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商売上手


 私は貸本屋をしている。お得意様は優に百を越え、毎日十軒から二十軒のお宅訪問をしては、いろんな本を貸し出している。子ども向けの学習向け絵本から女性向けの大長編恋愛小説もあるし、大長編と言えば、若者人気の冒険活劇も売れ筋だ。おじさん向けのムフフな小説だって、忍ばせている。こっちはちょっと値段が張るが、売れ筋は良い方だ。こういうのは購読者が減らないから、良い商売だと言える。


 私は毎朝、その日うかがう予定の顧客一覧を確認して、品ぞろえを変えている。もちろん、様々な種類の本を取り揃えているけれど、日によって持ち歩く本の傾向は変えている。今日はヤンさまをはじめ、男性が多いから、冒険活劇や勧善懲悪もの、時代小説とちょっと多めのムフフな本を取りそろえた。恋愛小説は少なめにするが、一応持つ。どこで顧客と出会って急な貸し出しがあっても、きちんと対応できてこそ一人前の貸本屋ってものだ。


「じゃあ、行ってくるよ」

「ああ、行ってらっしゃい」


 親父とお袋が私を見送る。親父もむかしは貸本屋で名が知れた人だったが、私が二十歳になる前に、腰を痛めてしまった。それから二年、私は親父と共に貸本屋修行をし、今では一人でも立派に貸本屋をしているってわけさ。ちなみに親父は引退したわけじゃない。私の家に本を借りに来るお客さんも一定数いるから、その人たちの相手をしているんだ。


 ほら、玄関を出てすぐ、おばさんとすれ違っただろ。あの人も親父のお客さんだ。孫にも読める簡単な活字の冒険物語を借りに来たんだろう。ちょうど昨日、返却されたばかりの人気作だからなあ。


「毎度のことになるけど、人気作は親父と取り合いになるし、今回のは、いっそもうひと巻ずつ取り寄せるようにしようかな」


 私はうでを組みながら歩いていた。

 さあ、まずはヤンさまのお屋敷だ。今日は貸し出している書籍の返却期限でもあるからうかがう予定だったのだけど、昼ごろから来客があるから朝のうちに来てほしい、と言われていた。


 ヤンさまのお宅は都の中でも大きな屋敷の一つで、みどりの門が目立つ。家から近く、お得意様の中でもさらにお得意様で、注文や予約があれば密かに優先している。


「ヤンさま、貸本屋のズーでございます」


 門を叩いてしばらくすると、使用人が門の戸口を開けて「こちらからどうぞ」と中へ入れてくれた。腰の曲がった使用人は来客用の部屋へ案内すると「お茶をお持ちしますのでごゆっくり。主人は間もなく来ますので」と言って出ていった。


 荷をほどきながらヤンさまの注文していた本や、他にもおすすめの続き物の一冊目を数巻用意して待つ。

 しばらくすると、ヤンさまが先ほどの使用人を連れて戻ってきた。


「お待たせしました。いやあ、今回の本も、どれもおもしろかったですよ」


 そう言ってヤンさまは私の向かいに座って、三冊の本を置いた。ヤンさまは読書家で、しかも速読で有名だ。今回の五日の貸出期間で三冊を読み切ったのがその証拠。いやあ、どれも厚みがそこそこあるのに、読むのが早い。私だってこの稼業柄、読書は好きだけれど、どんなに仕事の合間で読み進めても、この三冊を読むのに七日はかかるだろう。


「次はどうします? 続きがあるのはこちらの二冊で、こちらは最新作でしたので、次は半年ほど先になります」

「そうか。うむ、続きのあるのは借りたいね」

「はい! こちら準新作なので、借りれるのが十日間までなのですが」

「五日で良いよ」

「ですね」


 私は返却された本をパラパラとめくって不備がないかだけ確認する。ヤンさまは大丈夫だけど、たまにいるんですよ。食べたものが挟まっていたり、汁が飛んだりして汚している人が。


「はい、期日内で返却、問題もありませんでした。そして次の貸し出しがこちらですね」


 用意していた本を差し出しつつ、返却された本はしまっていく。ヤンさまは目ざとく、まだ並べられている本の方に視線を向けた。


「こっちが新しいおすすめかな?」

「はい。超新作です。こちらは大御所の作品で、先生のお得意の時代小説にはなりますが、今回は剣客たちが悪を滅多打ちにするお話で、実はもう予約のお客様が十八人も付いています。ヤンさまが読みたいと思い、一番のお客様に待っていただいている状況でして」

「そう言われたら読んでみたいねえ。でも、僕としてはもう一冊の方が気になるよ」


 ヤンさまはそう言って、となりの本を指さした。

〈小猫娘冒険記〉

 私は拍手した。


「さすがヤンさま! お目が高いです! こちらは新進気鋭の新人女流作家の作品なんです。すでに三巻まで同時配布されたのですが、なんと購入者が続出して、貸本業界まで十分な数が回っていないんですよ」

「そうか。ズーくんのところだから回ってこれたのかな?」

「ええ。うちは父と私で毎月版元に行って、ひと通り新作や新人のものも目にするようにしてましてね。これは新人といえど、おもしろいと思いますよ」

「でも女流作家のものって言えば、やっぱり恋愛ものなんだろ?」


 私は演技臭いだろうと思いつつも、ニヤリと笑って見せた。


「そう思うでしょう? でも、こちら、冒険譚になるんです」

「ほう?」


 ヤンさまは人情物や市井物より、活劇だとか冒険譚という言葉に弱く、そんな本ならほぼ必ず目を通す。だから今回も山をはったのだ。


「貸し出し期限は五日ですが、どうしましょう?」

「うむ、ズーくんの目を信じて読んでみようか!」

「ありがとうございます!」


 私は深く頭を下げながら頬を緩めた。


「五日で四冊か」

「ご予定でも?」


 ヤンさまはちょうどろうかを通りかかった執事に声をかけた。


「予定はあったかな?」

「本日のリーさまのご来訪以降は、特に。四日後の夕方に宴会の招待はありますが」

「あれだろう? 町の祭りの前夜祭。顔だけ出して帰って来ればいいさ」


 そう言ってヤンさまは執事に「支払いを。それと、アレも持ってきてくれ」と頼んだ。はて、アレ、とはなんだろう?

 私は内心、首をかしげながら、大体の予測を立てた。

(このような屋敷ではたびたび来客が手土産でお菓子をたくさん持参する。そのおすそわけだろう)と。

 それよりも私はそろばんを出して計算した。


「五日で四冊、新作が入りましてこちらになります」

「ああ、分かっている」


 ヤンさまはすでに借りた本をめくって読みたそうにしている。本来なら試し読み以外、支払いが済んでから貸し出すのが決まりだが、ヤンさまはそれを見越して多めに支払うから、私も文句は言うまい。


「ズーさま、こちらになります」


 懐紙で包まれた支払いを、私は「失礼」と言って確認した。「たしかに」と答えるが、入っていたのは一冊分多い。が、これもヤンさまとの長年の付き合いが成すものだ。


「それでは失礼します」


 ほくほく顔の私は、立ち上がろうとひざを立てると、ヤンさまはいきなり顔を上げてニンマリと笑った。


「まあまあ、ちょっと座りたまえ」

「あ、はい」


 そうだ、お菓子をもらっていない――と思って座りなおしたが、お菓子どころかお茶の替えすらなかった。あれ? どういうことだろう。


「ズーくん。君はたしか、独身だったよね」


 ギクリ。私の営業用の笑顔が凍りついた。また、だ。二十も半ばになると、顧客の中のお節介な人たちは私に見合い話を持ってくる。お得意様ほど断りにくくて困るし、こうして商談が成立した直後ほど断れない場合はない。どうやって回避しようか。


「良い娘なんだよ。僕の姪っ子でね」


 しかもヤンさまの親せき! これはさらに断りづらいぞ……。着物の下の汗が滝のように流れていく。


「ヤンさま。リーさまがお越しになりました」


 使用人がろうかからヤンさまに声を掛けた。天の助けだ! 対してヤンさまは顔をしかめた。


「なに、もう? あいつのことだから遅れるだろうと思ったのに」

「いえ、遅れています。もうお食事のご準備も整っています」


 私も庭の方から外を見ると、たしかに日の傾きからしてだいぶ時間が経っていることを知った。


「お客様もいらしたようですし……」

「いや、リーは待たせておいても構わない」

「いえいえ、そうもいきませんので」


 そう、私としてはリーさまの手前で長居をするわけにもいかなかった。リーさまはヤンさまより後からお得意様になった方だけれど、ヤンさま以上に太っ腹で、たくさん抱える小間使いや使用人たちにも貸本をさせているため、私にとって太客なのだ。ここはすんなり帰らせていただくのが私にとっては大いに吉だった。特に、このまま見合いの押し売りに合うわけにもいくまい。


「それでは失礼して」

「むむ。分かった、続きは五日後だ」


 五日後までになんとか見合いを断る口実を考えなければ……笑顔の裏でそんなことを考えながら、私は来客用の部屋をあとにした。


「あ、ズーさん!」

「やあ、シャオ」


 玄関で履物を履いていると、リーさまに付き添う半人半妖の犬娘、シャオが私の方に駆け寄ってきた。


「次はいつ来てくれるんですか?」

「明後日の昼ごろに、と考えているところだよ」


 シャオはとたんに口をとがらせた。


「今日はダメですか?」

「なぜ?」

「この間借りた本がおもしろかったんです。早く続きが読みたくて!」


 悔しそうなシャオの顔を見ていると、貸本屋としての性質からか、早く続きを読ませてあげたくなってしまった。私はうでを組んで今日のお得意先を回る予定を思いだした。


「……よし、分かった。お得意様の周る順番を変えれば、昼過ぎにはリーさまのお屋敷に周れると思う。それまでにシャオはお屋敷に戻れるかな?」


 リーさまをチラリと見上げる私とシャオ。その視線に気づいたリーさまは、無愛想に手

を振った。


「ここに用があるのはオレだけだ。シャオはオレをここに連れてくるだけに来たんだ、終わればさっさと帰ると良い」

「やった!」


 シャオは玄関に現れた使用人に手土産の入った風呂敷を預けると、私とリーさまに一礼して先に駆けていった。さすが犬娘、足が速い。砂煙の中にすがたが消えていった。


「それでは、リーさま。私も失礼します」

「ああ。そうだ、これは前金だ。使用人たちの本代だ。余りは昼代にでもするといい」


 リーさまがそう言って小さな袋を取り出して私に渡した。私は深くお辞儀をすると、ヤンさまのお屋敷を後にした。さてさて、今日も忙しいぞ――と私は荷を背負いなおした。


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