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鬼の家  作者: 諸星悠
3/3

それぞれの仕事

私は、事あるごとに、兄の行動を父に告げ口した。


「お兄ちゃん、最近パパとママがお買い物に行っているとき、本ばっかり読んでるよ」

「この前、だれかはわからないけど、お兄ちゃんの友達が来て、ゲームしてたよ」

「お兄ちゃん、塾の自習室にいるって言ってた日あるでしょ?あの日、お兄ちゃん図書館にいたんだよ」


 告げ口の効果はてきめんだった。告げ口は、本当のことと私がでっち上げたことの半々だった。告げ口をすると、父は決まって、兄を居間に引きずり出した。問いただすよりも先に、拳が出た。たいてい、頭を打つか、平手で頬をはたくかだった。そしていつも、こう切り出した。


「この野郎!ひと様が朝早くから夜遅くまで、汗水垂らして働いて、てめえのためを思って塾に行かせて、参考書も買って、それを知ってて、てめえは親の眼を盗んではのらりくらりと遊び呆けていやがって。親を舐めるのもいい加減にしとけよ、このクソガキ!親不孝者めが!」


 最初の頃こそ、兄は必死で反論した。

「勉強はしっかりしてるよ!いつもテストだってクラス上位だし、日本史と世界史の単元テストで、両方満点取ったやつは今までいないって、面談の時に担任だって言ってたでしょ?勉強はしっかりしてるんだから、たまには息抜きに友達と遊んだり、読書だってしたいよ」

兄が言い返せば言い返す程、父の怒りは激しく、

「このクソガキ!お前の腐った根性、たたき直してやる!」と、もの凄い剣幕で兄の胸倉を掴んで、ふすまに投げ飛ばしたこともあった。父は高校卒業後、製鉄所の職工として働いていて、横にも縦にも大きく、貧弱な兄がかなうはずもなかった。


 こんなこともあった。父と兄が言い争っている場に、何か物を取りに行くふりをして、のこのこと出かけて様子を見に行ったことがある。その場に来た私を見た兄は「明美だろ?何でもかんでも父さんに言いつけたり、あることないこと吹き込んでるのは」とまくしたてるように言った。


 私は「は?お兄ちゃんが嘘ついてるんでしょ。知ってんだから。私」と即答した。その時の兄が、信じられない、という表情で私を見たことがあるのを、私は今でもはっきり覚えている。でもその表情は、真横から飛んできた父の拳によって大きく歪んだ。父を見返した兄の口からは血がしたたっていた。


 さすがにやり過ぎたと思ったのか、父は「このぐらいにしといてやる。だが覚えとけよ。親に歯向かうとどうなるか。てめえのためを思って、こっちは朝から晩まで働いているんだ。親の気持ちを踏みにじるようなやつは、たとえ子どもであっても、俺は絶対に許さないからな。わかったらさっさと部屋に戻って勉強でもしてろ!」


 勉強部屋に兄を追いやった父は、冷蔵庫から瓶ビールを取り出して飲んでいた。家の中では滅多に吸わない煙草を吸いながら、父は私を手招きした。財布から100円玉を取り出して、私の手に握らせるとこう言った。


「外で働くのが父さんの仕事。家を守るのが母さんの仕事。勉強するのが兄さんの仕事だ。明美の仕事は、兄さんが勉強してなかったり、遊んでいたりしたら父さんに言いつけることだ。父さんがいない日は母さんに言え。いいな?」


 まだ小学生だった私にとって、父の言いつけは至極当然といった感じで、すっと胸の中に沁み込んだ。自分は、私の「仕事」をしっかりやろう、そう思って、私は父の眼を見てまっすぐ頷いた。

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