【後編】
ミルティアのその叫びに驚いたのか、クレオの腕の力が緩む。
その一瞬の隙をミルティアは逃さず、素早くクレオの膝上から飛び降りて、姉シルヴィアの方へ逃げるように駆け寄った。
すると、姉シルヴィアが柔らかな笑みを深めながら、ミルティアの目線に合わせるように腰をかがめる。
「ミティ、遅くなってごめんなさい……。わたくしの代わりにクレオ様のおもてなしをしてくれて、ありがとう」
ミルティアの姉シルヴィアが、労うようにミルティアの手を取る。
だが、ミルティアの方は不満げな表情を浮かべていた。
「お姉様ぁー……。クレオお義兄様ったら酷いのよ? わたくし、一生懸命立派な淑女のようにおもてなしをしようと頑張っているのに……。ちっとも淑女扱いしてくれないの」
拗ねるようにプクーっと頬を膨らませ始めたまだ6歳の妹を宥めるようにシルヴィアが、もう片方の手で妹のフワフワで薄茶色の前髪を優しく撫でつける。
「まぁ! 仕方のないクレオ様ね! でも、ほら見て。クレオ様、とても楽しそうに笑みを浮かべていらっしゃるわよ? きっと今日のミティのおもてなしをとても楽しんでくださったのではないかしら?」
「でもぉ……」
「ミティ、おもてなしはお客様に喜んで頂く事が一番大事なの。だから今日のあなたは、淑女として最高のおもてなしが出来たのだと思うわ?」
すると、ミルティアがその言葉の真意を確認するようにシルヴィアを上目遣いで見上げる。そのあまりに愛らしい妹の仕草にシルヴィアの笑みが更にこぼれる。
「ほら、クレオ様がミティに逃げられてしまって寂しそうにされているわよ? 早く席に戻らないと!」
「はい……」
素直にコクンと頷いたミルティアは、姉に手を引かれテーブル席に戻る。
すると、クレオが苦笑を浮かべながら席を立った。
「クレオ様、お待たせしてしまい申し訳ございません」
「気にしないで。その間、ミティから最高のもてなしを受けていたから」
「まぁ。それはクレオ様限定の最高と思えるおもてなしではなくて?」
「羨ましいかい?」
「いいえ? そもそもわたくしは毎日そのおもてなしのような愛らしいスキンシップを妹から受けておりますので」
「そうだったね」
そんな会話をしながら、シルヴィアがミルティアを本来座っていた席に座らせ、自身も席に着こうとすると、いつの間にか椅子の後ろに回っていたクレオがシルヴィアの為に座りやすいように椅子を引く。
「どうぞ、我が愛しの婚約者殿」
「ふふ! ありがとうございます」
シルヴィアが腰を下ろすタイミングに合わせて椅子を差し入れたクレオは、そのままシルヴィアの両肩に軽く手を置き、背後からその頬に軽く口付けを落とす。
その様子を見ていたミルティアは、再びプク―と頬を膨らませる。
「クレオお義兄様は……もう少し紳士として、淑女に対する接し方をきちんと学ばれた方がよろしいかと思います!!」
小さな手で握りこぶしを作りながら主張するミルティアの様子に思わず顔が緩みかけた二人は必死に堪え、代わりに苦笑を浮かべた。
「あらあら、ミティは今回もクレオ様から盛大な甘やかし攻撃を受けてしまったのね? 全く……仕方のない方ね……。クレオ様、いくらわたくしの妹が愛らし過ぎるとはいえ、あまりやりすぎないでくださいね?」
「そうは言っても……。いつもは『クレオお義兄様』と駆け寄ってくるミティが、今日はお姉さんぶって『クレオ様』だなん声掛けしてきたんだよ? そんな可愛らし過ぎる行動を見せられたら、甘やかしたくなる衝動には抗えないよ……。実の姉の君だって、全力でミティを甘やかしたくなってしまうと思うよ?」
「確かに……」
そんな会話をしながら、生温かい視線をミルティアに向ける二人は、どこかほっこりした表情を浮かべている。その二人の視線から、完全に子供扱いをされている事を感じとったミルティアが、再び頬を膨らませ、先程まで口にしていたチョコレートケーキに不満げににフォークを突き立てる。
現在6歳になるミルティアは、三カ月前から淑女教育が始まったばかりだ。
その為、今の彼女のマイブームは、周囲の大人の女性達の振る舞いを観察して『完璧な淑女のように大人ぶった振る舞いをする事』だった。
だが、6歳のミルティアがその事を頑張れば頑張れる程、その子供特有の背伸びをしている愛らしさが強調されてしまう……。
ましてや、見た目が薄茶色のフワフワヘアーに淡い黄緑色の大きな瞳を持つ天使のような美少女顔のミルティアが、一人前のように淑女を気取った振る舞いをすれば、そのあまりにも微笑ましい光景に周囲の大人達は、顔を緩ませずにはいられなくなるのだ。
だが、その事をミルティア自身は一切、気付いていない……。
本人にしてみれば、姉シルヴィアのように優雅でスマートな淑女的振る舞いをしているつもりなのだ。
その周囲との認識違いが、一層ミルティアの愛らしさをパワーアップさせている。
そんなクレイス子爵家のアイドルでもある妹を微笑ましげにシルヴィアが見つめていると、やや呆れ気味な表情をしたクレオが声を掛けてくる。
「姉の君でも骨抜きにされてしまっているのに……。血の繋がりのない僕では、尚更ミティの愛らしさには抗えないよ……」
「世界一可愛いらしいでしょう? わたくしの妹は」
「そうだね。何よりもミティは、幼少期の君にそっくりだから、僕にとっては尚更だ」
そう言いながら、目を細めて柔らかい笑みを浮かべるクレオの言葉に一瞬、シルヴィアは言葉を失う。それとほぼ同時にシルヴィアは、頬をほんのりと赤く色づかせた。
「先程、ミティがわたくしにクレオ様の甘やかし攻撃の不満を訴えてきた気持ちが、今よく分かりましたわ……」
「酷いなぁー。シルヴィまで、僕のスキンシップのやり方にダメ出しをするの?」
そう言ってわざとらしく困ったような笑みを浮かべたクレオは、出されてから大分経ってしてしまった紅茶を口にする。 その間、クレオの接待係から解放されたミルティアは、ずっと口にするのを我慢していたルルーシェのミルフィーユを侍女のメリーナに取り分けて貰っていた。
どうやら今からミルティアのスイーツ堪能時間が始まるらしい。
そんな目をキラキラさせながらミルフィーユを待つ愛らしい妹にシルヴィアが、優しげな笑みをこぼす。そしてそのシルヴィアの様子を目にしていたクレオも愛おしそうに目を細めながら、口を開く。
「そう言えば……今日はドレスの最終調整だったよね? 無事に希望通りの花嫁衣裳になりそうかな?」
「ええ。ただ……まだ腰周りが絞れそうなので、来月もう一度最終調整する事になってしまったのだけれど……」
「君はとてもスレンダーな体型だからね……。ダンス中に腕を回している際、その繊細な君の腰骨を僕はうっかり折ってしまうのではないかと不安になる事があるよ……」
「わたくしの体は、そこまで壊れやすくはないですよ?」
「分かってはいるのだけれどね……。それでも――――」
そう言ってクレオはテーブル越しでシルヴィアの手を取る。
「こんなにも繊細で美しい作りをしている大切な人である君に触れる際は、どうしても過剰な程、慎重になってしまう」
眉尻を下げながら、困り気味の表情でそう零す婚約者にシルヴィアが幸福そうに口元を緩める。
だが次の瞬間、クレオの唇が悪戯を企むよう子供のように弧を描く。
「それでも……僕は君に触れずにはいられないのだけれどね?」
そして手に取ったシルヴィアの手の甲を親指の腹で優しく撫で始めた。
そのあまりにも甘い触れ方にシルヴィアが顔を赤らめる。
そして素早く手を引き抜き、抗議するように上目遣いでクレオを軽く睨んだ。
生まれ持った性格からなのか、とにかくクレオは女性に対する接し方が甘い。
いや、クレオの同僚の騎士の話では、彼の甘さはクレイス子爵家の姉妹限定らしい。婚約者のシルヴィアを筆頭に次女と三女も、いつの間にかこのクレオの甘やかしに篭絡されてしまい、すっかり兄バカと化している。その弊害で、妹達の婚約者がクレオに並々ならぬ嫉妬心を抱いてしまっている状態だ……。
そんな中、必死でその甘やかしに篭絡されないように戦っているのが、末っ子のミルティアなのだが……。先程の様子では懐柔されてしまうのも時間の問題だろう。かく言うシルヴィアも婚約が結ばれた幼少期の頃、あっという間に心を奪われてしまった一人でもある。
それでも現在のシルヴィアは、その甘やかし耐性が大分ついたはずなのだが……。
やはり三つ年上のクレオの方が上手で、今でもこのように甘い接し方をされる度に翻弄されてしまう。
そういう時は先程のミルティアではないが、自身がクレオに子供扱いされているとシルヴィアも感じてしまう事がある。
そんな訴えも込めてじっとりとした視線を注ぐと、気まずそうな笑みを浮かべたクレオが、フイっと視線を逸らす。
だが、その逸らした視線の先では、クレオのイタズラ心をくすぐる人物の姿があった。
一心不乱にルルーシェのミルフィーユを食すミルティアである。
その光景を目にしたクレオがゆっくりと口角をあげ、その人物に手を伸ばす。
「ミティ、口元に食べカスがたくさん付いているよ?」
すると、ミルティアが勢いよく顔を上げて自分の口元に触れようとした。
だが、それよりも先にクレオが素早くその食べカスを取り去り、自身の口に運んでしまう。
そのクレオの行動に再びミルティアが、真っ赤な顔をしながら叫ぶ。
「もぉぉぉぉぉー!! どうしてお義兄様は、そういう事を恥ずかしげもなくなさるの!?」
キィーッとしながら抗議するミルティアの反応を満足そうにニコニコ顔で眺めている婚約者にシルヴィアが、諦めも交えながら苦笑する。
クレオはミルティアが過剰に反応する事を知っていて、ワザとこういう甘い接し方を多々行うのだ。
そしてその洗礼は幼少期のシルヴィアも受けてきた。
甘い接し方をしてシルヴィア達の反応を確認する事に楽しさを見出してしまったこの婚約者は、なかなか質が悪い男なのだ……。
「仕方がないだろう? だって、ミティがあまりも可愛すぎるのだから」
「もう! もう! もぉぉぉぉー!!」
「ミティ、そんなにモーモー言っていたら牛になってしまうよ?」
「お姉ぇ~様ぁぁぁ~!!」
情けない声で援護を要求してきた愛らしい妹にシルヴィアも、ついクレオ同様に口元を緩ませてしまう。
だが、ここは姉として妹の代わりにしっかりとクレオに抗議する事にした。
「クレオ様? いくら無類の子供好きだからと言っても過剰に我が妹を揶揄って、それを堪能されるのはどうかと思いますわよ?」
「仕方ないじゃないか。だってミティは天使のように愛らしいのだから……」
そう言ってミルティアのプニプニした頬をクレオが突き始めると、更にミルティアが怒りを募らせる。
クレオは面倒見がいいだけでなく、彼自身がかなりの子供好きだ。
以前クレイス子爵家の領内にある孤児院の視察に付き合って貰った事があるのだが、その際あっという間に性別に関係なく幼い子供達に群がられてしまい、帰る頃には殆どの子供達が泣きながらクレオを引き留める程、懐いていた……。
そういう背景から将来は子煩悩な良い父親になってくれそうなクレオだが、その反面かなりの親バカになりそうでもある。そんな事を考えながらシルヴィアは、妹のミルティアを宥める為に頭を撫でようと手を伸ばす。
しかし……その手の動きは、ミルティアのある爆弾発言によって停止した。
「そんなに小さい子がお好きなら、お義兄様は早くお姉様とご結婚なさればいいのよ!! そうすればすぐにお姉様のお腹に赤ちゃんが来てくれるもの!!」
恐らく『結婚したら赤ちゃんが出来る』という子供らしい安直な発想で、ミルティアは口にしただけなのだろう……。
だが、そこまでに至る過程を知っているシルヴィアの顔は一気に赤くなる。
「ミ、ミティ!! そういう事は、あまり口にしては……」
妹を窘めようと口を開きかけたシルヴィアだが、その視界の端にチラリと入ってきたクレオの様子に思わず言葉をのみ込んだ。クレオは片手で口元を押さえたまま、耳まで真っ赤にした状態で固まっていたのだ……。
普段、あれだけシルヴィア達へ甘い接し方しているクレオだが、どうやらそれ以上の行為についての話題は、かなり疎いのか、意外にも純情なのか、あまり免疫がないらしい。
そんな反応を見せた婚約者から、今自身と同じ事を想像しているのであろう事をシルヴィアが察してしまう。すると、シルヴィアの方も湯気が出そうな勢いで顔を真っ赤にして俯いてしまった。
急に真っ赤な顔で黙りこくってしまった姉と未来の義兄を余所にミルティアだけは、プリプリしながらもサクサクのミルフィーユを勢いよく口に運び、堪能する。
どうやら今回のお茶の時間を誰よりも満喫していたのは、ゲストのクレオではなく、ホストのミルティアだったようだ。
以上で『甘やかなティータイム?』は終了となります。
異世界恋愛でよくお見かけする『婚約者を膝の上に乗せる』と『お菓子を口にあーん!』な溺愛方法が、どーしても幼子を愛でる行動にしか感じられない作者が「ならいっそ、本当に幼子を膝に乗せてしまえ!」と考えたお話になります。(苦笑)
(ちなみに膝枕イチャイチャはウェルカム派w)
そして前半に作者の術中にハマってしまった方は、この後もう一度読み返して頂くと今度は未来の義妹に父性を爆発させているデレデレ伯爵令息のお話として、二度楽しんで頂けるかも……。(笑)
作者が悪戯心満載で書いてしまった作品に最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。