バレンタインの『ごくひにんむ』
※ 藤乃澄乃様主催『バレンタイン恋彩2』企画参加作品です。
※ 公式企画『小説家になろう Thanks 20th』参加作品です。
「やっぱりムリだよ、美樹。私、きらわれてるかもしれないし……」
「そんなことないって!
私のお姉ちゃんが言ってたけど、男子って、気になる女子につい冷たくしちゃうものなんだってさ。
あいつが杏奈にそっけないのも、きっとそれだよ」
「そうなのかな。でも、ホントにきらわれてたらどうしよう……」
うーん、だんだんメンドクサくなってきたなぁ。
今日は学校帰りの公園のベンチで、親友の杏奈の相談にのってるんだけど、さっきからずっとこんな感じだ。
ふだんしっかりしている杏奈が、こんなにグダグダになっちゃうなんて──『初恋』ってそういうものなのかな。
よくわかんないなー。私にもかっこいいと思う男子くらいはいるけど、そこまで『好き!』って感じでもないし。
このままだといつまでも終わりそうにないので、ちょっとやり方を変えてみようか。
「いい、杏奈。今年のバレンタインでチョコあげるって決めたんでしょ?
ここであきらめて、そのうち、あいつが他の子と上手くいっちゃったりしてもいいの?」
「うう────そんなのヤダよ」
杏奈はちょっとなみだ目だ。ちょっと言いすぎたかな。
「なら、勇気を出さなきゃ。ね?」
「──でも、和也くんチョコきらいかもしれないし。
きらいな物をあげちゃったら、イジワルしてるみたいに思われないかな?」
だめだこりゃ。もう、どうしたらいいんだろう。
そう私が考えている時──。
公園の向こうの方からちっちゃな女の子が、とてとてとこちらに走ってくるのが見えた。
まっすぐここに向かって来るってことは、杏奈の知り合いかな?
「あんなちゃん、こんにちは! おともだちの人もこんにちは!」
小学校に上がる前か1年生くらいかな。ベンチの前まで来たその子は、はきはきした声で杏奈にあいさつして、私にもぺこりと頭を下げてきた。かわいいなぁ。
「──あ、ゆんちゃん」
杏奈が顔を上げて、弱々しい笑顔を浮かべた。
「あんなちゃん、元気ないけどだいじょぶ? どこかいたいの?」
「大丈夫よ、ありがとね。
美樹、この子はおとなりのゆんちゃん。その──和也くんの妹なの」
え、それはラッキー。この子から情報を聞き出せるかも。
「ゆんちゃん、初めまして。私は、杏奈の友だちの美樹っていうの」
「みきお姉ちゃん、はじめまして!
いつもあんなちゃんがオセワになってます!」
ふふっ、この子なんだかちょっと面白いな。
「ねえ、ゆんちゃん、ちょっとだけナイショのお話してもいい?」
「え、なになに?」
「ゆんちゃん、『バレンタイン・デー』って知ってる?」
「うん! ママが、かぞくみんなにチョコくれる日!」
あー、なるほど。まだバレンタインの本当の意味はわかってないか。
すると、杏奈がちょんちょんと肩をつついて不安そうに耳打ちしてきた。
「ちょっと、美樹。ゆんちゃんにはこんな話はまだ早いよ。それに、ゆんちゃんから和也くんに伝わっても困るし……」
「大丈夫、まかせて。杏奈の気持ちはバレないようにするからさ」
小声で返事して、私はゆんちゃんとのお話をつづけた。
「それでね、今年は杏奈もゆんちゃんたちにチョコあげたいんだって」
「え、ホント!? やったぁ!」
両手を上げてバンザイをしかけたゆんちゃんの手がぴたっと止まった。
「──あれっ? でもなんで?」
まあ、そう思うよね。ここから先はしんちょうに──。
「ゆんちゃんのお兄ちゃんと杏奈、最近ほとんどおしゃべりしてないよね。
でね、このプレゼントをきっかけに、また前みたいに仲良くおしゃべりできるようになりたいんだって」
「あー、かずや兄ちゃん、このごろ何だか、あんなちゃんにつめたかったもんね」
「そうそう。でも、お兄ちゃんって好ききらいが多いでしょ?
仲直りしたいのにきらいな物はあげられないからさ、教えてほしいんだ。お兄ちゃんってチョコは好き?」
「うーん、ふつうにたべるけど、すごく好きってかんじじゃないかなぁ」
「甘い方が好きとかほろ苦い方が好きとか、わからない?」
「うーん──」
ゆんちゃんは首をかしげて考え込んでる。まあ、あいつってあまり表情が豊かな方じゃないしね。
「あ、じゃあさ、ゆんちゃん。
チョコじゃなくてもいいから、これからしばらく、お兄ちゃんがどんなおかしをおいしそうに食べてたか、よく見ておいてくれない?
お兄ちゃんの一番好きなおかしの味を調べてほしいんだ」
さて、ここからがかんじん。
「いい、ぜったい誰にもナイショだよ。私とか杏奈にたのまれたとか──特にお兄ちゃんには、ぜったいにバレちゃダメ。
ゆんちゃん、出来そうかな?」
ゆんちゃんはしばらく下を向いていたけど、顔を上げたら、すっごくワクワクしたような表情をしてた。
「ねえ、これってもしかして──『ごくひにんむ』ってやつ?」
あ、ゆんちゃん、さてはあのスパイ・アニメを見てるな?
「そう、これは『極秘任務』だよ。
杏奈の仲直り作戦は、ゆんちゃんの手にかかってるんだからね。
──ゆんちゃん隊員、失敗はゆるされない、幸運をいのる!」
「りょうかいっ!」
お返事のポーズもアニメのまんまだった。
いよいよ明日はバレンタイン・デー。
放課後、私と杏奈は杏奈の家でゆんちゃんを待っていた。
さすがにここまで来たら、杏奈もかくごを決めたみたい。ずいぶん引きしまった顔つきだ。
このあと、ゆんちゃんからあいつの好みを聞いたら、いよいよ杏奈の人生初の本命チョコを買いにいくんだ。
さあ、杏奈、勇気を出すんだよ──!
「あんなちゃん、みきお姉ちゃん、おまたせ! バッチリしらべてきたよっ!」
ゆんちゃんが息を切らして部屋に入ってきた。
杏奈もつばを飲みこんで、ぐいっと身を乗り出す。
「ほうこくします! かずや兄ちゃんがいちばんおいしそうに食べてたおかしのあじは──
じゃじゃーん! 『カレーあじ』だよっ!」
得意げに発表するゆんちゃんの前で、杏奈がへなへなとくずれおちた。
「──かずや兄ちゃん、『カレーせんべいだと手がとまらない』っていってたよ!
カレーあじのおかしをプレゼントしたら、きっと、あんなちゃんのなかなおりもうまくいくよっ!」
ち──ちがう、ちがうよゆんちゃん。そういうことじゃないんだよ……!