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謎解き中につき、話しかけないでください


 小間使いもラクじゃない。

 特に、雇い主である主人が自分勝手な人のときなど、もう本当に「いつやめてやろうか」ということばかり考えてしまう。

 今の主人に仕えて、半年。もう、何回……いや、何十回何百回と「明日にはやめてやる!」と思ったことか。それでもやめないのは、今までのところの倍の給金を払ってもらっているから、それだけ。それだけのことだけど、やめるのを惜しいと思ってしまうほど福利厚生も良かったりする。

 衣食住も提供されて、給金がたくさん。文句はないはずなのに、今の主人の身勝手さにはほとほと呆れて、やめてやりたいと思ってしまう。けれどそんな気持ちで膨らむ胸に気づいたかのように、主人のリーさまがときどき「いやあ、シャオがいてくれるおかげで前より過ごしやすくなったよ」とか「シャオは気が利くから助かるよ」なんてくすぐるようなことを言ってくるから、くすぶる気持ちもシュンとしぼんちゃって、結局ここの仕事を続けている。

 今日は、昼前からリーさまの外出予定があって、私はそれに同伴するはずだった。なのに、屋敷中を探し回ってもリーさまの姿がなかった。ヘトヘトになりながらダメもとでもう一度、リーさまの部屋に戻ると、そこにはさきほど探したときにはなかった一枚の紙と、鎖につながれて大人しくなったタヌキがそこにいた。

「……今日のお昼はタヌキ汁?」

 私が首をかしげながらそうつぶやくと、タヌキはギクッと体をこわばらせた。そしてつくえの上を必死に指さしていた。

「リーさまの書類を勝手に見るのは良くないんだけどなあ」

 そう言いつつも、私は紙を手に取った。なにか書いてある。なになに……。


〈たこたいたつたをたもたんたがたいたにたつたれたてたいたけた

 たこたれたがたとたけたれたばたごたごたはたやたすたみたをたやたろたうた〉


「な、なんだこりゃ……かたたたきって書いてあるように見えてきた」

 いや、かたたたき、とは書いてないんだけど。

 他個体、竜田を保たん……?

 違う気がする。

「いや、ホントにワケがわからん――おい、タヌキ」

 私はタヌキに紙を突きつけた。

「読めるか?」

 タヌキはポカンとしながら私をしばらく見つめてから、フルフルと首を横に振った。

「まあ、そもそも字が読めるわけないよな。タヌキだし」

 あきらめて私はもう一度、紙と睨みあった。

「これ、素直に読むんじゃなくて、なにかひっかけがあるのかな」

 となりでタヌキがニヤリと笑った。私は「ゲッ」と唸る。

「……不気味に笑うな、ケモノめ。煮て焼いて食っちまうぞ」

 タヌキはギクッと震えると、途端に笑みを消した。

「そう。しずかにしてろよ。私は早くリーさまをとっ捕まえて、ヤンさまのお宅まで連れていかないといけないんだから」

 タヌキは分かった、と言ったのか、小さく「キュウ」と鳴いた。

 さて、どんなに遅くなっても、ヤンさまとの昼食の約束までにはリーさまを連れていかねばならない。これはなるべく早く解いてしまって――これを暗号だと仮定して、だけど――リーさまを見つけ出さねば。

 私は紙を透かせたりつくえに置いたりしてみる。しかし、何もひらめかない。

「炙ると文字が浮かんだり消えたりする? でも間違って燃やしたら大変だしなあ」

 いつの間にか、鎖でつながれているタヌキは、クウクウと寝息をたて始めていた。

「タヌキめ、あとでゼッタイに食ってやる……でも、それにはリーさまの許可がいるよなあ。ここはリーさまの部屋だし」

 うでを組みながらうんうん唸っていると、同じ小間使いのマオがやってきた。

「シャオ、リーさま見つかった?」

「ううん」

「あれ、タヌキ? なんでいるの?」

「知らない。リーさまがおやつに捕まえたんじゃない?」

「なにそれ……タヌキっておいしいの?」

「食べられるって話は聞くし。不味かったらタヌキ汁なんてないだろ?」

「それもそうだね――じゃ、アタシは別の場所探してくるよ」

「おー」

 マオは収穫なしとばかりに、また別の場所を探しに部屋を出ていってしまった。あちゃあ、マオにこの暗号の相談をすれば良かったのに、また一人でこの紙の謎を解かなきゃいけないのか……。今の私たちの会話で目を覚ましたのか、タヌキはぼんやりとした目でキョロキョロしている。そしてしきりに「キィーキュウー」と鳴いてから、自分の手を見て、うなずいて、それからだまった。なんとも人間臭いタヌキである。

「人間臭いと言えば、このタヌキ、あまりケモノ臭くはないなあ」

 むしろ、良い香りがするぐらいだ。気のせいか、リーさまと同じお香の香りまでするぐらいだ。

「もしかして、リーさまが密かに飼っていたのかな?」

 タヌキは私の方を見上げると、なんだか不服そうに「キュウ」と鳴いた。

「なんだよ。リーさまに『逃がした』って言い訳して、お前を食っちまうぞ」

 私が低い声でおどすと、タヌキは両手で頭を押さえ、おびえるようなかっこうをした。

「まったく。こっちは暗号で頭がいっぱいなのに」

 タヌキのせいで、集中できない。この、タヌキのせいで。タヌキの……。

「いや、まさか。そんなこどもだましの……でも、ありえる」

 私は紙をつくえに置くと、リーさまの筆を手に取って、すべての〈た〉を塗りつぶしていった。


〈 こ い つ を も ん が い に つ れ て い け 

  こ れ が と け れ ば ご ご は や す み を や ろ う 〉


 つまり、〈こいつを門外に連れていけ これが解ければ午後は休みをやろう〉と書かれていたのだ。こいつ、とはもちろんタヌキのことだろう。

 解けた。解けてしまった。解けてしまえば、これほど簡単な暗号もなかった。

 タヌキはヒントだったのだ。

 つまり――〈た〉抜き。

「リーさま、本当に、ふざけないで……」

 解けた喜びより、くだらない暗号に時間をかけていた自分の無力さに脱力する。

「まあ、よし。命令だし、タヌキ、行くぞ」

 私は鎖を手に持つと、タヌキを連れて――というよりは率先して前を歩くタヌキに連れられるようにして裏門から屋敷の外に出た。

「キュウ、キュッキュウ!」

 タヌキはうれしそうに目をかがやかせて首につながる鎖を指さす。

「外してほしいのか?」

「キュッ」

 私は満面の笑みで首を横に振った。

「あ、そこの馬車! ちょっと」

「へいっ」

 辻馬車を捕まえると、私はタヌキごと乗り込んで、さきに賃金を払った。

「ヤンさまの屋敷まで。分かるよね?」

「はい、あの緑の門のお屋敷で?」

「そう。なるべく早くね」

「へいっ! 飛ばしやす」

 馬車は勢いよく走りだした。私はタヌキの鎖をギュッと掴んで離さなかった。タヌキはだんだん青ざめていくようだった。

「馬車酔い? あはは、もしかしてヤンさまのお屋敷に行くのが嫌なのかな?」

 そう言えばリーさまはヤンさまを苦手としているなんてウワサを耳にしたことがある。

誘いの三回に二回は断っているとか。

「つきやした!」

「ありがとう」

 私は馬車から降りると、ヤンさまの屋敷の門前に立った。

「さあ、リーさま。鎖を外して欲しければ、おとなしくヤンさまの屋敷に入ってください

ね」

 タヌキは――いや、タヌキに化けていたリーさまは、観念したように人間の姿にもどった。

「まさかバレるなんて……」

「だって私は半人半妖の犬人間ですよ? 鼻がよく利くんです」

「やっぱりシャオは優秀な小間使いだ」

 私は笑いながらリーさまの鎖を外して、一緒にヤンさまの屋敷へと入っていった。


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