X-1. 初めて話す「残りのひとり」
エピローグのような、プロローグのような。
そんなエピソード、3つあります。
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むくり――。
そんな擬音を付けるのがぴったりな起床だった。
ここ最近の中では一番深い眠りに就いていたように思う。身体を起こしたときにふらつくようなこともなく、眠気を後押しするようなあくびが出ることもなく、それでいてすっきりと目の前が見えている。そんな目覚めだった。
今日も、受験校によっては試験日。筆記試験に加えて面接試験を導入している高校は、引き続きで受験だ。あたしが受けたところは幸い――という言い方をしていいのかわからないが――筆記試験のみの受験になっている。
ご苦労なことだ。面接アリの学校を受ける子は、秋口くらいから学校の先生を相手にした面接練習の講座を受けていたのを思い出す。受講者の大半がぐったりしていて、自分は絶対に面接が無い学校を受けようと決めていた。
そんなわけで、あたしは受験校には行かずに済んでいる。
目覚めが良かったのは、きっとそういう重石が取れたからなのだと思う。
ただ、だからと言って完全に休暇日になるかと言えばそうではない。ここから少々離れたところにあるあたしは行ってない学習塾へ顔を出し、筆記試験の自己採点結果の報告をするという任務を遂行しなければならなかった。
――美夜の代わりをするという任務だ。
これをしなければならないことは、交換日記という設定の手帳の中身を読むことで把握していた。
自己採点はどっちみち学校にも報告することになっていたのでそういう作業をする手間はどうでも良かったが、学習塾に行かなければならないのが面倒だった。
とはいえ、あたしにとっての面倒ごとというのは、単純にまだ雪のある街を歩いて行かなければならないのが面倒なだけだ。それ以外に面倒だと感じることはない。
一切の感情を出さずに過ごせばいい。何なら会話をする必要もない。あたしにとってはとても羨ましい環境だった。
朝ご飯は道中のコンビニで適当に買えばいい。身支度だけを調えてあたしは早々に家を出る予定だったし、夜までどこかしらで時間を潰す予定だった。――そうだ、何なら航輔おじさんの喫茶店に、閉店まで居るのも良いだろう。というかそれがベストだ。外に居られるのならそれに越したことはないし、何があっても事情を知ってくれている人がいるのは心強い。
善は急げ。準備はさっさとしてしまうのに限るのだ。
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わざわざ仏頂面を作る必要は無いと思っていたが、完全なる無表情というのもまた難しい。でも、あの娘はそれが出来ている。あたしとしてはそれが羨ましくもあり、少しだけ妬ましくも思えてしまうから不思議だった。
あの娘は、いつだって自分を歪めない。
同じ身体を共有しているのに、その身体の使い方が全然違う。声の印象が違うとおじさんは言うが、それは話し方によるものだろう。同じなのは文字のカタチくらいかもしれない。
しかし、自分が書いた記憶の無い文字列を眺めるたびに思う。
――あたしたちって何なんだろう、と。
「これなら……、大丈夫そうだね。よくがんばりました」
「……ありがとうございます」
美夜の先生からお褒めの言葉を頂戴する。そして、恐らくはこれくらいのトーンだろうとあたしが思った声で感謝を告げる。暗すぎる感もあったが、先生は全く意に介するような素振りを見せない。だいたいこれでいいということだろう。何だかんだで『姉妹』なわけで、そういうさじ加減は何となく把握できていた。恐らくそれは美夜もそうなのだろう。
もしかしたら、そこまで興味がないだけかもしれないが、そんなことはもうどうでも良かった。最後にお疲れさまという声に会釈を残して、あたしはさっさと塾を後にした。
まもなくして到着するのは、航輔おじさんの喫茶店『エスペランサ』。こうして昼の時間帯にやってくるのは珍しい――というか、あたしが来ること自体が珍しい。実は一度やってみたかったのだ。
軽やかなベルの音がして、ここのご主人があたしに気付く。
「いらっしゃい……? ん?」
「航輔おじさん、こんにちは」
「……ああ、朝陽ちゃんか」
さすが。おじさんはすぐ分かってくれる。
「こんな時間にどうしたの? 珍しいね」
「ちょっと、塾に。……代役で」
「……なるほどね」
代役という意味をしっかりと分かってくれる。だからこそあたしはここにやってきたのだと言い切っても、全く過言では無い。それくらいの信頼は置ける人だ。――たとえ、くだらないギャグを飛ばすようなタイプだったとしても。
早速ケーキセットでも注文しようかと思ってみたが、おじさんの表情はどことなく落ち着かない様子だった。何だろう、何か言いづらいことでもあったりするのだろうか。
「しかし、タイミングがいいのか悪いのか……」
「え? どういうこと」
「あれ……?」
どういうことかと問いただす前に聞き覚えのある声が不意に聞こえてsそちらを振り向けば、見覚えのある風体をした男がひとり居た。
ただし、雰囲気が違う。あたしが知っているその人とは、佇まいや姿勢や目つきまでもが違っていた。
――ああ、なるほど? あたしは普段こういう風に見られている可能性があるということなのね。
「えーっと、朝陽さん……で良かったのかな?」
「そういうアナタは、ユウマさんで良いんですか?」
訊き合って、互いに互いの顔を凝視。相手の視神経を通って、脳細胞にでも侵入しようかというくらいの見つめ合い。
そんなのを5秒ほど続けて――。
「ぷっ」「ハハッ」
ふたり同時に噴き出した。




