【なろうラジオノミネート記念】【ヒロイン視点】年収2000万のバリキャリ女子ですが無職学生に落とされてしまいました。
ラジオからこちらに来てくださった皆さま。ありがとうございます。お礼にショートショートを書きました。ヒロイン視点です。お楽しみいただければ幸いです。
『第5回「下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ」大賞』ノミネート作。
『5年がかりで専業主夫を目指す僕ですが、年収2000万のバリキャリ女子だって落としてみせます。』
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「この人とお見合いしてください。でなければ退会よ」
マリッジエンジェル代表、比嘉翔子に言われて、目が点になる。
私、白井奈緒は写真を前に悲鳴をあげた。
「はぁぁぁ!? 何この子! 子供じゃん!?」
「21歳です。成人してます」
「私は33歳ですけど!?」
「知らんわ。この子……佐藤さんから申し込みが来てます。受けてください」
「冗談止めてよ! 私の希望……ちゃんと書いてあるでしょっ! ①収入は私と同等かそれより上! ②年齢は27歳から35歳まで! ③家事ができる男よっ。この子年収いくらなの!?」
「学生さんだから0円です。といいますか、学費は親がかりだそうです」
「はぁっ!? 論外ですけど!!!」
超キレた。
「……人のこと言えるの? 白井さん」
比嘉代表は私をにらんだ。デッカいダイヤモンドが嵌った指をもう片方の手に絡ませる。年収一億の会社社長からもらった婚約指輪。結婚指輪と2連づけ。
さっすが婚活アドバイザー、自分の結婚も華麗に決めてくる。
「お見合い何連敗でしたっけ?」
「ゴミみたいな男の数なんて覚えてないわ」
「40連敗です」
ううっ。データはごまかせない。
「あなた今までのお見合い相手からなんて言われてるかご存じ? 『金食い虫』ですよ。素敵なネックレスねぇ〜〜。バンクリでしょ?」
「そうです」
「ネックレスバンクリ。ピアスもバンクリ。指輪はショーメ。バッグはバーキンね。バッグに巻いてるスカーフも素敵ねぇ〜。エルメスの新作かしら?」
「…………そうですけど」
「お見合いに高いアクセはダメって言ったでしょっ! 何度言えばわかるんですかっ」
「全部自分のお給料で買ったものですけどっ!」
「どうでもいいわっ」
良くないっ。頑張って働いたお金で買った宝物ですけどっ。いつもこの子達と一緒にいたいっ
「白井さんあなたねぇ。①文句が多い ②金遣いが荒い ③態度がデカいの『欲張り3点セット』なのよ! ただでも年収2000万あるんだから自重しなさいよっ」
なんで自重すんのよっ。収入は多ければ多いほどいいでしょうがっ!
「そんなに稼いでおきながら収入は同程度かそれ以上って……35歳までで年収2000万以上であなたのやらない家事をやってくれる男なんかこの世にいないの! いるかもしれないけどぜ〜いん結婚済みなのっ。ちょっとこの子の爪の垢でも煎じて来なさいっ」
は? なんで年収2000万の私がこの坊やから学んでこないといけないのよっ。
「…………ねっ年齢なら58歳まで妥協してやってもいいです」
「ま〜あ? どういう条件の方なら?」
「………………マッツ・ミケルセンなら……」
とにかくこの子とお見合いしていらっしゃいっっ。
比嘉の怒号が飛んだ。
◇
それで仕方なく。泣く泣く。高級ホテルのラウンジに出かけました。コーヒー一杯1500円ね。ケーキを頼むと軽〜く3000円越え。あ? 払えんのか学生よ。松屋の定食だってたまのご褒美だろうによ!
バンクリもエルメスも一切妥協せずラウンジに到着してやった。
◇
「本当に学生じゃん……」
呻いた。
やる気『−100』のお見合いなので、プロフィールシートなんか一切見なかった。見てどうすんの? 断るだけだよ。
目の前の男の子。どう見ても2000円のシャツにネクタイ締めて待ってた。ま〜あ似合ってないこと。そんな格好成人式以来でしょ?
顔はまあまあ可愛かった。人好きのする顔っていうか。目がへにゃんとタレてて眉もたらんと下がってて。髪の毛サラッサラ。
生まれてこの方笑ったこと以外ないみたいな表情だった。苦労してなさそう。
私の姿を見つけるとサッと立ち上がった。
「白井奈緒さんでしょうか?」
「……そうですけど」
「佐藤嵩幸ですっ。この度はお見合い受けてくださってありがとうございますっ」
膝におでこをつけんばかりのお辞儀をされた。
◇
どっさぁ〜と椅子に座るとボーイを呼ぶ。
「コーヒー。あなたは?」
「佐藤です。あっ。僕もそれで……」
「ケーキは?」
「え? あっ。すみません。気が利きませんで。お好きなものを」
「ここ私が払うから」
「えっ? ダメですよ。初回は男が支払い……」
「そういう決まりごとだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっ嫌いなのよねぇ〜〜〜〜っ」
背中を反り気味にして、足を組む。腕もついでに組む。
「はぁ……」
「私この『マスクメロンのショートケーキ』あなたもそれにする?」
「佐藤です。あ、いいんでしょうか?」
「いーのいーのー。私年収2000万だから〜」
手をヒラヒラヒラッ。
『そういうところがお断りの原因なんですっ』
比嘉翔子の声が聞こえたけど知らんぷり。い〜のよ。断ってちょうだいよ。41連敗。受けて立とうじゃないの。
ケーキとコーヒーが来るとテーブルに額を擦り合わせて「ご馳走様ですっ」てお礼を言われた。もうこっちは新入社員候補を迎える面接官の気分。
「うむ。良きにはからえ」
左手を挙げていなした。
◇
『佐藤嵩幸21歳』呆れたことに専業主夫志望なんだって。はぁ? ヒモかよ。図々し〜い。
「毎日奥さまを手料理でお迎えしたいんですっ」
「手料理ぃ? 佐藤くんキャンプで作ったカレー以外の何が作れるわけぇ?」
いや。とんでもなかった。
この佐藤くん3年も調理の専門学校で料理を習ったセミプロ。最後は先生の専属助手だったらしい。しかもそこは辞めて今ハウスクリーニングの専門学校に行っているらしい。
「この5年で簿記の資格も取りました」
ええっ。何でそんなことを?
「僕は家庭経営を最高の物にしたいんです。そのためならどんな努力も惜しみません」
うっわ。確かにこれは『爪の垢でも煎じて飲め』かも。
「その……学歴的には中卒?」
「『専門学校卒予定』ですね」
就職だいぶ限られるわねぇ……あ……働く気はないのか……。
思ったより話しやすい子で気がつくとケーキを口にしながら『40連敗』の愚痴をとめどもなく話していた。
『ワイン収集と海外旅行の趣味を改めてくれ』と言われたこと。お見合い会場で一目見た瞬間に帰られたこと。『あんな金のかかりそうな女紹介しないでくれ』と苦情が入ったこと。
『30越え? 子供産めんの?』と言われたこと(私は子供を産む機械じゃない)。作れる料理をカメラで撮ってメールしてくれと言われたこと。
「料理ぃ? ウーバーで十分でしょっ!」と啖呵を切ると佐藤くんは『うんうん』とうなずいた。
「女性が料理をしなければいけないと言うのは前時代的な考えですね」
「そーよねぇ? そーよぉ! やっぱ平成生まれは考えが違うわっ」
どんどん気分良くなってくる。
思えば私のお見合い40連敗は否定の嵐だった。高い学歴。高い収入。家事スキルの無さを非難ばかりされてきた。このお見合いだって『自傷行為』の一環として受けたと思う。それが何? 今やっと『全肯定』されてる!
初回は通常1時間で切り上げるんだけど、気がついたら2時間も話してた。しかも8割私の愚痴。
佐藤くんは最後にまた深々と頭を下げた。
「白井さん……僕のような若造が図々しいのですが……もう一度だけチャンスをくれませんか」
男にこんな頭下げられちゃね。『仮交際』OKして、2週間後に会うことに決まった。
◇
「うわぁ〜〜〜〜っ」
ため息が漏れる。
一面青空の下。シートを引いてピクニックだった。チェック模様の肌触りの良いブランケットに並べられたご馳走。
サンドイッチ。生ハムとパリッとしたルッコラのサラダ。スコーンやレモンパイ。
「これ? えーっと……まさかだけど……」
「パイも全て僕の手作りです」
んんんんんんんんん!?
聞いてた以上の実力じゃない!?
すごいの。サラダは保冷剤でしっかりと冷やされていて。さっくりとしたスコーン。中のジャムまで手作りのレモンパイ。ほろ苦くて大人の味。
やられてしまったのは飲み物を入れてもらったときだった。水筒から熱々の湯気が立ってふわ〜っとスパイスの香りがする。
「あの……これもしかして……」
「お口に合うといいのですが」
飲んだ。
「んんんん〜〜!♡」
合うも合わないもない! 身をよじり悶えた。
「美味しい〜〜〜〜ホットワイン!」
「『ワイン収集』ご趣味でしたよね?」
そーっと。表情を窺うその様子がまた可愛いのよ! 捨てられた子犬みたいな瞳しちゃって!
「白井さん程の通に僕の買えるワインなんて恥ずかしいばかりです」
何言ってんの! スパイスまで調合してくれるワインなんて滅多に飲めないよ!
サクッとカレー粉の効いたサンドイッチを口にすると、ワインと絶妙なマリアージュ。もう夢中。
「自由が丘の老舗紅茶店を思い出すぅ〜」
「あ、バレました?」
佐藤くん恥ずかしそう。
「実はそこに連日通ってレシピを真似しまして……」
「ええっ? わざわざ?」
「はい。2週間しか期間がなかったのでそっくりまではいけませんでした」
「何言ってんの! いまっ。すぐっ。お店開けるっ」
この子と結婚できなくともっ。パトロンになって出資したいっ。そんでこの子のお店に通い詰めたいっ。
「チェイサーってことで……冷たいお水と温かい紅茶もご用意しました……」
気が利きすぎっ!
◇
ピクニックはすごい楽しかった。
私イギリスが大好きなの。好きが高じて大学生のとき輸入雑貨の会社を開いたの。最初は自分一人で買い付けから商品の発送までしたの。ウィリアム王子とキャサリン妃ブームに上手く乗って。会社をどんどん大きくしたの。
みんなが恋だの結婚だの騒いでいるときにもずーっと働いて。やっとこさ会社が安定して。気がついたらプライベート完全置いてきぼりでここまで来ちゃったの。
そんな話をとめどもなくして。美味しいランチと隣に笑顔の男の子がいて。初夏の風が髪の毛を揺らす。葉っぱが額にくっついてしまって。
「あっ。僕取ります」
そっと額から葉っぱを外した手が骨ばってて。『ああこの人も男なんだ』って思って。
夕日を初めて憎らしく思った。
◇
離れるのが惜しくなった私は「勉強のためにうちのワインセラー見てみる?」なんて言ってしまった。
本当はこれクレーム案件。成婚退会するまでは手を繋ぐこと以上のことはしちゃいけないんだから。女から男だってセクハラには変わりないもんね。
「いいんですか!?」佐藤くん目をキラキラさせた。
そんで私のマンションに入ると「失礼します」と冷蔵庫を開けた。
はっ恥ずかしい〜〜〜〜っ。おつまみしか入ってないのよ。料理できないのバレバレ。
「うーん」
唸った佐藤くんはササッと『アンチョビ』と『キャベツ』で炒め物。パスタと缶詰のトマトソースでミートソースパスタ。バターとニンニクチューブと乾燥パセリでガーリックトーストを作った。
すごい手際だった。
「白井さんっ」
「はいっ」
「これに合うワインを見繕ってくれませんか?」
ウインクされちゃった〜〜〜〜〜〜〜〜っ。きゃ〜〜っ。佐藤くんが風間俊介に見えるぅぅぅ。
ワインを持ってくると、チーズをガリガリと削ってパスタにかけているところだった。良かった! 無駄に良いおろし金買っておいてっ。
「「かんぱ〜い!」」
バカラのワイングラスがオレンジの照明の下でひんやりと輝く。一口飲んで佐藤くんは唸った。
「美味しい! 僕のお小遣いではとても買えないです」
「え? あ? そう? こんなんでよければいくらでも飲ませてあげるわよ?」
「奈緒さんカッコイイッッッス!!」
どさくさに紛れて名前呼びされてるじゃん。いつもなら「距離詰めすぎなんだよっ」とグーパンしてやるところだけど、美味しいおつまみを前に顔がデレデレ。
で、そのまま「奈緒さん」「タカユキくん」てなんとなく呼び合ってしまった。奈緒。こんな簡単に気を許しちゃっていいの?
でもその日はそれ以上何もなくタカユキくんは帰ってしまったのだった。
◇
サプライズは翌朝。
きれいに片付いたキッチンに水を飲みに来たときだった。レバーを上げて浄水器の水をグラスにいれる。
てかシンクまで磨いてくれてるよぉ〜。嬉しいけど、普段の粗忽ぶりがバレて恥ずかしい。
ん?
メモだなこれ?
『炊飯器に朝ごはんを仕込んでおきました』?
ハッと炊飯器を見ると蒸気口から湯気出てんじゃん! え? あれ? いつお米洗ってた? 酔い過ぎて覚えてない。
炊飯モードを見ると『お粥』になってる。ふんわりお米のいい匂いまでするんですけど!
お化粧を終えてキッチンに戻ると『炊飯』表示が『保温』に変わっていた。
スイッチをカチリと押す。蓋が開く。ふわぁぁあぁと湯気が顔をおおう。お粥! お粥ですお母さん!!
お粥を茶碗に注いで口にした瞬間、泣いてしまった。何これ。何て優しい味!
温かい朝ごはんなんて何年ぶり!?
缶切りで開けて、マヨネーズとポン酢で食べるだけのホタテ缶が! こんなすごい料理に化けるなんて!!
すぐタカユキに電話しちゃった!
胸がいっぱいで。昨日はありがとうとか。朝ごはんわざわざごめんなさいとか。中華街でお店出さない? とか何にも言えなくなっちゃって一言。
「お粥ぅ!」
って喚くばかりで。
タカユキ笑ってた。
「お粥も得意なんです。離乳食? お任せ下さい」
「フヒッ」
完落ちです。負けた。負けました。
年収0円!? どうだっていいわ! このお粥が2000万よっ!!
タカユキと結婚すれば、子供だって安心して産めるよ。毎朝彼の作るお粥を食べながら、子供に重湯を与えるタカユキを見る。キャリアを犠牲にしなくていい。こんなすごいことある!?
幸せになるっ。お母さんっ。奈緒幸せになりますっっっっ。
電話を切った瞬間に、すぐ電話かけてた。もちろん『マリッジエンジェル比嘉翔子代表』によ。
「真剣交際に入りたいですっっっ」
「朝っぱらから電話してきたと思ったら。気が早いわねぇ」
本当のお母さんみたいに笑ってくれたの。
「今まで以上に仕事に打ち込めて。安心して子供も産めて。その子がスクスク育っていって。きっとマッツ・ミケルセンでも叶えてくれないわよ?」
「はいっっっっっっっっっ」
「言っときますけど。あなたが離したら、秒で他の女に取られるからね? 感謝の気持ちを忘れて浮気なんかしないように」
「誓いますっっっっっっっ」
私はねぇ。どんな会員さんでも幸せを願っているのよ。心から。
比嘉代表が笑う。
天使だわ。マリッジエンジェルは天国だったわ。
成婚退会してみせる。私はお粥を前に誓った。絶対に逃さない。
パンパンッと柏手を打った。ギュッと目をつぶる。
「ご馳走様でしたっ」
タカユキ。年収0円の無職学生様。最高です。あなたに決めました。年収2000万のバリキャリ女子ですが、私をもらってくれますか。
〜happy end♡〜