朝ごはんはなんにする?
連休の一番の楽しみは、どれだけ早く早起きをして、おいしい朝ごはんを食べるか、だと思っているの。
――って、友だちのキャサリンに言ったら「エリス、あなたは恋や遊びより朝食なの?」ってからかわれてしまった。でも、私は強気に「ええ、そうよ? 悪い?」と答えた。キャサリンは肩をすくめていたっけ。
明日から連休。それも五日間。そして今日の学校は午前のうちに終わった。私はスクールカバンを持ったままスキップをしながら下校していた。
私は昨日の夜、お父さまにおこづかいをもらっていた。「これで連休中を好きに楽しみなさい」と。
だから私は、これから市場に行って、好きな具材をたーっくさん買ってくるの。そして連休中は毎朝おいしいご飯を作って食べて、それから散歩をしたり読書をしたりして過ごすのよ。もう、考えただけでワクワクしちゃう!
「エリス!」
「あら、ジェシカ」
学校を出て角を曲がったところで、級友のジェシカに声をかけられた。キャサリンより趣味の合う友だち。
「キャサリンに聞いたよ。これから市場に行くんだよね?」
「ええ」
ここでキャサリンならこう答えるだろう。
〈そんなつまらないところより、男の子の家に遊びに行きましょう〉
でもジェシカはこう答えた。
「私も一緒に行きたい!」
私はからかうように「いいの? キャサリンは遊びに行くみたいだけど」とたずねると、ジェシカはあからさまに拗ねたように頬を膨らませた。
「イジワル。私もエリスと同じ、花より団子派よ」
「そうだったわね。じゃあ、一緒に行きましょう」
ジェシカはうれしそうに私のうでに自分のうでを絡めた。
ジェシカも市場に行くのが楽しみなようだけれど、私と違って買い食いが目的。だから市場に入ってすぐに、アイスクリーム屋さんでトリプルアイスののったカップを買っていた。上からチョコ、カフェモカ、バニラ。ジェシカが人とぶつかるたびにアイスの山が揺れている気がした。
「こぼさないでね?」
「大丈夫大丈夫」
今日はカンカンに晴れていて、市場を歩く私たちのひたいにもうっすらと汗がにじむ。私はジェシカのアイスが羨ましくなったけれど、アイスを買ってしまったら一日分の朝食が貧相になってしまう。今の贅沢より朝食の贅沢、と自分に言い聞かせた。
「まずは、野菜ね」
「野菜も食べるんだ! エリスは偉いね」
「色どりよ。多くは食べないわ」
そう言って私は野菜を売る屋台に来た。朝採れという野菜たちはどれも瑞々しく、ふだん食べない野菜までもがキレイなだけで美味しそうに見えてきた。
「おばちゃん、朝ごはんに食べるんだけど、おすすめは?」
「カンタンなのはレタスとトマトよね。トマトなんか、甘くておいしいのよ」
そう言ってふくよかなおばちゃんは、トマトを何個か並べていく。どれもツヤがあってきれいだ。
「トマトは好き!」
「大きいトマトとミニトマト、どっちがいいかしら?」
「日持ちするのは?」
「切らなければミニトマトの方かしら?」
「じゃあ、ミニトマト。五日分だから、十個」
「ええ、分かったわ」
おばちゃんは形が良いミニトマトを十粒選ぶと、透明な袋に包んでくれた。
「ほかには……どうしようかしら」
「お嬢ちゃん、フライパンを使うのは平気? ならズッキーニがおすすめだよ。ここの農家さんは人気でね、ズッキーニを今年から作りはじめたら、どこよりもおいしくて立派なのを作ったんだよ」
「ステキ! 色もキレイだし」
おばちゃんはズッキーニを二本選んだ。
「サイコロに切ってオリーブオイルで軽く炒めれば良いよ」
「カンタンね」
「朝食はカンタンで美味しいのが一番だろ?」
「分かるわ!」
私はズッキーニの他に小ぶりのレタスも買って、野菜の屋台から離れた。
「次はタマゴ。これはお母さまにもおつかいをたのまれているから、多めに買わないと」
するといつの間にか離れていたジェシカが背後に現れた。その手には大きなビスケットの袋が入っている。
「食べる?」
「いいの? ジェシカのお金でしょう?」
「お店の人に「友だちにも分けてあげたいな」って言ったら、一枚多く入れてくれたの」
「ジェシカったら……」
私はあきれ半分にビスケットを受け取る。甘くておいしいけれど、口の中の水分が一気に持っていかれてしまった。
「あ、あっちにドリンク屋があるよ!」
ジェシカに手を引かれてドリンクの屋台に行くと、大きな透明のボトルが四つ並んでいた。
「ジュースとアイスティー、アイスコーヒーとミネラルウオーター。値段はコップ一杯ごとね」
屋台のお兄さんが私たちににっこりと笑いかけた。ジェシカが懐から銅貨を出した。
「アイスティー、一つちょうだいな」
「はいよ。お嬢さんは?」
私の方に向いたお兄さん。私はミネラルウオーターの料金とアイスティーの料金を比べた。ミネラルウオーターの方がずっと安い。でもビスケットにはアイスティーの方が合いそう。どうしよう……。
「ほら、エリス、行こう」
悩んでいるうちにジェシカにうでを引かれてドリンクの屋台から離されてしまった。
「ジェシカ、私まだ買ってないのに」
「私のひと口あげるわよ。どうせまだ食べ足りないから」
そう言ってジェシカは、私に押しつけるように飲みかけのアイスティーを渡すと、また人ごみに消えていった。私はアイスティーのストローに口を付けた。冷たい紅茶がのどを癒していく。残りのビスケットを食べると、アイスティーを飲み干してしまった。私は迷いながらタマゴ屋へ向かった。そこには指をくわえているジェシカが立っていた。
「どうしたの?」
私は首をかしげながらジェシカの視線の先を見た。そこにはコロコロの揚げボールが置いてある。
「これは?」
するとかがんでいた大柄のおじさんがふり向いて私たちに笑いかけた。
「お嬢ちゃん、運が良いね。不定期で販売してる、鳥ミンチで作ったボールを揚げたものさ! おいしいよ! 一個から売ってるんだ」
一個の値段はアイスティーよりずっと安い。なのになぜジェシカは悩んでいるのだろう? 私はそっとジェシカの手元を見ると、すでに大きなピザが一枚、両手で持っていた。
「おじちゃん、これ、四つくださいな。あとタマゴも!」
「はいよ!」
私は先に受け取った紙袋の中から揚げボールを楊枝で差して取りだすと、ジェシカの方に向けた。
「ジェシカ、あーん!」
「あ、あーん」
ジェシカの口にポンと入る揚げボール。ジェシカはうれしそうにムシャムシャと笑顔で食べている。
「おいしい!」
「紅茶のお礼。もう一個もらってよね」
「うん!」
タマゴを受け取った私はジェシカのピザをひと口もらった。次は精肉店でハムやベーコンを買う。お店の前ではホットドッグを作っていた。ジェシカと顔を見合わせて笑いあった。
「すみません、ホットドッグひとつ!」
私は最終日の朝食がたとえトースト一枚になってでも、今はジェシカとホットドッグを食べたかった。
私とジェシカは店の前のベンチでホットドッグを交互に食べながら、朝食にはハムエッグかベーコンエッグか、あるいはソーセージを合わせるかで盛り上がった。