X-3. これからの「あたしたち」
「さっき栗沢が言ったみたいに、言いたくないことだったら忘れてくれて」
「……あなたほどの過去を背負っているつもりは無いから、全然問題ないわよ」
自分は『殊勝なこと言ってんじゃねえよ』みたいなことを言っておきながら、そういう態度か。まったく。気にする間柄じゃないでしょうに。
「それに、昨日時間切れにさえならなければ、あの場で話しておきたいことだったから」
「そうだったのか」
少し安心したみたいに、彼は大きめに息を吐いた。
「期待するような話でも無いと思うけどね」
「俺がどんな内容を期待してると思ってるんだ?」
「いやぁ……。『オチは無えのかよ』とか思われるとツラいし」
「誰が思うか、誰が」
言質は取った。少しでも明るい気分になっておかないと、こっちがキツいかもしれなかったから。
●
おじさんに飲み物のお代わりを持ってきてもらう。そのついでに「今から桜木に話す」ということを手短に伝えた。おじさんは何も言わずにあたしの頭をちょっと雑に撫でて、そのままバックヤードに戻っていった。さっきと違って『気楽にやれよ』みたいなニュアンスだった気がした。
互いにひとくち飲んだところで、あたしは切り出した。
「……あたしの場合は、『あたしが弱かった』だけ」
その傾向は、わりと昔からあった。
周りの目を気にするというわけではなかったのだが、自分はふつうだと思ってやっていたら自然と優等生扱いとされ、模範のようなモノにされていく。そんなことが繰り返されれば、知らず知らずの内に周囲を気にしなくてはいけなくなってくるものだ。
いつだって誰の目が光っているともわからない――そんな、不安のような、恐怖のような。そんなモノを昔から、幼心にも感じていた。
だから、先生の頼みも断れなかったし、部活仲間からの頼みも相談も断らなかった。
「その感じだと、わりと昔からなのか?」
「いや、そうでもないわね。どうにもならなくなったのは中学に入ってから」
中学生になれば、今度はテストの成績という部分も絡んでくる。部活動の成績という部分も関わってくる。より上の大会での成績も求められてくるような、中堅以上のレベルを有する部活での活躍というのは思っていた以上に重責だし、それと同時並行でテストの成績も良くしなくてはいけなかった。そして実際上位の点数は取れていたので問題はなかった。そう思っていた。
ただ――。
「親が、ね」
「……なるほど、そう来たか」
――納得しなかった。模擬試験の全国順位に、納得してくれなかった。
そしてタイミング悪く、双方の仕事が忙しくなったこともあり、そのままあの人たちはあたしに関心を持たなくなっていった。
「そういえば栗沢って、やたら朝早く学校に居ることがあったけど、……だからか?」
「そうよ。……居たくなかったから」
桜木はわりと遅刻ギリギリのタイミングで来ていたが、あたしは周りとそういう話は時々していたし、先生からもされていたので、それで知っていたのだろう。それに、あの冬季体育祭の準備のときは桜木自身も早く来ていたのもあった。
やっぱり、どことなくだけれど、あたしたちは似ているところがあるのかもしれない。
「じゃあ、『エスペランサ』に来てたのも」
「いや、それはちょっと違う。……おじさんに見つかったのよ」
あれは、本当にたまたまだった。部活帰りにフラッとこちらの方に逃げてきたのを見つかっただけのこと。それで、ここに連れて来られて、おじさんに話をしようとして――。
「それで気が付いたら、いつの間にかあの娘が生まれてた。ちょっと安心したのか、いろいろ吐き出してもっと楽になりたかったのか……、ホントのところは、あたしにも美夜にもわからない」
この一部始終を見ていたおじさんは、その後あたしに2週間ほどかけてゆっくりと説明をしてくれた。最初は当然あたしも混乱していたし、美夜も混乱していたらしい。ただ、いちばん混乱したのは紛れもなく航輔おじさんだったと思う。
朝陽のときの記憶が美夜にはなく、美夜のときの記憶が朝陽にはないということが分かったことで、元々日記を書いていたことを利用して、交換日記形式で記憶の統合をするように提案したのもおじさん。最初の内は美夜にいろいろと教えるのが大変だったけれど、美夜が塾で勉強してきた内容を覚えるという仕事も別の意味で結構大変だった。
自分の喫茶店の近くに個別指導系の塾があるからそこに通って、終わったら喫茶店に来るようにと言ってくれたのもおじさん。実は塾の学費もおじさんが出してくれていた。
だから、自分と同じような人が同級生に居たことにもびっくりしたが、それがまさかエスペランサにも来ている人だったことにもびっくりした。まったくの偶然だった。
「……だから、俺もマスターには話せたんだろうな」
「たぶん、そうね。きっと」
そんなおじさんがいたからこそ、桜木も昨日いろいろと話してくれたのだと思う。
「俺たち、頭上がらないな」
「そうね。……あのダジャレ好きで酒好きのオッサンに頭が上がらないっていうのも、ちょっとシャクだけど」
「本当の事言ったらかわいそうだろ」
「ぶっ」
思わず噴き出す。やめろよとかいうタイプのツッコミが来ると思っていたが、乗ってくるとは思わなかった。
「……そういえばアンタ、ユウマのときによくおじさんのオヤジギャグに付き合うよね」
「わりとがんばってるからな」
だよねえ。
「アレさえ無ければ株も上がるんだけど」
「ああいうのって止められないモンなんじゃないか?」
「だからオジサンなんだろうね、きっと」
「間違いないな」
「お前らさぁ……」
不意に第3の声がした。気付けば三度のお代わりがないか気にしていたらしいおじさんが、カウンター越しに顔を覗かせていた。
「ちょっとだけ上げて崖から突き落とすみたいなのは止めてくれよ……」
「えー」「えー」
だらけた声が重なる。ぎょっとしたが、構わない。
「クッソ。似た者夫婦みたいなこと言いやがって」
「夫婦じゃない」「夫婦じゃない」
反論が重なる。今度こそ桜木を見る。向こうもこちらを見たところだった。
そんなあたしたちの様子を見て、満足そうにおじさんは戻っていった。
ということで、ここで一旦幕引きとさせていただきます。




