X-2. これからの「彼」
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お昼休憩ということで、おじさんと、さらにはユウマさんといっしょにランチをいただくことになった。もちろんおじさんの奢りということになっているが、何となく賄いのような雰囲気もあるのはきっと気のせいではないだろう。
ただ、全員が同席というわけではない。敢えておじさんはバックヤードに下がっている。空気を読んだのか何なのか。あの人のことだから『後は若い者同士……』的なノリでしか無いような気しかしていない。が、とやかく言っていても仕方の無いことだった。
ちなみに、午後の営業は普段は14時からだが、今日は15時からになっていた。おじさんはこういうときの時間変更のフットワークが軽すぎる。普段からよくやっている感じしかしない。
「そういえば、ユウマさんと話すのは初めてですよね?」
「……言われてみれば、たしかにそうですね」
美夜の日記と同じように、最初だけは彼のことはユウマさんと呼ぶことに決めていた。
実際こうして目の当たりにしてみて、つい敬語になってしまったことも含めて、何となく彼の雰囲気がそうさせている感じがしている。
「まぁ、あんまり堅苦しくする気は無いんで、敬語はこれっきりにさせてもらうけれど」
そんなのはあまり性に合うものではない。わりと良いムードな喫茶店で微笑むその雰囲気はたしかにオトナっぽいような気がしなくはないけれど、結局は同級生なわけで、敬語はそもそも不釣り合いなのだ。
「実は今日ここに来たのも、ユウマくんに会えたらいいなくらいのことは思ってた」
あたしがそう言うと、彼にとっては意外だったのか少しだけ眉が動いた。ポーカーフェイスを装っていても、案外気が付く。何せ、桜木壮馬も同じ反応をすることがあったから。
とくに指摘をする必要もない。そのまま本題に入ることにする。
「……美夜のこと、お礼を言いたかったの。ありがとうございます」
お辞儀も添える。が、彼の反応はイマイチだった。眉間にわずかに作られたシワが彼の心境を物語っている、とかいうヤツだろうか。
「お礼を言われるようなこと、あったかな」
「あったよ、ありまくりよ」
あんなにぶっきらぼうな性格の女を、見放すこともなく話に付き合ってくれていたことも。変質者に遭遇したときに助けてくれたことも。
諸々あったことを言っていけば、彼も納得してくれたらしい。ただ、完全にそれを飲み込んでくれたわけではないようで、彼もまた言いたいことがありそうな顔をしていた。
「いや、それを言うなら僕の方こそ、ワガママなヤツの面倒ばかり見させていて、さ」
「……あぁ」
声が漏れる。ああ、彼奴は身内からもそういう風に思われるタイプのニンゲンなのね――そういうことだと分かってしまえば、笑わずにはいられなかった。
ええ、それはそれは。面倒なヤツですよ。手のかかりまくる弟分みたいなヤツですよ。あたしが他の誰かを面倒だと言い放って良いのもかは微妙なラインだとは思うけれど、彼奴よりはマシだと思う。
「……お互いに、苦労かけるね」
「それはお互いさまだから、何も問題は無いよ」
双方が双方に、自分自身ではない自分が迷惑をかけていたのなら、釣り合いは取れていたと考えても良さそうだ。持ちつ持たれつというヤツだ。
「うん。……それだけ。あたしからはそれだけ伝えたかった」
あたしが桜木優馬という人格に直接自分の口から伝えたかったのは、今はそれだけだった。
何にしてもこれであたしの任務は完了。大きく息を吐き、カフェオレに口をつける。おいしい。肩の強ばりがほぐれていくような気分になる。気にしないようにはしていたつもりだったけれど、やっぱりあたしは緊張していたらしい。
だったら、向かいに座る彼にも緊張を解いてもらうのがベストだろう。
「……もう、いいわよ。ありがと。たぶんだけど、ショーマで居るのがラクなんでしょ?」
「そうだな」
「……はっや、切り替えはっや」
思わずいつも彼奴にツッコむような言い方になる。桜木翔馬はそこまで過度に突っかかってくるような話し方ではないが、大体の雰囲気は桜木壮馬と似通っていると感じている。というか、桜木翔馬が明らかに異色なだけなのだが。
声色は微妙に幼くなり、ピンと伸びていた背筋は少しだけ緩くなった。たぶんだけど、これ以上ダラけるような姿勢になると表に出てきているのはソウマになるのだろう。こんなところに簡単に3人を見分ける方法があったとは思わなかった。
これは、絶対に桜木には言わないでおこう。あたしたちだけの秘密にしよう。
「正直、ちょっと羨ましいわ。そういうの」
「良いことばっかじゃないぞ?」
「そういうモンなの?」
「そういうモンなの」
口ぶりから察しようとするのなら、きっと当事者にしかわからない苦労があるのだろう。世の中は大概そういうモノだらけで構成されているのだ。――知らんけど。
「あ、そういえば……。アンタにもひとつ訊きたいことあったんだった」
「ん? 何だ?」
いつもあたしが話している桜木の方だと意地を張って答えてはくれなさそうだし、ユウマさんに訊くのは何となく違うような気がしていた。これは本丸にこそ訊きたいことであり、訊くべきことだと思っていた。
「ちょっとセンシティブかもだから、答えてくれなくても全然良いんだけど」
「何殊勝なこと言ってんだよ。今更だろ」
素っ気ない言い方。だけどその裏には、そんな軽い調子で斬って捨てられるようなモノなんか隠れていないことを、あたしたちは知っている。
「アンタってさ、……どの名前で受験したの?」
「『翔馬』」
「……へえ。あ、そう」
「何だよ。訊いてきておいてそんな反応かよ」
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
一応顔色を見ながら訊いてみたが、『何だそんなことかよ』とでも言いたいくらいにあっさり答えられてしまった。
「あ、そうだったんだ、って思って、さ」
「本名だし」
「……そりゃあ、そうだけども」
それは確かにそうなのだけれども。
「その心の変化みたいなのは、訊いても良いことなのかな」
「……それは、壮馬と優馬に訊いてみないと微妙かな。俺たちで話しあった――っていう言い方は微妙な感じだけど、脳内会議みたいなのをした結果ではあるけど、『言いたくない』っていうかもしれないから」
「……あー、たぶん『栗沢には死んでも言わねえよ』ってアイツが言うと思う」
「ははは、なるほどね。壮馬は言いそうだ」
笑いのツボは、どうやらそれぞれで違うらしい。
あと、『アイツ』で話が通るのか。――いや、通るか。桜木の場合はあたしと違って記憶の共有がラクだということを思い出した。わざわざ桜木壮馬が伝えたりする必要はないのだった。
「どうしても訊きたかったりはするのか?」
「いや、アンタたちの誰かが嫌がる可能性があるんなら、あたしは訊かない」
「……優しいな」
コーヒーを啜りながら、そんなことを言う。
どういう返しがベストなのか全然思い浮かばなかったあたしは、カフェオレに口をつけてごまかすことにした。
「それは、あたしにも同じ事が言えるからね。相手が嫌なことはしないわよ」
「なるほどな」
ふむ、と小さく頷くような素振りをして、そのまま彼は続ける。
「だとしたら、これは訊かない方がいいのか?」
「何? 言ってみて。答えられるかどうかは聞いてから決めさせてもらうけど」
コチラの話を訊いてもらったのだから、あたしにもその義務は少なからずあるだろう。じっと彼の目を見つめる。どうするだろうかと思っていたが、彼はあたしの目を見つめたままで訊いてきた。
「栗沢は……、いや、栗沢たちはどうしてふたりになったのか、って話なんだが」
「……」
そのまま見つめ返す。店内BGMのジャズピアノだけが響く。
――来ると思っていた。
そういうことを訊かれてもいいように、心の準備はしていたつもりだった。




