プロローグ.1 ダンジョンを行く二人
むき出しの岩肌に囲まれたほの暗い洞窟内。すでに入り口は遠く、外からの灯りが届く範囲はとっくに通り過ぎてしまっている。ぐるりと見渡しても、照明と思わしき装置は見あたらないのだが、不思議なことに洞窟内は数メートル先まで見える程度に明るい。
どこからかしみ出しているらしい水に表面を濡らされた岩肌はぬめぬめとてかり、通り過ぎる人の影をぼんやりと映している。
ポチョン、ポチョンと水滴の落ちる音を上書きするように、カツンカツンと人の歩く音が響く。
光源の分からない灯りの中を歩くのは、まだ少年っぽさの抜けきらない青年だった。
短く刈り上げた後ろ髪と、対照的に長く伸ばしてある前髪が特徴的な髪型をしている。肩を怒らせつつ少し猫背気味にして歩く姿は、いわゆる『ヤンキー』や『チンピラ』といった輩のようだった。
すだれのように垂れる前髪がゆれると、その隙間から時折瞳が見える。くっきりとした二重でぱっちりと大きな目だったが、その視線の鋭さのせいで可愛らしさは感じられなかった。
「谷中っち、谷中っち」
「ちっ」
「えぇー! 舌打ちで返事って斬新すぎなぁい?」
「あんだよ」
洞窟内を一人歩く青年が、周りに誰もいないのに二人分の声で会話を交わしていた。よく見れば、右耳にイヤーカフス型のスピーカーが取り付けられている。谷中と呼ばれた青年は、指先でイヤーカフスをいじると音の聞こえを調整した。
「谷中っち。今の所を三歩戻ってみてクレメンス」
「はぁ? 何でだよ」
「隠し部屋の可能性が微レ存」
「こんな序盤の通路に、そんなもん残ってるわけないだろ!」
イヤホンから聞こえる声に、谷中は顔をしかめた。
不機嫌さを隠す気も無いのか、イラつきが声にも出てしまっている。
「谷中っちの足音の反響がおかしかったんよぉ。ネ、ネ、ネ、ほんの三歩戻るだけだってばよ!」
「まっすぐ自分の進路は曲げねぇ。それが俺の極道だ」
「んもぅ、谷中っちはもう極道になるのやめたんでしょ~」
イヤホンから呆れた声が漏れてくる。谷中はわざとらしく大きなため息をついた。
谷中はイヤホンから聞こえてくる声の語尾に釣られて、子どもの頃に見ていたアニメのセリフを模倣してみただけで、極道という信念についてよく知っているわけでもこだわっている訳でもない。
「三歩戻るだけだな?」
話題を変えるように、やるべき事を聞き返す。
「そうそう、ほんの三歩ほど軽やかにバックステップして、指示する場所をコンコンコーンって剣で小刻みに叩いて、ボクちんが『ここぞ!』という場所でスキル発動して壁壊してくれるだけでいいから!」
「めちゃくちゃやることが多いじゃネェか!」
「素直にキレてて草ぁ~」
イヤホン越しに、ヒッヒッと引き笑いをしている息づかいが聞こえてきて、さらに谷中のイライラは募っていく。しかし、口は軽いがナビの腕は信頼出来る事を知っている谷中は、素直に三歩戻る。イラつきのせいか、足音はバックステップとはほど遠く『ドスッドスッドスッ』と力強いものになってしまっていた。
「いやーん。そんな歩き方で戻ったら反響とれないじゃーん……っとストップ。右の壁を上の方、肩の高さ、下の方で一回ずつ叩いてみそ」
返事をするのも嫌になっている谷中は、言われたとおりに右手に握っていた剣で壁を叩いていく。すると、自分のスネあたりの高さの部分を叩いたときに、谷中自身でも分かる程度に手応えの違う場所があった。
「ここか?」
「そこだー! 行け! 必殺の豪腕爆殺剣!」
「そんな技名じゃねぇ!」
イヤホンの声へのツッコミを叫びながら、谷中は壁を剣で叩いた。
壁はガラガラと音を立てて足下から順に天井近くまで崩れていき、地面に落ちそうになる直前に細かい破片となって次々に消えていく。静かになった頃には、谷中が二人ならんでも通れる程の入り口が現れていた。
「やったね! やなちゃん! 隠し部屋発見は減刑5年だよ!」
「やなちゃん言うな。……中に宝箱でもあればさらに良いんだけどな」
隠し部屋の入り口が発見されたことで、谷中の機嫌も多少上向いたようだ。イヤホンに対する声に若干の柔らかさが混じっている。
「中は暗いな」
慎重に、谷中はすぐ中に入らずにのぞき込むようにして中の様子をうかがう。光源が無くてもあかるい洞窟通路と違って、隠し部屋の中は真っ暗だ。
「谷中っち、雷神激震波を一発足下に撃ってくれる?」
「だから、そんな技名じゃねぇっつってんだろ」
そう言いながら谷中は剣を振り上げ、力をためる。パリパリと音をたてながら、剣が電気をまとっていく。
「はぁっ!」
気合い一閃、暗闇の床へめがけて剣を振り抜いた。
バチィっという弾けるような大きな音と同時にイナズマが床の上を走り、室内が一瞬だけ明るくなる。十畳ほどの大きさの正方形の部屋に、四匹の二足歩行のモンスターが潜んでいるのが見えた。
室内はすぐに暗くなる。
「見えたか?」
「オーケーオーケー! オーキードーキー! ホーキーポーキー!」
「アイス食いたくなるからやめろ」
「室内の大きさおっけぃ。敵の初期位置もおっけぃ。谷中っちのセンサーをソナーモードに変更。ヨッピーラムネも食べて糖分補給もおっけぃ」
「耳元でモノを食うな」
「さぁ、ショータイムの始まりだ! 谷中っちは目をつぶって耳に集中!」
谷中は目をつぶり、剣を持った手もだらりと下げて素直に立つ。
「いいぞ」
耳元から、ポキポキと指を鳴らす音が聞こえる。ソレが合図だ。