は壁を思い切り蹴りつけた。暗い色の石壁は硬く,自分の足が痛くなっただけだった。
「谷中君。ナビゲーションパートナーを雇ってみる気はありませんか?」
「はぁ? なんだって?」
「ナビゲーションパートナーです」
「ナビ? 雇うってどういうことだよ。ここはこんなことやってるけど刑務所だぞ」
「安心してください。相手も犯罪者です」
「一個も安心できねぇな、それ」
「本日管理センターまで戻ったら、回収係の人に申し出てください。必要なレクチャーの後、ナビゲーションパートナーを紹介してくれるはずです」
「雇うとか言ってねぇんだけど」
「帰り道で誰か他の方と出会うことがあっても、ナビゲーションパートナーのことを話してはいけません」
「糺のおっさんが俺に話すのは良いのかよ」
「その理由も、管理センターの係の方から説明されます」
「じゃあ、なんで回収係のおっちゃんとかからその話が出てこねぇんだよ」
「それも、係の方から聞いてください」
どうやら糺からはこれ以上話すつもりは無いようで、管理センターで聞けの一点張りとなってしまった。
「ソロ攻略を続けるつもりなら、雇っておく方が良いでしょう。これは、減刑無しの本当の親切ですよ」
そう言ってフッと鼻で笑いながら背中を向けた。
もう用件は終わったらしく、振り向かずにずんずんと奥へと向かって行ってしまった。初めて会った時の親切が『減刑のため』だった事を自分で揶揄したのが面白かったのか、後ろ姿の肩が笑いで揺れていた。




