4章 紫と使徒
暑い。
夏の季節になると毎日耳にするこの言葉。太陽の光が当たる角度によってこの暑さになるらしい。
「あつーい…」
外からミンミンゼミの鳴き声が五月蝿く鳴る。日差しは教室の中を焼いていた。
ミーンミンミンミンミンーーーン…
「全く…人間が地球温暖化しなければまだマシだったのにね…」
「…うん…」
暑そうにする三人。渡辺双葉、足立綾野、十川新羅。
「貴様らは本当に暑さに弱いのだな」
澄まし顔で言うのは中山嬢子。最近話し方を矯正したらしい。本人曰く、この方が偉い人っぽいと言う。
「嬢子ちゃんは暑いの平気なの?」
「勿論、平気なのだ」
「…足…」
嬢子の足を見ると、盥に氷水を入れてそこに足を入れていた。
「ズルいぞ、私も入れろ」
「わるいな綾太、これは一人用なんだ」
「…ス◯夫…」
「私も入りたーい!」
四人で話していると、
「そろそろ授業始まるぞお前ら」
少し顔が強張った亮真が来る。
「高遠亮真、お前は暑くないのか?」
よく見てみると、暑そうな素振りや汗を流していない。
「んー…普通だけどな」
ガラガラガラ
「先生来たぞー」
「戻るか」
それぞれ席に戻る。次は現代国語だ。
「すみません…それじゃ始めさせて頂きますね…あっ、号令は大丈夫ですすみません…」
現代国語の先生。月鷹先生である。何故か物凄い謙虚というか、謙虚過ぎる先生である。
「もうすぐ夏休みですよね、皆さんは何かご予定とかありますでしょうか?」
「無いっす!」
クラスが笑いに包まれる。クラスメイトの一人である。名前は確か井口俊。天然というかお馬鹿である。サッカー部である。
「おぉ…俊さんは部活とはかあるんですか?」
「あるけど、まぁ無いっすね」
「そうなんですね…じゃあ数人聞いていきたいと思いますが…」
月鷹先生が座席表を見る。
「じゃあ…河野弥生さん」
「えっと…ディ〇〇ー行きます」
「あっ、良いですね〜オバチャンもディ〇〇ー大好きなんです、私の馬鹿娘も大好きでね、夏休みとか冬休みとかで毎回言ってるんですよ〜」
河野弥生。クラスメイトの一人で吹奏楽部と新体操部を両方やっている。女子から人気で明るめの性格。
ちなみに、いつもの五人の部活はこんな感じである。
高遠亮真 バドミントン部 (エース)
十川新羅 自然科学部(現在ビスマス結晶を作っているらしい)
渡辺双葉 吹奏楽部 (フルート)
足立綾野 バドミントン部 (エース)
中山嬢子 茶道部(何度か緑茶を紅茶にすり替えてる経歴有り)
少し雑談のようなことをしていると、
プルルルルルル プルルルルルル
学校の内通電話が鳴る。
「あぁあぁ」
少し慌てながら月鷹先生が受話器を取る。
「もしもし…」
少し話していると、受話器をガチャりと置く。
「すみません高遠くん、先生からお呼び出しがあります」
「誰ですか?」
「校長先生からで…」
クラスがざわつく。
『亮真お前何したんw』
『アレじゃね、怪物の…』
「取り敢えず行きます」
亮真は立ち上がり、教室を出た。
(…アレかな…)
そして、校長室へ向かった。
コンコン
「失礼します」
ガラガラ
ドアを開けると、目の前のソファに校長先生。そして向かいのソファには怪物課課長の佐藤源郎が座っている。
(どっちに座るのか…)
恐らく話に来たのは源郎の方だろうから、校長先生の方に座るべきだろう。しかし、もしかしたら校長先生が亮真の義父である源郎と一緒に面談のようなものをするから源郎の方に座るべきかもしれない。
(うーん…)
迷った挙げ句、
「亮真、何をしている、座ろう」
と源郎が言うと、亮真は校長室の奥へ向かい、
(…?)
二人は亮真が何をしようとしているのか見当もつかない。すると、
「よいしょっと」
校長室の奥にある一人用の椅子に座った。
「りょ、亮真くん…?」
校長先生が戸惑いの声を出す。
(何してるんだ亮真…)
呆れて頭を抱える源郎。
「…亮真、長谷部校長先生の隣だ…」
「あぁ…そっちか」
亮真は校長先生の隣に腰掛けた。
「では改めて、今回の要件をお聞きしたいのですが…」
「わかりました」
ん゙ん゙と咳払いをして、口を開いた。
「亮真がいつもお世話になっています」
「いえいえ、あの時の怪物の件でも亮真くんのお陰であまり被害を出せずに済みました」
「本題ですが、今年の息子の夏季休暇についてです」
「夏期休暇ですか…すみませんね、今予定表が手元に無くて…」
すると、源郎が鞄から紙を取り出す。
「息子のプリントをコピーしたものです」
「あっ、ありがとうございます…」
頭を下げる校長先生。
「いえいえ、それで亮真、聞きたいことがある」
「なんだ?」
「一週間くらい何処か時間を空けれるか?」
「問題ない」
「亮真くん、予定とか無いのかい?」
「部活くらいしか無いです」
「部活の時間、貰ってもいいか?」
亮真は少し笑う。
「元々そのつもりだ」
「決まりだな、じゃあいつからいつまでだ?」
「7月26日から8月2日」
「わかった」
「決まりましたね」
すると、源郎が申し訳無さそうに言う。
「長谷部校長先生、出来ればですが、ここからは二人で話がしたいのですが…」
「わかりました、少し席を外しましょう」
校長先生は立ち上がり、校長室の外へ出た。
「ここからが本当の本題だな」
「その通りだ、あの話は覚えているよな?」
「俺が忘れるわけ無いだろう」
数ヶ月前 病院
病室のドアが開く。
「来たぞ」
亮真が源郎が寝ているベッドに向かう。
「…あの傷が一日で治るとはな」
「俺の身体能力を舐めるなよ」
少し笑いながら言う。
「さて、聞かせてもらうぞ」
「…良いだろう、他言をしないように」
何十年も前、英雄と呼ばれる男がいた。その男は私達と同じ、怪物を倒す仕事をしていた。彼が持つ武器、"剣太刀"は様々な怪物を制していた。
そんなある日、怪物ではない何かがとある街を襲った。強大な力でその街は光に包まれ、一瞬で壊滅した。英雄はそれと戦った。しかし、その何かとあともう少しのところでで英雄はこの世から亡くなった。
残されたのは二本の刃。"刀"と"剣"である。
何かはこの世界に三体の使徒を残し、何処かへ消えていった。その何かと使徒は未だに見つかっていない。
私達はその何かを"神"と呼ぶことにしたのだ。
「…おとぎ話にしては最近過ぎるな」
「…これは実話だ」
「神なんて人間が作り出したモノだろうよ」
「…まぁ聞け」
源郎は続ける。
「…亮真、お前とこの話に出てくる英雄と酷似しているんだ」
亮真は少し首を傾げる。
「俺はそんな昔に産まれてないぞ」
「…そこじゃない」
「…もしかして、"刀"か?」
亮真は刀を取り出して見せる。
「…その通りだ」
「偶然じゃないのか?」
「…もう一つ根拠かまある」
源郎は亮真の髪を見る。
「…英雄は…帥曹流の使い手だったらしい」
亮真は目を見開く。
「つまり…どういうことだ?」
「…亮…いや、高遠亮真、お前の生みの親はその英雄だと思われる」
沈黙が流れる。
「…わあった、じゃあ幾つか質問するぞ」
「…可能な限りな」
「一つ目、この世界にいるらしい使徒とやらは何処にいる?」
「…残念ながら今もわからない」
亮真が続ける。
「じゃあ二つ目…というか最後の質問だが、俺がその"刀"とするなら、"剣"は何なんだ?」
源郎は答える。
「…どこに居るかはわからないが、恐らくお前の兄弟だ」
「…兄弟」
亮真は目を見開く。
「…亮真、お前の血の繋がった人がいるかもしれないということだ」
亮真の目が少し明るくなったような気がした。
現在に至る。
「…で、それがどうしたんだ?」
緊張した様子で源郎が言った。
「使徒が一体見つかった」
亮真がゆっくり目を閉じる。そしてまた開く。
「俺がそいつを倒すのか?」
「あぁ、勿論こっちでも最大限のサポートはする」
「お義父さんは戦わないのか?」
「お前が必要なら参戦する」
「わかった」
すると、源郎が鞄から紙を取り出す。
「場所は…ここだ」
指を指したところを見る。そこは、
長山市 玄武山
と書いてある。
亮真は笑う。
「旅行みてぇだな」
源郎も笑う。
「そうだな」
こうして、二人の話が決まった。
「…」
真顔で聞き耳を立てている。その拳は強く握られていた。
ガラガラガラ
「すみません長谷部校長先生、終わりました」
「おぉ、終わりましたか」
キーンコーンカーンコーン
「すまなかった亮真くん、授業の時間を貰ってしまって」
「構わない」
「今日は、ありがとうございました」
「いえいえ」
大人二人は軽い会釈をする。そして亮真は教室へ、源郎は署へ帰っていった。
「…」
長谷部校長。その男の中には、とある決意が固まっていった。それはまるで夏の暑さに焼かれる陶器のように固く。
7月26日
「準備は出来たか?」
「あぁ、勿論だ」
亮真が返事をすると、
「私もー!」
「出来ました」
「…」
「妾も出来たぞ」
荷物を持った四人が亮真の後ろから出てきた。
「なんでお前らまでついてきてんだよ」
「良いじゃん、人数多い方が心強いでしょ?」
「楽しくねぇぞ」
「亮真くんと一緒ならそれでいいもん♪」
亮真と話す双葉。
「あ、あの、亮真のお父さん…」
「あぁ、亮真の友達か」
「これからよろしくお願いします…」
「勿論だ」
源郎と話す綾野。
「…」
(これって…!Sクラスベンツ?!超高級車だしデカい!)
車を見て驚く新羅。
「私のパパが何台かもってる車だな」
「…え」
凄いカミングアウトをする嬢子と凄すぎて逆に引いてる新羅。
「それじゃ、皆乗りな」
運転席に源郎が乗る。助手席には新羅が乗った。
「おや、皆と一緒じゃなくていいのか?」
「…はい…」
目を輝かせながら車内を見渡す。
「…車、好きなのか?」
「あ…はい…」
「自慢になってしまうが、こう見えて怪物課のトップだからな、だとしてもかなりの額だったがね」
「…なるほど」
「いつか沢山働いて、買えるといいな」
新羅は深く頷いた。
一つ後ろの席には嬢子が座っていた。
「まぁまぁな座り心地だな」
嬢子の反対側の座席は、荷物で埋まっている。
そして一番後ろは…
「なんで俺が一番後ろなんだよ」
「良いじゃん、私は隣で嬉しいよ」
「私は双葉の近くがいいから…」
案の定、亮真を真ん中にしてその左右に双葉、綾野が座っていた。
「助手席がいい」
「諦めろ、新羅が座ってる」
「私の隣で居てね、亮真くん」
それを見ていた源郎。
(亮真…立派に青春を送れているようだな…)
心が暖かくなっていた。
「出発するぞ」
「はーい!」
エンジンがかかり、車が動き出した。
「…」
あれから何時間か経っただろうか、皆は寝てしまっていた。双方から頭を寄せられて亮真は身動きを取れなかった。
(…なんでこんなことに…)
ブラックコーヒーを飲みながら高速道路をウンテンしている源郎。
「亮真」
小さな声で言う。
「どうした?」
「暇つぶしに何か持ってきてないのか?」
「持ってきてるぞ」
「なら良かった」
亮真は何かを取り出した。源郎はバックミラーからチラ見すると…
(東大…赤本…)
少し集中が切れた。シャーペンを持って何かを書いている。
何時間後、源郎がふとバックミラーからチラ見をすると…
(…ゲームか…)
何故かわからない。しかし、源郎は安心感を覚えたのだ。
「なんのゲームをしているんだ?」
「マイ〇〇ラフトってゲーム」
「少し聞いたことがあるな」
「まぁハードコアの600日目くらいかな」
「二年前からやっているのか?」
「いや、このゲームの中の一日だから大体200時間くらい」
「ほぅ…凄いな」
「そろそろ到着するぞ」
「…んぇ…?」
皆が目を覚ます。各々伸びをしたり欠伸をしたりと。
「今日からこの旅館を借りる」
旅館 玄武館
「すごーい!ここに泊まるんだね!」
「綺麗だな」
山奥にある旅館。周りには木々が茂っている。山奥ながら、他の客が結構いることから、人気の旅館らしい。
「中々の旅館じゃないか」
「…うん」
すると、
「亮真くん?大丈夫?」
亮真の顔色が少し悪い。
「もしかして、車酔いするタイプか?」
「気にするな」
平然を装うが、少し様子が変だ。しかし、それ以外は何時もと変わらないのであまり気に留めなかった。
「よし、入ろう」
六人は旅館へ向かっていった。
部屋は二つあり、それぞれ男子部屋と女子部屋に分かれていた。
男子部屋
「ここが俺達の部屋だ」
亮真、新羅、源郎の三人が部屋に入る。畳で出来た床。そして窓の外は森だった。
「この近くにコンビニとかスーパーがあるらしいから、そこで買いたかったら買えばいい」
「わかった」
「…はい」
「それじゃ、俺はなんか買ってくるぞ」
源郎は部屋から出た。
「…亮真のお父さん…お酒好き?」
「知らん」
「…え?」
「普段家に居ねぇからな」
「…そう」
「まぁこの件で会ってるからいいんだけどね」
「…」
「それより、色々持ってきたぜ」
亮真は鞄から色々取り出す。ゲーム機と、ソフトを取り出した。
「これ、やろうぜ」
亮真はカッ〇〇ッドのソフトを取り出す。新羅はニヤリと笑った。
「…勿論」
女子部屋
「すごーい!」
「…あまり広くないな」
「まぁ、いいじゃないか」
燥ぐ双葉とそれを見る綾野と嬢子。
「ここが洗面所とお風呂、そしてトイレね」
「ここにお布団あるよ!」
「このモニターはなんだ?」
「テレビだと思うぞ」
「この小さいのがテレビ?」
「嬢子ちゃんの家のテレビってどんな感じなの?」
「私のは特注した…多分この部屋と同じくらいの大きさのやつだ」
「でかっ」
やはり嬢子のスケールは段違いと改めて知る二人であった。すると双葉がニヤニヤしながら二人に話しかける。
「ねぇねぇ、二人ってさ」
「どうした渡辺双葉」
「ん?」
「好きな人っている?」
その瞬間は綾野の顔が赤くなった。
「綾野ちゃーん?もしかして…」
「そ、その話は夜で!」
「夜だね!約束だよ〜」
「うぅ…」
六人が部屋に集まる。
「これからのことを今から話す」
皆が頷いた。
「まず亮真」
「うい」
亮真が返事をする。
「これから玄武山にいる使徒を倒してもらうことになるが、幾つか言うことがある」
「なんだ?」
「一つ、倒す事より自分の安全を最優先にしろ」
源郎は続ける。
「二つ、怪我をしたら病院にすぐに行け」
「はいはい」
「三つ、助けが必要だと思ったら遠慮なく言うんだぞ」
「わあったよ」
「そして他四人」
「はい」
「亮真のサポートを頼みたい」
「あの」
綾野が言う。
「他の怪物課の人とかっていないんですか?」
「次の日に来る予定だ」
「あ、お義父さん一人じゃないんだ」
「あと二人来る」
「へー意外」
「今日はこれで終わりだ、今日は飯屋に行こう」
「どこに行くんだ?」
嬢子が聞く。
「近くに美味いラーメン屋があるらしい」
夜
男子部屋
新羅は疲れたのか、寝ていた。
「亮真」
缶チューハイを飲みながら源郎は言う。
「学校、楽しいか?」
亮真は笑う。
「勿論」
「俺たちは血は繋がっていないけど、本当の家族みたいだ」
少し顔が赤い。酔っている。しかし、馬鹿みたいに酔っているわけではないらしい。
「酒、強いのか?」
「まぁな」
「…家族って何だと思う?」
亮真が言う。
「…そりゃ…血が繋がってるとかか?」
少し間を置く。
「友達ってさ、一緒にいるとなんか安心するよな」
「まぁ、確かにな」
「でも、時々思うんだ」
亮真は続ける。
「特に何も思ってなくても、友達の為に何かしたいって思うようになるんだ」
「ほぅ」
「それが、親友ってものなんじゃない?」
「…」
(一理あるな…)
更に続ける。
「でもさ、そうしていく内に、何かしたいって思わなくてもその親友に何かしてあげることがあるんだ」
「…」
「それが、"家族"なんじゃないかな」
はっとした。
「…なるほどな…」
(俺は…息子の為に何をしたのだろう)
源郎は悩む。
「お義父さん」
源郎は亮真を見る。
「ありがとう」
酒が体を回ってきたのか、体も心も温かくなっていた。
「…もう遅いから、寝よう」
源郎は横になると、すぐに寝てしまった。
女子部屋
温泉に入り、歯を磨き、布団を敷いた。
「これで合ってるかな?」
「うん、バッチリだ」
「電気を消すぞ」
嬢子は電気を消す。
「ねぇねぇ」
案の定双葉が話しかける。
「綾野ちゃ〜ん?」
「なんだ双葉」
「恋バナするよ」
「うっ…!」
動揺する綾野。
「洗い浚い吐いてもらおう」
ニヤニヤしながら双葉が綾野に迫る。
「そんな…私は…」
「吐け、足立綾野」
「嬢子まで…」
(どうしよう…)
綾野は黙る。
「ほらほら、言っちゃいなよ〜」
(私の…好きな人は…)
「やっぱり…亮真くん…?」
(…!)
綾野は少しだけ頷いた。
「やっぱりー!」
「静かにしろ渡辺双葉」
綾野は撃沈していた。
「やっぱり亮真くんって人気だよね〜」
「私は恋愛に興味無い」
「嬢子ちゃんって何が好きなの?」
「富、名声、力」
「なんか…何処かで聞いたことあるような…?」
「…ワ〇〇ース」
「あっ、綾野ちゃんが復活した!」
「おい足立綾野、アイツの何処に惚れたんだ?」
「気になる〜」
綾野は恥ずかしそうに答える。
「…色んなところで助けて貰って…カッコいいなって…」
「だよね〜顔も勉強も運動も完璧だもんね」
「高遠亮真、アイツは性格を直せ」
「でも、なんかそういうところなんか追いかけたくなっちゃうんだよね」
「アイツはツンデレだからか」
「かもね、というか亮真くんは好きな人いるのかな?」
沈黙が流れる。
「アイツは居ない」
「…いないな」
「うん…」
その後、新羅の話題が出たが、速攻で終わった。その夜、新羅は何故か目から涙が出たのであった。
7月27日
「そろそろ来るらしい」
旅館のロビーで亮真、源郎は待っている。
そして旅館のドアが開き、
「お待たせしました、課長」
「よく来たな、和泉紫雪」
金髪のポニーテールの女性。蔦の怪物のときに源郎と同行していた女性だ。
「貴方が高遠亮真さんですね」
「そうだ」
「私の名前は和泉紫雪でs」
「親友ー!来たぞー!」
鬱陶しいのが来た。
「礼二さん、公共の場ですので、お静かに」
「おっと、すまない」
少しくせ毛のある黒髪をした男性。
「改めて!俺は宇津礼二だ!」
礼二は亮真の手を無理矢理取り、激しく握手した。多分腕が複雑骨折した。
「この二人が今回一緒に戦ってくれる二人だ」
「亮真さん、よろしくお願いします」
「共に使徒を倒そう!親友!」
「礼二さん、声が大きいです」
「すまない!」
「私の話聞いてましたか?」
「あぁ!勿論だ!」
「…」
紫雪は完全に呆れていた。
六人は車に乗り込んだ。
「準備はいいか?」
全員が頷く。
「勿論、出来てるぜ」
源郎が運転する車、その後ろに紫雪と礼二が乗る車が走る。
向かった先は旅館がある場所より更に山奥を進む。道が未舗装の為、車がグラグラ揺れている。
「おい、こっちに寄るな」
「しょうがないよ〜揺れてるもん」
「…」
今朝から綾野は顔を少し赤らめていた。
暫く進むと、やがて木々が無くなり、開けた場所に出る。
車を留め、皆は降りた。
「ここが目的地だ」
辺りは小さな草原のようになっている中、一際注目を集めるものがある。
「あの洞窟はなんだ?」
「あの中にいる」
緊張が走る。あの中に"神"が生み出した使徒が居るのだと思うと、手に汗を握る。
「亮真くん…」
「安心しろ、俺は強い」
「そうだ、亮真は馬鹿力持ってるからな」
「…うん…」
「倒して来い高遠亮真」
「…行ってくる」
亮真は洞窟へ踏み出した。その顔は、少しの強張りもあったが、何処か顔色が悪かった。
そして紫雪が言う。
「皆さんは車の中で待機していてください」
「わかりました」
四人は車に乗り込む。
(お願い…!)
四人は、亮真の無事と勝利を願った。
「俺たちも行こう!」
「はい、行きましょう」
「…そうだな」
もう四人は、洞窟内へ入っていった。
暫く洞窟を進んでいくと、その中には、
「…デカい…」
明らかに人工的に作られた大広間があった。大きな壁には装飾が施されており、天井は吹き抜けで、太陽の光が照明となっている。
「…アレは…」
大広間の奥に椅子がある。そこに、誰かが座っていた。亮真はそれに近づく。
「お前か、使徒とやらは」
座っている何かが顔を上げる。その顔は、亮真達と同年代くらいの少年のような姿だった。
「…如何にも」
「街を破壊し尽くした神が産んだ…あの使徒…」
「あぁ、"マダー"様のことだな」
「マダー?」
「その神の名前だ」
少年は立ち上がる。
「貴様から…匂いがする」
「なんだ?人間臭いか?」
ゆっくりと使徒は言う。
「…あの忌々しい英雄とやらの匂い…!」
その瞬間、目にも留まらぬ速さで上段蹴りを繰り出す使徒。亮真はそれにしっかり反応し、
「甘い」
カウンターの蹴りを鳩尾に入れる。しかし、違和感を感じる。
「…硬ってぇな」
「小生は人間とは違うのだ」
使徒は亮真が蹴りを入れた足を掴み、地面に叩きつける。
「親友!」
礼二は助けに行こうとするが、源郎が止める。
「亮真は、助けは要らないらしい」
笑いながら言った。
叩きつけられた亮真。しかし、受け身でほぼノーダメージだった。
「使徒ってのはただ硬いだけなのか?あぁ?」
亮真は瞬時に起き上がり、足払いをする。体勢を崩した使徒の肩を掴み、顔面に膝蹴りを入れた。
「…貴様!」
赤い鼻血を出す使徒。身体を海老反りにして、足で亮真の首を絞める。
(チッ…!)
亮真はジャンプし、肩を掴みながら使徒の頭を地面に叩きつける。
(絞めが…緩んだ!)
亮真はその隙に今度は両足を掴み、使徒の股間に強烈な踵落としを決めた。しかし、硬い。あっ、そういう硬いじゃないよ。
「こいつ、性器が無い…」
「小生は使徒だ、生物ではない」
使徒は両腕で亮真の脛を殴る。
「うっ…!」
足が踏んでいた頭を離した。そしてその頭を起き上がらせ、頭突きを決める。後ろに吹っ飛んだ亮真だが、バク転をしながら受け身を取った。
「なぁ、遊びはここまでにしようぜ」
亮真が言う。
「良いだろう」
「ん、あんがとよ」
亮真は刀を取り出した。
「あの剣太刀とよく似た刀…腹が立つ…!」
怒りに満ちる使徒。
「貴様、小生の名前、冥土の土産に持って行くがいい」
「あぁ?」
「小生の名はパウラだ」
「へっ、冥土の土産にしてやんねーよ」
構えを取る亮真。
「帥曹流 青躑躅 元帥」
青い一閃を繰り出した。金属音が鳴る。
「あー…あまり切れてないな」
パウラを見るが、あまり効いてる様子は無い。
「行くぞ」
パウラがこっちに向かって走る。そして鳩尾めがけて正拳突きを繰り出す。それを避けながら斬りつける。しかし、効いてる様子がない。
攻防を繰り広げているが、埒が明かないのはお互いだった。
「あー面倒くせぇ」
「…」
「行くぞ」
パウラがニヤリと笑う。亮真は高速でパウラに近付き、斬撃を…
「これで終わりだ」
その瞬間、亮真は
倒れた。
何も見えない。暗い。
体が重い。締め付けられているような気がする。
「…」
口が動かない。
(…)
思考も働かない。
暗い
見えない
動けない
「亮真!」
源郎が叫ぶ!パウラの手に乗っていたものは、蝶だった。
(ムラサキアゲハ…か)
「気に食わないが、痛み無く葬ってやる」
パウラが拳を握りしめ、亮真の頭に狙いを定める。
「さらばだ」
カキン!
手を弾かれた。
「親友に手を出させやしない!」
礼二が鎖鎌を使い、弾いたのだ。
「小癪だ、先にお前らを片付ける」
パウラは礼二の方に歩いていく。そして、目で追えない速さで打撃を加える。
「ぐはぁ…うっ…」
(なんて…速さと重さ…)
礼二が膝を付く。
「人間というものはやはり弱いな」
「…俺らは…弱くない!」
体を無理やり起き上がらせようとしたが、その隙を突かれて顔面に蹴りを喰らってしまった。
「…弱い、遅い、本当に駄目な生物だ」
気絶し倒れている礼二。
「次はお前だ」
その目は、源郎を向いていた。
「…紫雪」
「何でしょう」
「…亮真と礼二を連れて外に出ろ」
「わかりました」
紫雪は礼二の方に向かう。
「女」
「…何でしょう」
パウラが鋭い目つきを紫雪に向ける。
「少しでも触れた時、貴様を許さん」
「…」
紫雪は源郎に目をやる。
(…諦めよう)
(…わかりました)
紫雪は礼二と亮真から離れる。
「女、もし貴様に戦う気が無いなら、危害を加えん」
「…」
後退る紫雪。パウラは再び源郎を見た。
「かかってこい」
「…お前を倒す」
源郎がゆっくりとパウラの方へ歩き始める。
「…」
(…間合い)
パウラは高速の蹴りを入れる。
カキン!
避けられる。そして、首に斬撃を入れられた。首に少し傷が入った。
「ほう…手慣れか」
次に正拳突きを喰らわすが、避けられカウンターを入れる源郎。その繰り返しだった。パウラの体に少し傷を入れるだけだった。しかし、確実にダメージを与えている。
「…」
横から見ている紫雪の体は震えていた。
(もし…課長が負けたら…)
悪い想像だけが頭の中を支配していた。そして、その恐怖で意識を手放してしまった。しかし、金属音は鳴り止むことはない。
「そろそろ疲労が溜まってくる頃だろう」
「…」
息切れが聞こえる。
「潮時だな」
「っ!」
脇腹に蹴りを入れられた。
「…」
身体が動かない。激痛が走っている。
(俺は…)
「お義父さん」「ありがとう」
フラッシュバックする記憶。
(…走馬灯か)
視界がボヤける。源郎は
泣いていた。
「俺は…俺はっ…」
呟く。
「息子一人、守れない…のか…」
暗い。
暗い。
暗い。
「…」
(…)
突然、紫の光が現れる。
(…!)
藻掻いた。何故か分からない。ただ必死に、本能の赴くままに。
動け。
動け。
動け!
動け!
"守れ!!"
パウラの視界に入った。
「貴様…何故…」
立っている。亮真が。
「気絶しているはずだ…何故だ」
立っているが、目は白目を向き、涎を垂らしている。しかし、さっきとは明らかに違うもの。
「その髪は…」
紫。
瞬間、パウラ目掛けて高速で接近し、斬撃を入れる。
「なっ…!」
吹っ飛ばされる。パウラの身体が壁に衝突し、めり込む。
「一体何が…!」
すぐさま亮真の方に駆け、打撃を加える。防ぐ素振りを見せず、もろに攻撃を喰らった。
「やはり…気絶している、細かい動きは出来ぬようだ」
次に、亮真はパウラに蹴りを入れた。
「単純な攻撃だn」
軽く後ろに避けたつもりだった。完璧に避けた。なのに、
「ぐはぁっ!」
(し、衝撃波だと?!)
気絶しているが、紫色の髪をした亮真の身体能力は計り知れないものとなっていた。
動け!
守れ!
動け!
守れ!
藻掻く。足掻く。紫色の光を掴むために。
「…っ」
(守…れ……!)
必死に。必死に。全力を出した。
(あと…少し……)
殆ど動いてない。しかし、確実に近付いている。
「…つ……」
届け!
掴め!
"守り抜け!!"
拳を握り締める。
意識が戻る。紫色の目をしている亮真はその目をはっきりと相手に向ける。
「テメェ…」
鋭い眼光をパウラにはっきりと向けた。その姿は正しく、静かな怒り。
「貴様…何故…」
取り乱すパウラ。
「…貴様ぁぁぁ!!」
パウラは亮真に向けて走り出す。
亮真は構えを取った。
「帥曹流 紫桜 元帥」
亮真が地面を踏み込む。その地面が抉れる。
そして、
紫色の閃光が、パウラの首を撥ねた。
「あ…ぁ……」
刃の先から紫色のソニックブームが出る。そして、壁に大きな切れ込みを入れた。
首が落ちる音がした。
「亮…真…」
涙を零しながら源郎が言う。
(あぁ…視界が…)
腕で涙を拭い、もう一度亮真を見る。
「ん?泣いてんのか?」
いつもの、黄緑色の髪をした息子。
「それより、見てみろよ」
亮真が指差した先に、大きく瞳孔を開けたパウラの首が段々と消滅していく姿が見える。
「アイツの中から何か出てきたんだ」
光。
一粒の光のようなモノ。暫くすると、真上に行き、天高く光は昇り、軈て見えなくなった。
「…ほら、何時までも泣いてねぇで帰ろうぜ」
亮真は気絶している紫雪を抱える。
「お義父さんはあの五月蝿い奴を頼む」
そして、出口の方に向かっていった。
「…家族……」
ハッとして、たおれている礼二を背負い、源郎は亮真の後に続いた。
使徒 パウラ
神 マダーが生み出した三体の使徒の中の一人。身体能力は三体の中ではトップクラスである。それに加えて、相手が持っている一番恐怖を感じるものを察知する事が出来、それを出したり幻覚を見せたりすることが出来る。しかし、本人の性格上、滅多に使うことは無い。
7月29日
「ただいま」
亮真が家に帰る。いつもの様に、お義母さんと義妹が来る。
「おかえり!お兄ちゃ…ん…?」
「亮ちゃん、おかえ…」
その後ろには、源郎が居た。
「お父さん…!」
目を輝かせる義妹。
「貴方…!」
「ただいま、久しぶりだな」
今日は楽しかった。こうなることの為に、一週間時間を開けておいて良かったと思う源郎。家族皆寝静まった後、一人ベランダで空を眺める。
「…家族、か…」
思いふける。
(あの時、亮真は…)
涙が溢れる。歳を取ると何故か勝手に涙が出るときがあるのだ。
(気絶…していたのに…)
鼻をすする。
今年の冬と春の間くらいに引き取った亮真。まだ半年経っているか経っていないかだ。なのに、
「それが、家族なんじゃないかな」
何故だろう。涙が止まらない。全く。歳を取るというものは大変なものだと源郎は思ったのであった。