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ダンジョン刑350年!  作者: 内河弘児


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第八話 血まみれの笑顔

 ダンジョン産の木刀を使い始めてから一週間ほどで、谷中は自分の筋力以上の力で振るう事が出来たり、木刀に電気を帯びさせた状態で殴りかかったり出来る様になった。

 これらの技を駆使することで大イノシシを木刀でも倒せるようになり、ボウガンと木刀をうまく使い分けることで効率よくダンジョンを攻略出来るようになっていた。


「スキルってヤツですね。攻撃系のスキルが発現してうらやましいですよ」


 と、あれからすれ違えば挨拶をする程度には仲良くなった西野から、うらやましがられたりもした。

ちなみに西野は人の怪我を治せるスキルを手に入れたらしいが、


「痛いのが嫌いなので慎重に攻略しているんですよ。めったに怪我をしないので宝の持ち腐れです。ダンジョン刑務所ではパーティプレイなんてしませんしね」


 そう言いつつ、西野は谷中とダンジョン内ですれ違う事があれば、かすり傷だろうが小さな切り傷だろうが、傷ついていれば治癒スキルで直してくれた。


「このスキルがダンジョンの外でも使えるのなら、出所後に奉仕活動などをして人の役にたてるのですけど」


 そう、悲しそうな顔をしながら。

 ダンジョン内で得たスキルは、ダンジョンの外では使えないのだ。

 

 さらにひと月ほど経ち、ダンジョンの攻略にも慣れてきた頃。

 その日谷中は三階層まで全くモンスターと遭遇しないままたどり着いてしまった。

 先行する囚人との間隔が狭いとこういうことがあるらしいとは聞いていたので、鉢合わせしたら嫌だと思いつつ谷中は慎重に足を運んだ。

 数分歩いた先に、曲がり角が見えてきた。曲がると袋小路になって行き止まりなのだが、毎日ポップする宝箱のある道だった。

 先行する囚人がいると言うことは、その宝箱もすでに空になっている可能性が高かったが、ダメだったとしてもほんの十分程無駄にするだけなのだし、万が一先行する囚人が宝箱を見逃していればラッキーだからと考え、谷中はその曲がり角を曲がった。


「た、た……すけ……!」


 曲がった先には、血まみれの男が倒れていた。

よく見ればそれはダンジョン産のでる宝箱の在処を教えてくれた薩摩だった。暗がりでよく見えないがどうも下半身が無くなっているように見える。


「大丈夫か?」


 あまり良い印象を持っていない相手だったが、見捨てるのも後味が悪いと思い谷中は駆け寄った。

 谷中が助け起こそうとするより一瞬早く、倒れている男を抱え起こす手があった。


「良かった、谷中君。人を呼んできてくれないか」


 そう声をかけてきたのは、西野だった。


「西野さん」

「先ほど、この階層では出てこないはずの強いモンスターが出てきたんだ。彼が襲われているのをギリギリで助けてここまで連れてきたんだけど、僕では担いで入り口まで行く体力が無い。ご覧の通り一刻を争うひどい怪我だから、管理センターに助けを求めてきてほしいんだ」


 そう言って、無くなっている下半身に向けて治癒スキルを使い始めた。

 薩摩は死んでも可笑しくない程のひどい有様だったが、確かにまだ息をしている。

 この状態の体に西野の治癒スキル程度で効果があるのかは谷中には判断が出来なかったが、管理センターが救命センターを兼ねているというのは聞いていた。

 何より、西野は谷中よりも数年も長くダンジョンに潜っている囚人だ。こういったときの判断は適切に違いないと思ったのだ。


「急いで行ってくる。モンスターの再ポップ時間まではまだ間があるだろうから、早く戻ってこれると思う」


 そう言って谷中は立ち上がると、急いで来た道を戻ろうとした。

 曲がり角まで戻り、出口に向かう方へと曲がろうとして、ふと違和感に気がついて足を止めた。

 ここは、宝箱のある袋小路で、進んでも五分ほどで行き止まりに突き当たる。そこまでは一本道で曲がり角も分かれ道もない。

 あの男と西野を襲った階層にふさわしくない強いモンスターというのはどこに行ったのか。突き当たりの宝箱付近にまだいるのではないだろうか。 

ダンジョンに詳しい西野が、間違えて袋小路へと逃げ込んでしまうのは考えられないため、谷中はモンスターは袋小路の奥にいるのだと考えた。

 そうであれば、あの場に二人を残して行くのは危険な気がした。


「俺があの人を背負って、西野さんが治癒スキル使いながら一緒に走って戻った方が良いんじゃネェか?」


 西野は薩摩を担いで入り口まで行く体力が無いと言ったが、数年間ダンジョンに潜って生き残っている人間だ。地下三階から地上まで、自分一人走るぐらいならできるはずだ。そう思った谷中は来た道を戻るべく振り返った。


「ぐあああぁ」


 かけだした瞬間、死にかけていた薩摩の断末魔が聞こえてきた。

 声の方へと視線を投げれば、倒れている薩摩の胸部、西野が手をかざしている部分が水ぶくれの様にブクブクと膨れていき、そして人の頭ほどに膨れて血しぶきをまき散らしながら破裂する所が視界へと入ってきた。

 ちょうど心臓のあたりに大きなくぼみが出来た薩摩は、ピクピクと筋肉が痙攣して動いていたが、どうみても生きてはいなかった。


「西野さん」

「……戻ってきてしまったのですか、谷中君」


 破裂した血を至近距離で浴びて、真っ赤に染まった西野が困った様な顔を谷中に向けた。


「あんた、何したんだ」

「命のきらめきを感じていました」


 そう言って西野は立ち上がった。ポタポタと、その顎から血が滴り落ちていく。


「治癒スキルというのはね、正確には人の体を活性化するスキルなんです。造血機能を活性化して血液を大量に作り、血管の一部をせき止めて……内部から爆発させる。心臓の鼓動を思い切り速めて、その中に血をためてためて、破裂させる。そんなことも出来てしまうんですよ」


 ナイショにしておいてくださいね、と言って西野は人差し指を立てて口に添えた。まるで、いたずらが見つかったヤンチャ坊主のような顔をしていた。


「ダンジョン内でも、国内の法律は有効だって言われたぞ。殺人は犯罪だ」


 死んでしまった薩摩。先日一度あったばかりで知り合いという程でもないが、拾った武器をタダで返してくれるお人好しだった。居眠り運転で多数の死傷者を出した犯罪者で、死者と遺族を悼む気持ちがありつつも他責感情が抜けきらない所のある男だった。

だからといって、司法とは関係ない第三者が殺して良い、という事にはならない。

 谷中は自身が冤罪でこの場にいるのもあって、西野が許せなかった。


「ダンジョン刑が出来たことによって、この国からは死刑が無くなりました。この人を殺して三十年ぐらい刑期が延びたところで、僕には何の痛痒(つうよう)もないんですよ」


 そう言って、西野は声をあげて笑った。

 今まで何回か顔を合わせた中でも、聞いた事も無い大きな声の高笑いだった。


「体の一部がはじけて恐怖に震える表情がたまらないのです。血が失われていって、鼓動がだんだんと弱くなっていく心臓を感じるのが心地よいのです。そして、命が失われつつあるのにまだ暖かい血液が尊いのです! もう僕は、ナイフを一振りすれば三人は切り裂けるような人混みに出ることは叶いません! でも、でも、その手応えが、感触が、忘れられないんですよ!」


 そう言って笑う西野の目は瞳孔が開ききっており、まともな人間のモノではなかった。




「西野さんがそんなことするわけないだろ。お前、何回怪我を治して貰ってたよ。成果を譲って貰ったことだって二度三度じゃないだろ? 犯罪者といえど、恩を仇でかえしてんじゃねぇよ」


 急いで引き返し、谷中が西野の所業を回収係へと報告した結果、返ってきた言葉がこれだった。

 谷中の他にもダンジョンの成果物を譲って貰った事のある人間、怪我を治して貰った事のある人間は沢山いたようで、刑務所内での西野の人望は厚かった。

 谷中の話は皆から鼻で笑われ、西野の穏やかさに対する嫉妬だと思われ、軽く流されてしまった。


「すでにひどい状態でしたので、治癒スキルを使う際に焦ってしまったようです」


 西野のその説明を管理センターの人間も信じ、谷中は治癒スキルが暴走した瞬間を見て勘違いしたという事にされてしまった。

 西野を悪く言った谷中はその日、収容所内の食堂で浮いていた。

 チクチクと刺さる視線に耐えながら、谷中は一人で美味しくもない食事を作業の様に口へと押し込み、無理矢理飲み込んで終わらせた。

 谷中には聞こえなかったが、遠くの席でやはり一人で食事をしていた糺が「だから人を信じるなと言ったんだ」とつぶやいていた。

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