1章 体力測定の日
憂鬱だ。
俺はただ一人で静かに過ごしていたい。それだけなのに。
「おはよう!亮真くん!」
「…っす」
「元気無ぇぞ亮真、どうしたんだよ」
(お前らが原因だ)
俺の名前は高遠亮真。藤成高校一年生だ。
「もう俺に構うな、一人で居たいんだ」
「なんだ?思春期か?」
「黙れ」
黒髪ボブのこの女は足立綾野。凶暴。なんか凄い俺に噛みついてくる。
「今日、体力測定だね!」
「そうだな」
「靴ちゃんと持ってきた?」
「体育着持ってきたか聞けよ」
この黒髪ロングの女子は渡辺双葉。天真爛漫。なんか凄い俺に話しかけてくる。
「私運動得意じゃないんだよね〜心配」
「双葉は可愛いから何でもヨシ」
「綾野ちゃんも綺麗でカッコいいじゃん!」
「イチャイチャすんなら他所でやれ俺の目の前でやるな」
「お前も双葉のこと可愛いと思うよな?」
「ソーデスネカワイイデスネ」
(…亮真くんに可愛いって言ってもらえたー!)
これが最悪三年間続くと考えたら憂鬱だった。
そとは運動するには丁度いい快晴だった。
春の暖かさと太陽の暖かさが合わさって、グラウンドは少し暑かった。
「えーこれから体力測定を始めます」
(面倒くさい)
俺は何度も頭の中で呟いた。
「まず、同性同士でペアを作ってください」
「綾野ちゃんペアになろ!」
「勿論いいぜ!」
あの二人は予想通り速攻で決まった。
(さて、俺は…)
ペアを探すという行動が面倒くさくてやめた。
「えっと…亮真だっけな、十川と組んでやれ」
「わかりました」
「あの、白髪の子だ」
体育の先生が指さした方を見る。
色白の肌に黒い眼鏡、白い髪に…何よりも…い、陰キャオーラをこれでもかと放っていた。
「よう、ペア組むぞ」
俺が話しかけると十川はこっちを向いた。そして頷いた。
これから体力測定が始まる。
〜①握力〜
俺達の目の前には握力を測る…名前がよくわからない機械みたいなのが並んでいた。
「さて、やるか…」
向こうから声が聞こえる。
「全然握力無かったー」
「ふふっ、双葉は可愛いな」
ふり返ったら、十川が右手で握力を測っていた。
「…36kg」
ボソりと呟いて配られたプリントに記入した。
「次、高遠くん」
「いや、お前が終わった後でいい」
「…うん」
今度は左手で測る。
「…35kg」
「両腕の差のバランスは良さげってところか」
「…次」
俺は測定機を受け取る。
(力を抑えて…)
力を入れた次の瞬間
パキッ!
「あっ」
(やらかしたか…)
「どうした?高遠」
体育の先生の目に異様な光景が入った。
(測定機が…壊れてる)
測定機を壊すなんて…握力100kgどころじゃない。もしかして…
「高遠、握力はまた後日でやろう」
「わかりました、すみません」
こうして握力の測定は終わった。
高遠亮真 測定不能
十川新羅 右36kg 左35kg
渡辺双葉 右24kg 左19kg
足立綾野 右55kg 左50kg
〜②長座体前屈〜
床に段ボールで出来たよくわからないやつがある。本当に名前がわからない。
「俺からやるぞ」
「…うん」
(今度こそ力を…)
「ふぅーっ…」
「…!」
「どうだ?」
「85cm…?」
「柔けぇだろ」
「…凄い」
「じゃあ、次はお前だ」
「…うん」
測定の準備をしていると、また声が聞こえてきた。
「ぬおぉぉぉぁぁぁ…!」
「凄い!綾野ちゃん40cm超えたよ!」
「あだだだ…腰がぁ…」
「綾野ちゃん大丈夫?」
慌しいなあの二人は…そう思いながら準備を完了させた。
「始めていいぜ」
十川は無言で始める
「33cmか…まぁいいだろう」
高遠亮真 85cm
十川新羅 33cm
渡辺双葉 39cm
足立綾野 43cm
〜③上体起こし〜
「さっき俺から始めたから、次はお前からだな」
「…うん」
俺と十川は上体起こしの体勢に入る。
「制限時間は30秒、忘れんなよ」
十川が頷く。
「よーい!ピッ!」
皆が一斉に上体起こしを始める。それと合わせて十川も始めた。
残り10秒のところで十川の動きが鈍ってきた。
「ほら頑張れ頑張れー」
必死に上体を起こす中、30秒が経過した。
「26回か…まずまずってところか、次は俺だな」
再び位置に付く。そしたら声が聞こえてきた。
「双葉…」
「どうしたの?」
「双葉の仰向け姿、ちょっと唆られるな」
「へ?」
これが噂の百合というものなのだと思い、意識を集中させる。
(軽くやるか…)
「よーい!ピッ!」
スタートと同時に物凄いスピードで上体起こしを始めた。物凄いスピードだった。十川は疑問に思った。
(このスピードなのに、衝撃が全く無い…?)
十川は力すら入れていなかった。
そして30秒が経過した。
「…61回!」
「支えてくれてありがとよ」
高遠亮真 61回
十川新羅 26回
渡辺双葉 12回
足立綾野 35回
〜④反復横跳び〜
「さっきも思ったけど20秒って短いよな」
「…うん」
さっきの上体起こしもそうだが、30秒や20秒って短いのではないかと思った。
作者は語る。
「端から見たら短いって思うかもしれないけどやってる人からしたらクソ長いもんね!」
…なんか小並感がする。
「俺から始めるから数えてくれよ」
十川は頷く。そしてスタートの合図が鳴った。
皆が一斉に始めた中、やはり一人だけ異質な者がいた。
とんでもないスピードで数をこなしていく。そして終わりの合図が鳴る。
ピーーーーーッ
「どうだった?」
「…107回」
「おっけ、次やりな」
「…わかった」
そう十川と話していたらやはり声が聞こえる。
「双葉…」
「ど、どうしたの綾野ちゃん?」
「反復横跳びしてるとき、こう…揺れてて…」
「う、うん…」
呆れすぎて思考を手放すところだったがなんとか持ちこたえた。
「始まるぞ」
スタートの合図が鳴った。十川は必死に横跳びをしている。
幾つか線を越えてなかったところがあるがやる人側にとって必死過ぎて気づかないのだろう。
20秒が経ち、合図が鳴る。
ピーーーーーッ
「59回、いいじゃないか」
「…うん」
十川は少し顔を綻ばせた。
高遠亮真 107回
十川新羅 59回
渡辺双葉 40回
足立綾野 69回
〜⑤50m走〜
「何だかんだこれが一番楽でいいや」
白いラインが真っ直ぐ伸びている。このラインをただ走るだけなのだ。比較的単純で楽である。
「スタートするとき旗使うことあるけどアレ地味に布の部分取れるんだよな」
「…そう」
その後は特に会話も無く、二人の順番が来た。
「俺らの番だぜ」
「…わかった」
二人はスタートに位置付く。
「よーい…」
(仕方ねぇ…頑張るか)
「どんっ!」
二人が同時に走り出した…はずだった。十川の目にはやはり異様な光景が入った。
「4.38秒…」
これを見た先生、十川、他の生徒は呆気に取られた。
「あいつズルした?」
「え?え?バケモン?」
「俺ら幻覚見てんじゃねw」
「ヤバいのレベル超えてるわ」
皆が混乱していた。
「はぁ…面倒なことになりそうだ」
亮真は溜め息をついた。その後、色んな生徒から押し問答が続いた。
「亮真くん…あんなに足速かったんだ…」
「全く、猿かよ」
「運動神経凄い良いんだね!」
「後で記録洗い浚い吐かせてやる」
高遠亮真 4.38秒
十川新羅 7.12 秒
渡辺双葉 8.96秒
足立綾野 7.41秒
〜⑥ハンドボール投げ〜
「嫌い」
「…え?」
「毎回ボールに砂ついて手が汚れる」
「…そう」
皆が横一列に並んでいる。これが今日最後の種目となる。此後は昼飯だ。
「お前から先投げていいぜ」
「…わかった」
亮真は十川のボール拾いをするために離れる。
(20mくらいでいっか)
「投げていいぞ」
十川は頷く。
投げた。
「おっと」
ボールが亮真に当たりそうになり、軽く避ける。
「んー…22mってところか」
「…次」
「言っておくが、あんま期待すんなよ」
「…うん」
亮真は位置に付き、気合を入れていると、
「亮真、投げるぞ」
「亮真くんだから凄いことになりそう!」
「…投擲は負けられない」
「綾野ちゃんも頑張って!」
(なんか期待されてるな…)
あの二人や十川だけでなく、他の生徒も亮真を見ている。実際、十川はとんでもなく遠いところでスタンバイしている。
(ま、やるか…)
亮真は構えを取る。
投げた。
『えっ』
ボールは美しい弧を描き…
亮真の目の前に落ちた。
「…ハンドボール投げ苦手なんだよ…」
十川は目を見開いて近づいて来る。そしてボールの跡を見て、
「…13m」
『えーーーーっ!!』
皆が驚いた。
「あの亮真が?!」
「おい本気出せよー!」
「事故ってるやんw」
皆が混乱していた。
「あぁ?!13mで何が悪い!」
こんな感じで体力測定は終わったのだ。
高遠亮真 13m
十川新羅 22m
渡辺双葉 13m
足立綾野 30m
「すげぇー!亮真バケモンだろ!」
「オリンピック選手だろもう!」
「いやオリンピック超えてるって!」
皆から話しかけられる亮真。
「早く自分の席戻れよ」
「えーでもマジでヤバいね」
「ボール投げ何あったんだよ」
「それな、やってんやん」
(…クソ疲れる)
記録記入の時間は問答が多すぎて時間がかかってしまった。
「凄いね亮真くん!」
「別に大したこと…」
「クソっ!ボール投げ以外全部負けてる!」
「しょうがないよ、男の子だもん」
「納得いかない!今度勝負しろ!」
「ヤダ」
綾野に詰め寄られる亮真と、それを宥める双葉。そんな三人の様子を十川は見ていた。
(俺も…)
「みんなー記入終わったかな?」
八村先生が教室に入ってきた。
「じゃあ回収するよ〜。出席番号で来てください」
皆がプリントを提出した。そして亮真は思った。
(あ、シャトルランあったわ)
「あーあ、明後日テストか〜」
「私出来るかな…?」
「双葉なら出来るさ」
「亮真くんは?」
「面倒くさいに決まってんだろ」
「全く…体力測定の後なのにな」
「でも頑張るしかないよね!」
「はぁ…憂鬱だ」
休み時間会話していた三人。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
「…ったく、本当に憂鬱だ」
「まさか…怪物?」
「出たのか」
皆、姿勢を低くしてじっとしている。しかし、暫くしてとある事実を知る。
(おい、校庭にいるやつ…)
(え?校庭にいるの?!)
(こりゃマズいな…)
校庭を見た三人。そこには怪物がいた。
全身灰色のドラゴン。その巨体は15mほどだろうか。その巨体を校舎の方へ向けている。そして…
グオオオオオオオオオオオオ!
雄叫びを上げ、ゆっくりと近づいている。
(マズい!)
その時、亮真の体が動き出していた。
「亮真くん!」
双葉が亮真の後を追いかける。
「馬鹿っ!行くな双葉!」
更に綾野も追いかけていったのだった。
「…」
校庭に出た。まだ灰色の竜と校舎は距離がある。しかし、急いで倒さなければ皆が危険に晒される。更に、以前のオークとは違い別格の強さを持っているように見えた。
「やるしか…」
「亮真くん!」
「亮真!」
後ろから双葉と綾野が来た。
「お前ら…双葉、お前は戻れ」
「でも…」
「ったく…あまり近づくんじゃねぇぞ」
「さっさと行こうぜ、亮真」
双葉が物陰に身を潜め、亮真と綾野は灰色の竜に向かって行く。
「綾野、ちょっといいか」
「なんだ」
「…」
二人はこっそりと何かを話す。綾野はニヤリと笑った。
「乗った」
「それでいい」
灰色の竜と二人が向き合う。
そして、二人は駆け出した。
亮真は飛び上がり、灰色の竜の顔に斬撃を入れた。
「やっぱり、硬ぇな」
灰色の竜は亮真に噛み付く。これを避ける亮真。
「でも、傷はついてるみてぇだ」
すると、灰色の竜の攻撃を躱しながら、ある疑問が浮かんだ。
(この怪物、全身に灰色の粉が…)
すると、灰色の竜は亮真に向けて口を大きく開けた。だんだんと橙色になっている。
(…まさか!)
灰色の竜から放たれた炎の弾。間一髪で避けた。
(避けたけど熱ぃ…それより!)
「今だ!綾野!」
「行くぞ!」
その黒く巨大な義手で灰色の竜の頭に渾身の一撃を入れた。…はずだった。
灰色の粉が宙を舞った。
「こいつ、どんだけ硬いんだ…」
「脳震盪作戦は失敗か…」
「俺があの怪物の気をそらす、その後にお前の義手で思いっきりぶん殴れば、相手はKOだ」
灰色の竜は口を再び開ける。
「…っ!避けろ!綾野!」
しかし、回避が間に合わず、防御姿勢を取る。
(綾野…っ!)
その時、
ダァン
鈍い音が鳴った。灰色の竜の横顔に黒い物体がぶつかり、灰色の竜を仰け反らせた。二人は物体が来た方向を見る。
「…アイツは…!?」
「…」
「十川!」
十川新羅が立っていた。背中から9本のアームが生え、そのうち1本の先に大砲のようなものが付いていた。
「…僕の武器は"銃"…」
残り8本のアームから弾丸を発射する。その威力は大きく、灰色の竜の装甲を次々と破壊する。灰色の竜は十川に向かって口を開ける。
「おっと、焼かせてねぇよ!」
亮真は壊れた装甲に刀を刺した。
グオオオオオオオオオオ!
雄叫びを上げる灰色の竜。
「へっ、的がデケェんだよ!」
綾野が壊れた装甲に一撃を放った。
グオオアアア!
すかさず灰色の竜は綾野の方を向く。そして口を大きく開いた。
「…終わりだよ」
十川の背中から新たにアームが生える。その先には…
「…超電磁砲だ」
超電磁砲が放たれ、灰色の竜の頭、脳を貫通した。灰色の竜は雄叫びを上げる間もなく倒れたのだ。
「十川…」
「アイツ、十川って言うのか?」
「凄かったよ!」
三人が十川に駆け寄る。
「…十川、新羅」
「ありがとうな、新羅」
「アンタが居なかったら…多分丸焦げだったな」
「凄かったね新羅くん!」
三人から感謝や褒め言葉を貰った新羅。新羅の顔は笑顔だったのだ。
(こんなの、初めてだな…)
怪物 灰竜
全長15mほどの灰色の竜。西洋のドラゴンのような見た目をしている。最大の特徴として、全身に特殊な火薬を纏っている。主食も火薬で体内の火薬を使い炎の弾を出すことが出来る。普段は穏やかな性格だが、知らない場所に来てしまった為、興奮か恐怖で暴れ出したと考えられる。